2 アリシアとのデートⅡ

 思った以上に普通にテーマパーク染みている。

 それが、魔導技術博覧会を覗いたレオの感想だった。


 戦時下に開発された技術が、戦争が終わったことで民間に下り、開示されるようになり、……その結果、普通に生活に役立ったり、あるいは夢のある技術だったりが、家族連れも多く見えるそのテーマパークでは明るく展示されているらしい。


 レオとアリシアはそのテーマパークに近いような場所を、歩んで行く……。


「あ、そこの美人さん!ちょっとこっち……“鮮血のアリシア”……」


 何かの装置を展示していた技術者がそう声を上げて、直後アリシアだと気づいて顔を引きつらせる。

 そして、それに、鮮血のアリシアは拗ねたように言った。


「んだよ。そんな嫌な顔すんなよ。取って食ったりしねえって、」

「あ、ああ……悪い。とにかく、ちょっとこっち来てくれないか?新技術があるんだ、なあ、彼氏さんも……………レオ・フランベール……」


 レオの顔に気付いて、技術者はまた顔を引き攣らせた。


「どっかで会ったりしたか?」

「あったことはないけど、知ってる。魔術破りのレオ……」


 新魔術、を毎度初見で看破してきた――正確に言うと改変で看破できるまでやった――レオの名と顔は、技術者にも知られているようだ。


「……今、壊す気はない。敵にならないならな」

「なる気はないって……。あ~、まあ、でも客引きに。頼む、美人の恋人を貸してくれ」

「貸してくれって……」


 そう言い淀んだレオの横で、ふと、アリシアが言った。


「まあ、良いんじゃねえか?平和だし。貸されてくるよ、……美人の恋人が」


 なんだかノせられたらしいアリシアは、沿うレオにウインクして、技術者の所へ歩んで行く。


「おい……、」


 そう、レオは警戒しかけて……けれど、すぐに思い直した。


(何か不味い事になったら、改変すれば……。いや、もう、そういう世界じゃないんだったな、)


 レオはアリシアを戦力として頼っていた。その分、危険な目に合わせる事が多かったし――初見殺しの技術にはアリシアでも回避しきれないものがあった。それを、都度、なかった事にした……。


 もう、過去だ。

 そう、どこか警戒を残してしまいながら眺めたレオの前で、アリシアは技術者と何か話している。


「ここか?」

「そうだ。そこに立って……で、そうだな。踊ってくれ」

「ハァ?……なんか馬鹿にしようとしてるか?」

「そうじゃないんですよアリシアさん……いや、じゃああの、くるって回ってくれるだけで良いんで、ホント……」


 そんなやり取りをしているのは、何か……白い円形のプレートの上だ。それが魔術道具なんだろう。


 半信半疑な風に、アリシアはその場でくるっと、スタイルも運動神経も良い分様になる調子で、回り……それでもうオッケーらしい。


「なんなんだ……?」


 とか首を傾げながら、アリシアはレオの横へと戻ってきて――それから、技術者が白いプレートを何か操作した。


 直後――始めぼんやりと、その次にははっきりと、プレートの上にアリシアの姿が現れた。


 立体的な映像――それを記録し映写する装置のようだ。白いプレートの上で、アリシアは怪訝そうに眉を顰め、それからくるっと回り、また最初に戻る。


 そんなアリシアの姿を見ながら、レオの横で、アリシアは言う。


「なんだ、これだけか?」

「いや。使える技術だ。光学的な立体映像の映写か。プレート自体の隠匿性を高めて、その上で自走機能を付ければ攪乱に……」


 とか呟くレオに、技術者はふと、グッと親指を立て……次の瞬間、そのプレートがゆっくりと、移動し始めた。


 そんな技術者へと、レオもまたグッと親指を立てる。

 それを横目に、アリシアは微笑んだ。


「なんかあんた楽しそうだから、別に良いけどな」



 くるくると回るアリシアの元を、アリシアを連れて後に……そうしてまた暫く歩むと、また別の技術者が、声を投げて来た。


「お、そこの兄ちゃん!ちょっと、ちょっとこっち…………マグノリアの悪魔、」


 客引きのように声を掛けた直後、その技術者もレオの顔を見て固まっていた。


「有名人だな、レオ」

「指名手配されてる気分だ」


 そんな風に口々に言った所で、技術者はアリシアにも気づいたらしい。


「…………鮮血のアリシア……」


 そう固まる技術者を前に、アリシアは楽しそうに笑みを零して、言う。


「安心しろよレオ、あたしも指名手配されてる。お揃いだな?」

「喜ぶ事じゃないだろ……」


 そう呟いて、それからレオは、技術者の元に歩み寄って、問いを投げた。


「何か面白いモノでもあるのか?……別に敵対しようって気はない」

「あ、ああ……」


 技術者はそう、やたらヘコヘコと頷き……それから、ここで展示しているらしい品を、レオへと差し出してきた。


「これだ、レオ・フランベール……」


 やはりどこかおびえたようにしながら、その男は何かを手に持っている、らしい。

 が、その何かが見えない。何も持っていないように見える。いや、何なら、もっているはずのその手が、消えている……?


