4 ”楽しいデート”と”真実の館”

 ――レオは“楽しいデート”を継続した。


 シャロンに見つかる、あるいはアリシアの笑顔が消える言動をとってしまった場合に、都度改変し、行動を変え、ルートを変える。


 そんな事をしていれば、同じ装置を2度以上、アリシアとみる事はざらだ。ただし毎回、アリシアは一回目だと思っているが。


 その状況に陥るたびに、レオは新鮮な――一度目に見た時にアリシアに見せたのとまったく同じリアクションを返した。


 何回でも何回でもその気になれば焼き増しのように同じリアクションが出来るのは、レオが改変に慣れているからだ。


 目的は二股がばれない事と、アリシアを楽しませる事。

 そもそもレオの優柔不断のせいでこの状況なのだから、レオは妥協しなかった。


 同じリアクションをし、やり直し、同じリアクションをし、やり直し、同じリアクションをし、やり直し…………。


『レオ!』


 と言う嬉しそうなシャロンの声が死の宣告のような気がしてきながら……。

 レオはついにシャロンとエンカウントせずに、アリシアと一緒に、勝アリシアを楽しませたまま、ほぼ全ての装置を見学し終えた。


(…………百回ちょっとか。安いな、)


 主観時間で100年以上魔王に抗い続けた英雄はその部分の感覚がもう完全に壊れていた。

 が、壊れた甲斐あり……。


「うん、結構楽しかったな!」


 夕暮れが見え始めた魔導技術博覧会の一角で、アリシアは笑顔で言う。


「……ああ、」


 その笑顔が眩しいように微笑んだレオから、アリシアはふと、驚いたように視線を逸らし、それから言う。


「じゃ、じゃあ、もう一通り見たし、そろそろ……」


 と、言いかけたアリシアの視線が、ふと止まった。

 その視線を追いかけると……まだテント、いや小屋が一つ、残っていたらしい。


 黒い布、カーテンが揺れている、小屋。そこそこの広さがありそうだが……妙に寂れた、というか、怪しげな雰囲気が漂っていて、その周囲には幾つか、どうもカップルらしい人影があった。


「なんだ、アレ?」

「さあな。……行ってみるか?」

「え?でも、レオ、なんか疲れてそうだし」

「ここまで来たんだ。せっかくだし、全部見てみよう」

(……一つ前の周回で、この時間、皇帝とシャロンがもう帰ったのは確認済みだしな)


 そんな事を考え、疲れと安堵が混じり妙に落ち着いた表情を見せているレオを、アリシアは横目で眺め……やがて、頷いた。


「まあ、あんたがそう言うなら……行ってみるか!」


 *


 近づけば近づくほど、妙に不気味な小屋だ。予想より大きい。一軒家、程度はありそうで、小屋とテントの中間、それこそサーカス小屋のように骨組みの木の輪郭があり、その上から、黒い布、カーテンが全体にかぶさっているらしかった。


 そして、周囲に居るのはレオとアリシアと同じように、カップル。ほとんど帰るところのようだが、雰囲気は妙に神妙というか、真剣と言うか……二人の世界に入っていると言うか。


