3章 地獄のダブルブッキング

1 そうだ!プールに行こう(強制イベント)

 レオ・フランベールが、二人の少女の笑顔を守る為に二股を継続すると決めてから、約1か月。


 魔導技術博覧会の時は一瞬危なかったが、それでもそこ以外は順調に、一か月二股を誤魔化し切った童貞クズ野郎は、


(……意外と何とかなるな、)


 現状にそんな感想を持っていた。

 二人に疑われる様子もなく、デートの最中にエンカウントすることも、この1か月間なかったのだ。


 この間で歩いたことで皇帝からシャロンへの監視が強くなり、シャロンとのデートが王城での会食だけになっているから、ともいえるが……。


(これは、このまま誤魔化し切れるかもしれない……)


 童貞クズ野郎はそう浅はかな事を考え始め……そして、そんな浅はかな思考が誤りであることを如実に示す出来事が、起こった。



「……新造の娯楽施設?」


 マグノリア帝国、王城の一室。そこに呼び出されたレオは、そう、鸚鵡返しに呟いた。


 それに頷くのは、マルス・マグノリア――この帝国の皇帝、シャロンの父親だ。


「そうだ。ベニシアは知っているだろう?海辺の商業国家だ」

「ああ……」


 レオは頷いた。ベニシア、はかつてレオも行ったことのある特殊な港町だ。水の街、とも言われる港町にして水上国家であり、海洋航路の中心地で、観光街でもある、街自体が海水浴場のような娯楽施設のようになっている街である。


「もう何年前になるか……お前たちがそこで過ごしたと言う話を聞いて、楽しげだと思ってな。だからこのマグノリアにも作った」

「作ったって……あそこは水上都市だぞ?」

「勿論都市を作った訳じゃない。大衆浴場のようなモノだ。魔王との戦争は終わったし、その平和を市民にも還元する必要がある。そこで建設し、先日遂に完成した。そして、明後日にそこの完成記念式典が行われる。プレ・オープンと言うらしいぞ」

「ああ。それが?」

「そこに、お前たちも参加してもらいたい。もっとも、何か役目を与える訳ではない。魔王討伐の功労者、施設建設の功労者たちに、一足先に楽しんで貰おうと言うだけの話だ」

「……何人か先に遊べるって事か」

「そうなるな。……わしも存分に遊ぶ気だ。美女を侍らせてな!」


 快活に言い切った衰えしらずの老人を前に、レオは苦笑し……そして同時に戦慄した。


(ヤバいな……)


 胸中そう呟いたレオの背中を、二人の少女が何か決意のようなモノを見せながら眺めていた。


 シャロンとアリシアである。他にも何人か、この部屋の中にマグノリアの軍人や政治家、商人の姿があるが、……レオにとってヤバいのは背後の少女二人だ。


 この場にいるという事は、シャロンはその式典に出るのだろう。

 と言うか、レオと外で遊ぶ口実を探していたシャロンはまず間違いなくこの機会に飛びついてくる。


 そして、アリシアは言うまでもなく魔王討伐の功労者。レオが呼ばれてアリシアが呼ばれない訳がないし、ということは、だ。


(強制ダブルブッキングだと……?)


 ここまで二股がどうにかバレずに済んでいるのは、改変と、シャロンとのデートが禁じられていたから、と言う二つの要素が大きい。


 が、ダブルブッキングしてしまえば娯楽施設と言う名の牢獄で天国のような光景の最中地獄のような体験をすることは目に見えている……。


(回避するべきだな……)