「……光学迷彩?」

「おお、流石マグノリアの悪魔!そうだ、光学迷彩だ!このローブに隠れてれば、そこに何もないように見えるって寸法。ほら、例えば……覗きしたり?浮気の逢引の時にこっそりとかな?」


 そう、レオに理解された瞬間にテンションを上げ、そして技術者は余計な事を口走っていた。


「…………浮気?」


 背後で鮮血のアリシアが何かしら圧を放っている。


「………………」


 その圧力を前に、レオは一瞬固まり、が、すぐに気を取り直し、アリシアへと振り向いて、肩の力を抜いた。


「言葉の綾だ。覗きとか浮気なんて、俺がするわけないだろ?」

「いいや、レオ。……覗きは前したよな?」

「してない。いや、……いや、してない。してたとしてもそれは事故だ!」


 妙に必死にレオが言い訳し、それをアリシアがどこか冷ややかに眺めている……。

 と、そこで、背後の技術者が言った。


「例えばこういう修羅場の場面で~」


 と、背後で技術者が言った直後。レオの頭の上から、何かがかぶせられた。

 ローブ、らしい。それがすっぽり、レオの身体を覆った。


「……これ使って逃げ出すとか?」


 とか言う技術者を背後に、レオは自分の手を見てみる。が、そこにあるはずのレオの手が、ローブの影に隠れてか、見えなくなっていて、その下の地面だけが透けていた。


「……本当に、光学迷彩か……」

「凄ぇだろ?いや、これ開発するのに何年もかかったんだぜ?ただの布に複雑に織り込んだ魔術を――」


 と、誇らしげに技術者はペラペラ語っていた。その話に耳を傾けていると……。


「…………」


 なんだかつまらなそうに、アリシアが腕を組んで、レオを見ている……。


(今、俺の姿は見えてないはずだよな。……これで本当に逃げ切れるか、試してみるか)


 そんな悪戯のような思考を頭の片隅に、話し続ける技術者を置いて、レオはそのまま数歩、横へと歩んでみる。


 すると、だ。

 すぅ~っと、アリシアの視線がレオを正確に追いかけて来た。


(…………見えてるのか?いや、だが、そんなはず……)


 そう疑問に思いながら、レオはアリシアの背後へと回り込んでみる。

 その動きを、アリシアの視線はすぅ~っと追いかけてくる。


「…………アリシア?見えてるのか?」

「いや。全然見えねぇぞ」

「じゃあ、なんで居場所がわかる……」

「…………気配?」

(なぜ疑問形なんだ鮮血のアリシア……)


 前線で暴れ回った英雄の勘か。アリシアからすれば、視覚的に見えているかどうかは大した問題ではないのかもしれない。


 と、戦慄するレオの視界の隅で、さっきまで上機嫌だった技術者がうなだれていた。


「理論は完璧なはずなのに……見えてないはずなのに……まだ研究が足りないのか……」

(……なんか可哀そうだな。多分、相手が悪かっただけだぞ)


 技術が野生の勘に負けた瞬間である。

 と、そこで、だ。不意にアリシアが言った。


「ああ、気付かないどいて欲しいか?良し、あれ~レオどこ行った?見えねえな、見えなくなって悪戯か?良し、来い!いたずらでどこ触られても怒んねえぞ!」


 むやみに堂々と、からかう調子でアリシアは言っていた。そんなアリシアを前に……。


「………………」


 技術者の気分がうつったように、なんだかみじめになって来た童貞は、何も言わずそのローブを脱いだ。


「おお、レオ。そこに居たのか。良いのか、悪戯しないで」


 そう、からかうように言ってくるアリシアを前に……。


「……ああ、」


 精神的に完敗した気がする童貞は、そのローブを技術者へと渡し、言う。


「……負けっぱなしで終わるな。期待してるぞ。バージョンアップしたらまた貸してくれ」

「レオ・フランベール……わかってくれるか、このロマンが……」


 むやみに感動した様子で、技術者は言い……レオと技術者は固い握手を交わした。 



 ロマンに背を向け、レオとアリシアはまた歩んで行く……その最中。


「つうか、触りたいなら別に言ってくれたら良いのに」


 ぼそっと、アリシアが言う。その言葉に、レオはゆっくりと視線を隣に向け。


「……なんだ、レオ?なんか頼みでも出来たか?」


 完全にからかう調子のアリシアから、またゆっくり、視線を逸らした。

 そしてレオは無駄にイケメンな神妙な顔で、考え込む……。


(頼んでみるか……?)


