4 決戦、遊浴場Ⅲ ~公開処刑場と作戦会議~

(……まずい、)


 高いところから勢い良く落下していく様を愉しむ公開処刑場、水上滑り台ウォータースライダー


 それがあるブロックへと、ブロック間にある壁に囲われた廊下を歩みながら、レオは胸中呟いた。


 マリアからの報告によれば、その処刑場には既にアリシアがいる可能性がある。そんなところにシャロンを連れてのこのこ向かえば、二股がばれ、……じゃない。


(二人の笑顔を守れない……)


 この童貞はもはや淀みないクズだった。そんな童貞クズ野郎は、横を歩くシャロンに視線を向け……。


「しゃ、シャロン。……さっきはああいったが、やっぱり水上滑り台はやめにしよう。実は俺、高所恐怖症で……」


 そう、情けなさにためらいがなくなってきた童貞を横に、シャロンはクスリと、笑みを零す。


「はい。……知ってます、」

「……なに?」

「覚えてませんか?もう、結構前ですけど……レオがベニシアに行った時の話をしてくれたじゃないですか」

「そう、だったか……?」


 それは実時間ですら数年前……レオの主観で言ったらもう何百年前になるかわからないような遠い過去の話だ。


 正直いまいち思い出せない……そんなレオを横に、シャロンは続ける。


「戦いとか事件とか、そういう事もあったけど……でもベニシアの話をしてた時、レオ、楽しそうでした。お話してくれることは戦争が多かったから……レオが楽しそうにしてたの、良く覚えてて。……実はこの施設、私が頼んで建てて貰ったんです。私もレオと遊んでみたくて」

「………………」

「水上滑り台も、その時にレオ、凄く文句言ってましたよ。楽しそうに。私は、ついて行ったりとか出来なかったですけど……その時はアリシアさんと一緒に遊んだんですよね?」

「………………」


 アリシアと、遊んだ?確かに、ベニシアに行った時アリシアも居たが……遊んだか?


 確か、ベニシアに同盟と出資を要求しに行って、そこに魔王軍の工作員とベニシア内部の覇権争いが重なり、強奪されたベニシアの国宝を巡って、3竦みで水の都を必死に駆け回った……。


 いや、それもなかった事にしたんだったか?先手を打って収めたのか?


 主観時間でずいぶん昔だ。断片的にしか思い出せないし、思い出せた記憶が果たして実際にあった事にしているものなのか……。


 考え込み始めたレオの手を、ふと、シャロンがとった。


「シャロン?」


 首を傾げたレオの目を、まっすぐ見上げながら、シャロンは言う。


「レオ。……どうしてもいやなら、諦めます。でも、私も、……今度は、私とも一緒に、怖い思いしてください。ね?」


 少し拗ねた風に、ねだるように、シャロンはそう言っていた。


「……シャロン、」

(いや、流されてる場合じゃない。この流れのまま辿り着くのは処刑場だぞ、叩き落されるだけだ)