「あ~、悪いんだが、俺は辞退して良いか?ベニシアには良い思い出がないんだ」


 そう言ったレオの耳に、部屋の隅でふと吹き出す様な声が聞こえた。


「フッ。確かに、どう……レオは泳げないからな。虚勢がはがれるのが怖いんだろう?」


 言っているのはマリア――彼女もまた呼ばれて、珍しくこうして家の外に現れている。

 彼女の手には、どうせまたさくらんぼだろう赤いシロップの掛かったパンがあった。


 そんな全部分かった上で笑ってるんだろう魔女を睨み、レオは口を開く。


「……とにかく、俺は、」


 と、言いかけたレオの背後で、少女達の声がする。


「レオ、まだ泳げないのか?一緒にベニシア行ったのって、結構前だよな」

「あの……私も実は泳げないんです。そうだレオ、この機会に一緒に、泳げるように練習しましょう?ね?」

「あ、じゃああたしが二人に教えるか?」

「え……でも、……それはちょっと、なんか申し訳ないと、言いますか……」

「そうか?あ、でも、レオはあたしに教わりたいよな?」

「……そうなんですか、レオ?まあでも、確かに、アリシアさんとは、仲の良いですもんね?」

「友達以上、だ。なあ、レオ?」


 背後で一見和やかに流れている会話があらゆる意味でレオには怖すぎる……。


 そんな光景を眺め、向こうで魔女が笑みを零している。

 そして、苦々し気な表情をするレオの前で、皇帝は快活に言った。


「はっはっは、モテるな、レオ。まあそう嫌な顔をするな。難しく考えず気楽に遊べば良いだけだ」

「………………」


 まだ渋い顔をするレオの背後で、やたらにこやかな微笑みを浮かべた少女達が話し続けている。


「……アリシアさん。友達以上ってどういう意味ですか?ああ、戦友って事ですか?絆が固くなるとは聞きましたよ、……仕事仲間として」

「仕事仲間って、なんだよ。いや、……むしろ戦友以上だな」

「……戦友、以上?それって……………どういう、事ですか?」

「どう言うも何も、なあ、レオ」

「レオ?…………説明して貰えますか?私、まったく意味が分からなくて。……レオの口から説明して貰えませんか?説明、してくれますよね?」

「…………だってさ、レオ。シャロンは何を怒ってるんだ?なあ、レオ?……レオ?」


 背後で膨れ上がっていく殺気やら戸惑いやらに頭を抱えたレオを向こうで魔女が笑っている……。


(……始まる前からもう修羅場じゃないか……)


 その原因である童貞クズ野郎は死んだような目で、短剣を取り出し。


「……リテイクだ!」



「そうなるな。……わしも存分に遊ぶ気だ。美女を侍らせてな!」


 快活に、衰えしらずの老人が言い切っている。そんな瞬間まで、巻き戻った直後――。


「ほどほどにしとけよおっさん。……わかった、楽しみにしとく」


 何事もなかった事にした童貞クズ野郎は涼し気な表情でそう言って、立ち上がり、すぐさま逃げるようにその場を後にしようとした。

 その背中に、皇帝は言葉を投げる。


「おう、ノリ気か、レオ」

「ああ。日取りとか場所は後でちゃんと教えてくれ。……恥かかないように、これから泳ぎの練習してくる」


 そう、レオが言った途端、声を上げたのはアリシアだ。


「あ、練習すんならあたしが教えようか?」

「いや、自力でやる。まず自力で頑張ってからだ。それで無理だったら、またあとで頼む。……行くぞ、マリア」


 そう言って、レオはその場を後にする。

 その背中を、アリシアとシャロンが何か言いたげに眺め、と、だ。


 そんな二人の間を、赤いシロップの掛かったパンを手にマリアは通り抜け、通り抜け様、呟いた。


「ベニシアと言えば水着だな……、うかうかしてると、レオが目移りするかもな」


 遊ぶような調子で言い、レオの後を歩いていくマリアの背を、アリシアとシャロンは同時に眺め……直後二人共真剣に、何かを考え出した……。



 と言う、一幕があった直後、レオのアパート。

 ソファに横たわったマリアを前に、真剣な表情で、レオはいきなり言った。


「マリア。……何か欲しいモノはないか?」

「お前の滑稽な絶望と破滅だ」

「わかった。土下座しよう。だから力を貸してくれ……頼む!お前だけが頼りなんだ!」

「磨きがかかって来たな童貞クズ野郎……」

「自力じゃどう考えても無理なんだ!俺がさっきの一瞬で何回リテイクしたと思う?17回だ!17回リテイクして漸く俺の味方をしてくれるお前を引き当てたんだ!偶然と奇跡に頼らなきゃあのタイミングで俺はもう詰んでたんだよ!」

「そのまま人生詰んで破滅しろ童貞。お前の味方をする私、って発言が心底気持ち悪い。死ね」

「お前からどう思われてようが関係ない。俺はただお前に助けて欲しいだけだ!頼む!改変だけじゃ無理があるんだ!お前だけが頼りなんだ!」

「なら破滅しろ。その能力で現実に出来ないならそれは可能性が完全に0という事だ」

「その0を1にするために俺はなんだってしてきた。今もそれを続けるだけだ!」

「大層カッコ良い発言だな、……二股の為と思わなければ」

「俺は二人の笑顔が見たいんだ!笑顔だけ見たい!嫌われたくないんだ!二人共日に日に可愛い!」

「まさか感動的な嫌悪感がこの世の中にあるとは思わなかった。吐きそうだし泣きそうだよ、童貞クズ野郎。死ね。破滅しろ」

「…………どうしても手を貸してくれないのか?」

「私はお前を見て嗤っているだけの存在だ。そう言う契約だろう?お前の恋路を手伝う?そんな事する位ならそこらの野良猫の交尾でも観察してた方がまだ有意義だ」


 にべもなく言い捨てたマリアを前に、レオは歯を食いしばり……やがて、言った。


「仕方ない。…………わかった。自力で、どうにか頑張ってみる……。これから、一人で作戦を立てるさ。限定特製超高級チェリーパイを食べながらな」

「………………」


 何も言わなかったマリアを前に、レオはまた言う。


「限定特製超高級チェリーパイを食べながら」

「…………………」

「俺が個人的に出資して個人的に開発して貰って大人気で今や開店と同時に売り切れになる一日十個限定特製超高級チェリーパイを俺は特別に幾らでも食べられるからな。それを食べながら、一人で、頑張ってみるさ……」


 そう言いながら立ち去る雰囲気を出しつつ一歩たりとも立ち去ろうとしないレオを前に…………。


「…………クズが、」


 結果以外大抵情けない天才軍師を傍観し続けていた魔女は、そう吐き捨てた。


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