 こう悩んでも結局頼めないからこの男は童貞なのである。


 と、そこで、だ。また、道端から声が投げられた。


「お、そこの彼女、彼氏にストレスたまって…………アリシア・スカーレット……」

「……またかよ」

「客引きに必死だな。……そんなにスポンサーが居ないのか?」


 と、呟いたレオは、しかし言いながら別の所が引っかかっていた。


(今、何を言いかけたコイツ。彼氏にストレス……?)


 と、そんなレオにも、技術者は気づいたんだろう。


「赤眼のレオ!?……またうちの可愛い子たちを酷い目に合わせる気か!?」


 そう、喚き始めた技術者を前に、アリシアは言う。


「何したんだ、レオ?」

「多分、物理的には破壊したのはお前だろ」


 今度は、レオとアリシアに魔術を破られた経験がある技術者なのかもしれない。

 とにかく、そう口々に言いながら、レオはその技術者の向こうの装置を見た。


 その先にあったのは……何か、黒いケーブル。もしくは縄のようなモノだ。持ち手のようなものがついていて、……なんかこう鞭のようにも見えてくる。


「なんなんだ、ソレ。彼氏にストレスとか言ってたけど……」

「あ、はい。あの、……軟性が極めて高い形状記憶型の素材でして、めちゃめちゃ凄いのに全然凄さがわかって貰えなくて、出資も……とにかくわかりやすくしようとした結果昨日ちょっとウケたっていうか、その……」


 技術者は技術者で大変なのかもしれない。

 そして、なんだか嫌な予感がしてきたレオは、すぐに言った。


「良くわからないが、ストレスは溜まってない。だよな、アリシア?」


 そう問いかけたレオを横目に、アリシアはふと、微笑んだ。そして、技術者へと視線を向けて、言う。


「貸してくれ」

「アリシア?……ストレスが?何か怒ってるのか?」


 二股してる童貞クズ野郎は急に怖くなってきた。が、そんなレオを横に、「いや、別に」とむしろ楽しそうに答えて、技術者から使い方を聞いていた。


 レオをからかいたくなっただけ、何だろうか?そのケーブル――というかもう、鞭だ。アリシアが持つと鞭にしか見えない。鞭がやたら似合っている。そんな光景を前に……。


「……アリシア。いやな予感しかしない。やめておこう。……やめてくれ、」


 と、懇願するレオを前に、技術者は説明する。


「で、まあ、当たったところで丸まって固定されるように――」

「こうか?」


 と軽い調子で言ったアリシアの腕の先で、鞭が舞った。

 ぺシン、と強く童貞クズ野郎は突然鞭を浴びる――事はなく、当たったはずだと言うのに、痛みもなく、……だが、確かにそれは、レオに当たっていたらしい。


 しゅるっと、レオの首で鞭が丸まり、巻き付く。巻き付いた直後、それは元から輪の形の金属だったように、レオの首にそれが付き……。


「………………」


 仏教面のまま確認したところ、それはもう鞭ではない。むしろ首輪のようになっていた。


「どうですか、凄いでしょう?凄さがわかりますか?ぶつかる直前にぶつかる物体のサイズと距離を察知して自動でぴったり合う形に再生して成形されて……」


 とか技術者は凄さを熱弁しているが、それどころではなかった。

 レオの首にくっ付いた首輪。そのリードを握っているのは、アリシア。

 アリシアは暫し、しげしげと首輪をしたレオを確認し……直後、リードを引いた。


 アリシアに身体能力で勝てるはずもなく、レオを引かれるままふら付く。

 そして、そんな、なすすべなく首輪に引っ張られたレオを前に……。


「…………フフ、」


 鮮血のアリシアはどこか嗜虐的な笑みを浮かべていた。


「今すぐこれを取れ。取ってくれ。……取ってください」


 と懇願するレオを前に、アリシアはまた笑みを深め……が、すぐにその笑みを消して、技術者に言う。


「どうやってとるんだ、これ?」

「ああ、手元のスイッチを押せば……ああ、待ってくれそれじゃないソレは!」


 と、技術者が声を上げた直後――鋭い痛みが、レオの首筋から全身を奔り抜けた……。


 レオの意識が、遠ざかっていく――そう、薄れゆく意識の最中、レオの首輪を掴んだままのアリシアは、


「…………フフ、」


 やっぱりちょっと笑っていた気がした……。



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