 そんな雰囲気のカップルたちをアリシアは見まわし、それからレオに視線を向け――と思えばすぐ視線を逸らし、目の前の小屋を見ながら、言う。


「なんだろうな、これ。サーカスか?」

「…………さあな。いや、黒魔術って書いてあるな」

「黒魔術って……なんだ?そんなんあんのか?」

「技術自体に良し悪しはない。何に使うかの違いがあるだけだ。けど……一般的には、呪い、とかか……?」

「呪い……ねぇ、」


 ピンと来ていない様子で、アリシアはその黒い小屋の入り口を眺め……と、だ。


 次の瞬間、突如、その入り口の布が押し上げられた。

 中から顔を見せたのは、派手なメイクに、派手な衣装。何か詰められているのか妙に腹回りが突き出ている――それこそピエロだ。


 そのピエロはジェスチャーで、こくりと頭を下げ、レオとアリシアを小屋の中へと誘ってくる……。


 それを前に、アリシアはレオに視線を向けて、言った。


「どうする?」

「……呪いだったら、呪われてから考えよう」

「了解、軍師殿。とりあえず突っ込む、だな」


 にやりとアリシアは笑い、そのまま小屋の中へと入っていく。

 その後も、レオはついて進み……ピエロに誘われるまま、二人は小屋の中に入った。


 やはり、サーカス、なのだろうか?少なくともそういうイメージの場所に見える。

 中は広く、ずらりと座席が……座るモノのないそれらだけが並んでいて、所々に燭台が立ち、揺れる炎がその場を照らしている……。


 奥には、仕切り代わりらしい大きな黒いカーテン。そして、その向こうにはどうも、舞台があるらしい。


 サーカスか……あるいは劇場か?そんな、他の場所に比べて雰囲気が作られている場所のようで……と、だ。


 そう周囲を見物するレオとアリシアの横を、さっきのピエロが駆け抜け、こちらと舞台を仕切るカーテンを少し開き、また手招きしてくる。


 それを前に、もう流されるままにレオは歩み……その真横でしかしアリシアは立ち止まり、ピエロを眺めていた。


「……どうかしたのか?」

「ああ、イヤ。……アイツまあまあ強いな」


 そう、アリシアはどうも、ピエロを観察しているらしい。


「……強い?」

「ああ。気配が薄い。ジェスチャーばっかなのに、隙っぽい隙が見つからない。……暗殺寄りか?」


 アリシアはそう、どこか視線鋭く言っていた。アリシアが言うなら、その評価は間違っていないのだろう。


 “鮮血のアリシア”が警戒するほどの、ピエロ。


「…………戦後に軍を辞めて再就職したとかか?」

「かもな……。人殺しより笑われる方がマシだし。まあ、良いか。あたしのが上だし。なんかあったら守ってやるよ、レオ」


 そう、アリシアはウインクして、一瞬前の警戒を解いた、イヤ隠したように、つかつかと歩んで行く。


「……頼もしいな」


 そう応えて、レオはまた、アリシアの後を追いかけた。

 そして、またピエロに誘われ、カーテンを潜り抜ける……。


 燭台の炎が揺れている……。

 カーテンの先にあったのは、やはり舞台。だが、舞台の上に、登場人物は一人だけしかいなかった。


 黒いローブで全身を包み込んだ、どうも背が高そうな誰か。


 そんな誰かがが、布の掛かった机の向こうに座っていて、机の上にあるのは、水晶と、いくつかの木のマネキン人形。


 そんな舞台装置の向こうで、その黒いローブは言った。


「ようこそ、真実の館へ」

「真実の館?」


 そう呟いたレオの前で、黒いローブ――声からして男らしいそいつは水晶に手を翳しながら、また言う。


「ええ。……この水晶はすべてを見透かします。過去も未来も、この水晶に見通せないものはない。ここには運命が映し出される……」


 そう、黒いローブは言って、その声にリアクションしたのはアリシアだ。


「運命……なんかちょっと楽しそうだな。占いみたいなもんじゃないのか?」


 少し好奇心をくすぐられたように、アリシアは目を輝かせていた。

 それを横に……。


(占い……占い小屋か。確かに、……占いは雰囲気作りから入る詐欺だしな。嘘を判別する魔術か、情報を整備する魔術か……)


 そう冷静に、胸中切って捨てながら、レオはアリシアに言った。


「確かに、楽しそうだな」


 改変しまくってスイッチが入っている英雄は、平然と嘘を吐いた。

 と、だ。そこで、そんなレオの胸中を確かに見透かしたかのように、黒いローブは言う。


「男の方、……疑っていますね」

「別に、そんなつもりはないぞ?」


 と答えたレオを前に、黒いローブは水晶に手を翳し、言った。


「……その疑いを、晴らしましょう。レオ・フランベール」

「おお、もう名前当てられたぞ?」


 と、楽しむ気らしいアリシアを横に、レオは胸中、


(……そもそもこの博覧会で知らない奴の方が少なかっただろ)


 と思いながら、


「ああ。……本物かもな」


 疲れてるレオは、アリシアが楽しそうならなんでも良いか、と思った。

 そんなレオの前で、黒いローブは、続ける。


「魔王を追い詰め、撃ち果たした英雄。魔王から魔法を賜った使徒を破り、世に平静をもたらした英傑。魔王の合わせ鏡に見出された勇者……」


 囁くように呟く黒いローブを横に、アリシアはウキウキ耳打ちしてくる。


「おお、マリアの事も当てられたんじゃね?」


 魔王の合わせ鏡……マリアの事だ。

 魔王は、マリアの双子の姉妹だった。普通にかかわっている限り口以外ほとんど害のないマリアの、真逆。


 白い髪に赤い目のアルビノで、全身覆う白い修道服のような服を着ていた。きわめて丁寧な言葉づかいで過激で破滅的な事を言う、……まさに世界全てを巻き込むような悪女。


 マリアと同じく不滅で、マリアと同じく他人に魔法を授ける事が出来て、そして、マリアと違って活動的な害悪の権化。


 スラムで暮らしていた時、レオの恩人――育ての親は魔王に殺された。

 その後、同じ顔をしていたマリアを、レオは育ての親の仇と思って殺しに行った。


 それで、憐れまれたのか見初められたのか……いや、マリアはマリアで、狂ってしまった片割れを止めようとしていたから、それに利用されただけかもしれない。


 同じ目的を持って手を組んだ。

 同じ目的のために契約した。


“私はお前に力を与える。お前の復讐を私は傍観しよう。私が手を出せば、私もアレと同じになるからな”