 流されかけた舵を握り直し、レオは言う。


「……悪いが、その、そう。そのベニシアの時の事が俺のトラウマになってて……」


 そんなレオを前に、シャロンはふと、視線を下ろし、レオから一歩、離れて、寂しそうに呟いた。


「……私とは遊びたくないんですか?」

「いや、そういう訳じゃないが」

「ウソです。私よりアリシアさんと遊びたいんでしょう?」

「そんな訳、」

「私と会う前。アリシアさんと仲良くしてたりしてたんでしょう?マリアさんが、関わってくるから、少し、不思議に思ってたんです。……足止めされてるのかなって」

「………………」


 図星を突かれたレオは一瞬黙り込んだ。そして、その一瞬のリアクションで、シャロンの疑念は確信に変わったらしい。


 シャロンの目がレオを捉える――その目尻には、僅かに涙が浮かび……。


「私、……ずっとお城にしか、居なくて……だから。一緒に、戦って、一緒に、旅の思い出とか、そう言う……アリシアさんの方が、やっぱり大事ですよね、」


 そう、途切れがちの声で囁いた次の瞬間、シャロンはレオに背を向けて、駆け去って行ってしまった。


「シャロン!」


 間男はそう声を上げ、それから、うなだれ、俯き……吐き捨てる。


「…………リテイクだ、」


 *


「レオ。……どうしてもいやなら、諦めます。でも、私も、」


 と言いかけるシャロンの肩をふと強く掴み、レオは真剣に、言った。


「水上滑り台に行こう。一緒に怖い思いをしよう。お前と一緒に思い出を作りたいんだ」


 そう強く言い切ったレオを前に、シャロンは、言い切らずとも心が通じた……とばかりに目を輝かせ、レオを見上げてくる。


 その目をまっすぐと見ながら、レオは言った。


「ただ、……高いところから落ちるのが怖いのは、本当だ。ちょっと、覚悟を決める時間をくれ」

「そう言うのも含めて一緒に――」

「シャロン!」


 大声を上げ、少し強くシャロンの肩を握りしめ……それに驚いたように固まったシャロンを前に、レオは言う。


「お前に、醜態を見せたくないんだ。……わかってくれ。すぐ、戻るから」


 そう言い放った醜態ばかりで構成されている英雄を前に、シャロンはどこかか細く、「は、はい……」と頷き、レオはそんなシャロンに背を向けて、洗面所へと向かった。


 *


 人気のない男子トイレ。その鏡の前で、――遊浴場に来ているのによく考えたらまだ一瞬も水の中に入っていない無駄にイケメンな童貞は、鏡に映る自分を睨み付けながら、言った。


「マリア」


 直後、賑わいに混じって魔女の声が届く。


『なんだ童貞クズ野郎。3文芝居は終わったか?こっちは変わりなしだ。マリア様は一生懸命働いてるぞ。あ~忙しい忙しい。……おい、店員ふざけるなよ。何がさくらんぼ味のシロップだ。肝心の味がしな……何?味は全て同じ?色と香りが違うだけだと?本当か?おい、ちょっとそのメロン味も寄越してみろ』

「マリア!」

『わかってる、わかってる、美女とこそこそ話してるからってそう鼻息を荒くするな童貞クズ野郎。アリシアの居所はわかってる。教えて欲しくば足の裏を舐めさせてくださいマリア様と大声で……。おい、店員。お前じゃない。叫ぶな馬鹿が。それよりこれ、本当に同じ味だと?目を閉じればわかる?ほう、ロマンチックな事を言うじゃないか……どこかの童貞に見習わせたいな』

「マリア。……俺は真剣だって言ってるだろ」

『私も真剣だ。…………なるほど。確かに。そうか、そうだったのか……』

「マリア!」

『アリシアの居場所だろう?見つけてはいる。あの水上滑り台の一番上に立ってるぞ。貫禄だな……高いところからお前を探す気らしい。このブロックに踏み込んだら即バレるな』

「……そうか。マリア、どうにかアリシアをそこから――」

『無理だな。さっきはしゃぎ過ぎた。私が近寄ったら野生動物並みの速さでアレは逃げる。誘導しようとしても見失うのがオチだ。せいぜいこうやって遠目に居所を観察するのが関の山だろう』

(…………ダメか)


 アリシアの索敵能力の高さはレオも良く知っている。都度斥候を頼んだりもしていた。それが高台に位置しているとなれば、レオが踏み込んだ瞬間にアリシアに発見される。


 その時、もしもシャロンと連れ立っていたりしたら……先日の無限ループが逃げ場のない状況で開始されるのがオチだ。


(……どうする。今更水上滑り台は止めようとシャロンに言うのは無理だ。かといって、このままアリシアを放置し続けても、その内捕捉されてバレる。だが、のこのこ行けば俺は二人の笑顔を守れない……)


 追い詰められた童貞クズ野郎は歯噛みする。


(このまま時間が経てば、シャロンも不審に思うだろう。さっきなかった事にしたリアクションからしてもう疑われかけているのは間違いない。マリアにシャロンの足止めを……いや、もう一度このタイミングでやったら流石にバレる……)


 何か、手はないか。二股をごまかしたまま水着の美女二人と同時かつ別々に楽しく戯れる千載一遇の一手はないのか。


 童貞クズ野郎は必死に思考した。


(状況を分析しろ。冷静に情勢を見極めろ、最悪、改変すれば良い。生存率の上がる選択肢を探せ、ずっとそうやって生きて、勝って来ただろう?目の前の情報にごまかされるな。真実を、戦術目標だけを認識しろ。この状況で目標に据えるべき条件はなんだ……)


 そう、静かに思考し……やがて、覚悟を決め。マリアに言った。


「……一つ確認したい。マリア。水上滑り台のブロックに、皇帝おっさんはいるか?」




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