 マリアはそう言って、レオと手を組んだ。

 と、……黒いローブの言葉に筋道が立つのは、レオや、ある程度事情を知っているアリシアの頭の中だ。


(曖昧な言い方でこっちに勝手に解釈させる詐欺だからな、占いは)


 結局、“魔王の合わせ鏡”と言う言葉が曖昧なのだ。平和な世界で王のように振舞っている、と言う意味でなら、それこそさっき娘を連れ出して娘にウザがられていたこのマグノリアの皇帝も該当する。他にも様々、勇者を見出した上で魔王に敵対していた人間は大抵それに当てはまるだろう。


 そんな事を考えて、それから、レオは言う。


「……事前に調べてただけだろ?」

「え~?」


 不服そうに、だが楽し気に、アリシアは言っていた。

 占いを信じたいのか……いや、なんでも良いから楽しみたいのかもしれない。


 そんなアリシアを眺めるレオに、黒いローブはまた言う。


「レオ・フランベール。お前は嘘を吐いている。……お前が今連れている女に」

(それもあいまいな言い方だ。どんな関係であれ、一つも嘘が混じらない人間関係は存在しない、)


 そう、冷静に胸中吐き捨てたレオを横に、


「…………………………」


 アリシアはすさまじく疑っているような視線を向けて来た。


(……一回リテイクしとくか?いや、待て。落ちつけ、大丈夫だ。アリシアへの嘘?二股か?ここにシャロンがいた事か?恋人になった、と覚えてない事か?今日二度目以降の装置に初見のリアクションをし続けた事か?)


 童貞クズ野郎には思い当たる節が多すぎた。

 が……ここに居るのはもう疲れ切ってある意味賢者のように静かになったレオ。


 大して動揺を見せることなく、堂々と、レオは、


「……アリシアには一つも嘘を吐いてない」


 そう、嘘を吐いた。そんなレオを横に、アリシアがからかう調子に言う。


「え~?ホントか?なんか隠し事あるんだろ?怒んないから言ってみろよ、レオ?」


 からかう調子でアリシアは言っている。からかう調子のはず、遊んでるだけのはずだ。

 目がマジな気がしないでもないが、気のせいだ。気のせいだろう。気のせいに違いない。


 レオはそう、アリシアが自分を信じていると信じる事にした。

 と、そこで、だ。


「アリシア・スカーレット」


 そう、黒いローブの男は言う。


「お、おう……」


 緊張した様子のアリシアに、黒いローブは続けた。


「“鮮血のアリシア”。敵が遭う悪夢。味方が仰ぐ勇者。大量殺人鬼。英雄。二面性、偽りの象徴……」


 黒いローブの言葉に、アリシアは僅かに、表情をこわばらせていた。


(……入ったのは失敗だったか?)


 レオの経歴を知っているなら、アリシアの経歴もある程度知っているはずだ。

 大量殺人鬼とか、二面性とか偽りとか……時代のせいだ。アリシアのせいではない。


 そう思って、文句でも言おうと動きかけたレオの手を、ふと、アリシアが掴んだ。

 穏やかな表情で、アリシアはレオを見ている……大丈夫だ、と言わんばかりに。


(………………)


 文句を言わないでおくことにしたレオの耳に、黒いローブは言った。


「アリシア・スカーレット。お前は嘘を吐いている。……今、そうやって気を引いた男に」


 その言葉に、レオはアリシアに視線を向けた。


「………………う、嘘とか、吐いたことない」


 アリシアは思いっきり視線を逸らしていた。なんかレオに嘘を吐いているらしい。

 いや、だからそもそも。


(……嘘のない人間関係は世の中に存在しない、)


 そう、レオは胸中すぐに切って捨て、それから黒いローブを睨み、こう言い切った。


「俺はアリシアになら騙されていても良い」


 疲れ切った童貞は結果的に無駄にイケメンだった。


「レオ……」


 とアリシアは少し驚いたように呟き、さっき取られてつないだままの手が、少し強く掴まれる。


 と、そこで……だ。ふと、その場に、押し殺したような笑みが響く。クク、と笑みを零しているのは、黒いローブの男だ。


「では、その言葉が本心かどうか、また、探ってみるとしよう……」


 そう、黒いローブの男は言って、水晶の上に手を翳しながら、何か呪文のようなモノを唱え始める……。


(……さっきまで呪文唱えてなかっただろ。完全にショー仕立ての詐欺か、)


 と胸中切って捨てながら、レオはアリシアの様子を見た。

 割と真剣そうに、アリシアは黒いローブの男を見ている。楽しんでいるらしい。


(なら、良いか、)


 と小さく息を漏らしたレオの目の前で、黒いローブは呪文を唱え終わり……。


 *


『おめでとう、アリシア・スカーレット。君は、レオ・フランベールに真剣に想われているようだ』


 それで詐欺ショー……いや、占いは終わりだった。


 レオとアリシアはいつの間にか日が暮れていた、そんな夜空の下に出てきて……レオは去り際、ピエロから受け取ったチラシを眺める。


 チラシに書いてあるのは、出資者募集と言う文言。あるいは、活動への献金募集、でもあるらしい。

 要するに……。


(焦らして焦らして最終的に聞こえの良い事言って、その後金をせびるのか)


 占い、と言うか良く出来た商売と言うか。

 そんな風に星空の下歩むレオの前で、少し先を歩んだアリシアが振り返り、言った。


「結構楽しかったな?」

「まあ、な。……ちなみに、アリシア。今の占い信じたのか?」


 そう問いかけてみたレオを前に、アリシアは目を丸くし、即答する。


「いや、ぜんぜん」

「……信じなかったのか?」

「ゲン担ぎならするけど、占いは信じないって。それは考えるの止めてるだけだ。長生きできねえって」


 鮮血のアリシア、長年生き抜いてきた最強格の戦士はそう言っている。

 結局、この美女は、さっきの占いの雰囲気が楽しかっただけらしい。そう言ったアリシアを前に、レオは笑みを零し、言った。


「流石だな」

「鮮血のアリシアは伊達じゃない。占いなんて信じない。あたしが信じるのは自分だけ」


 アリシアはそう言い切って、言い切ったと思えば、その視線がレオを向いて、アリシアは柔らかな笑みと共に、言う。


「……あと、あんたの事だけだ。昔から、今も。ずっと」


 そう、微笑んできたアリシアを前に、レオはまた、笑みを零し。


「……それは光栄だな」

「あ、お前今あたしが嘘ついたと思ったな?本気で言ってるぞ?」

「本気で言ってると思ってるよ、」

「それは本当か?」


 そう、からかう調子でアリシアは笑い、楽しそうにレオの手を取って、上目遣いに、楽しそうに、また言う。


「……本当か?」

「……本当だ」

「なら、良い」


 そうアリシアはまた笑って、そうして、手をつないだまま、二人は肩を並べる。


(……ぼろい商売だな)


 きっちり渡された出資募集のチラシをポケットに、レオは満足そうな美女を横に帰路についた。


 デートの終わりに、夜道の下を、肩を並べて……。


 *


「なんだ、日に日に帰りが遅くなってないか?今日こそもうなじれなくなったか、寂しいよ童貞クズ野郎」


 我が家に帰り着いた瞬間に、ソファの上に寝転がり、今日は買い置きのチェリービーンズをつまらなそうに摘まんでいたマリアは、そう、声を投げてくる。


 そのいつも通りの毒舌を前に、


「…………フ、」


 童貞クズ野郎は疲れ切ってかつ達成感を持って完全なるイケメンエディションだった。

 そんなレオを前に、マリアは眉を顰める。


「まさか、本当に?唯一のアイデンティティを捨てたのか?童貞じゃないお前に存在価値があると思っているのか?滑稽なクズ野郎からただのクズ野郎に変わったんだぞ?お前は本当にそれで満足なのか?……なんてことだ、きっと明日にも世界が滅ぶな」


 言い捨てたマリアを前に、やはりいつになく寛容に、またフッと笑い……。


「……そう嘆くな。安心しろ、世界は滅ばない。俺はまだ童貞だ」


 無駄にカッコ良い調子で恐ろしくカッコ悪い事を言い捨て、そのまま、疲労と達成感……そう、二股をごまかしつつアリシアを楽しませ抜いたと言う実感に包まれた童貞クズ野郎は、そのまま、自室へと去っていく。


 その様子を、マリアは眺め……やがて、チェリービーンズを口に運ぶと、呟いた。


「…………なんだアイツ気持ち悪い」


 それからマリアはふぁぁあ、と欠伸をして、ソファにごろりと寝転がり。


「あ~、気持ち悪い……」


 またそう呟いて、つまらなそうに、マリアは瞼を閉じた。

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