2章 平和な世界と”楽しいデート”
1 アリシアとのデートⅠ
レオ・フランベールはかつて世界を救った天才軍師だ。
不老不死の存在、魔王。そして魔王から魔法を与えられた魔王軍。破滅を求め世界を破壊しようとした彼らを相手に、連合軍を率い辛くも勝利した、ある意味この世界の救世主とも言うべき青年。
そんな、レオ・フランベールは童貞である。
童貞だが二股している。そして、童貞だが二股しているレオは、明朝のアパートで、手早く家事をこなしていた。
掃除洗濯炊事、全てをきっちり朝のうちに片づけ、テーブルに朝食の支度を完備し、そうやってすべきことをレオが全てこなした後で、ソファの上に寝転がる美女が大きくうなる。
「う……ふぁ~あ、」
目覚めた直後に欠伸をして、そう身を起こした黒髪の美女――マリア。
それを横目に、エプロンをほどきながら、レオは早口に言う。
「食事は用意してある。皿は洗っておけよ。菓子ばっかり食べるな。食べたらせめてごみは片付けておけ。わかったな?」
「ふぁあ。……なんだ童貞クズ野郎、もう出掛けるのか?」
「ああ。今日はアリシアとデートだ」
「昨日はシャロンとデートだったな。ふぁぁ、」
寝起きで毒舌にキレがないマリアを横目に、レオはよそ行きのジャケットに袖を通す。
と、それを眺め、マリアは言う。
「そうだ、童貞クズ野郎。良い事を思いついた。口紅を寄越せ、首筋にキスマーク付けといてやる」
「余計な事をするな。俺はそういう事をしたい訳じゃない。ただ、……二人の笑顔を守りたいだけだ!」
「綺麗事が好きだな。いや、好きなのは綺麗事を言ってる自分か?」
「うるさい。とにかく、皿は洗っておけ。あと、着替えたらちゃんと服も自分で洗え。それから……」
「わかった、わかったから早くお勤めに行け、お母さん」
「……俺はお母さんじゃない」
「ああ、そうだったな。悪かったよ。童貞に子供がいる訳なかったな?悪い、悪かったよ、繊細なチェリーに対して配慮が足りなかった。傷つけてしまったな、叶わない夢を見させてしまったか?なあ、童貞クズ野郎」
「…………」
寝起きから覚めてきだしたんだろう。キレが出て来たマリアの毒舌から逃れるように、レオは足早にドアへと近づき……
「……うるさい」
言い負けて逃げるように別の女の元へと向かうレオを眺め、
「……ふぁあ~、」
マリアはまた、どうでも良さそうに大きく欠伸をした。
*
少し息を切らせ、マグノリアの街並みを、童貞クズ野郎(無駄にイケメン)は駆けていく。
そうやって駆けた先に居るのは、そちらもただ立って待っているだけで絵になる、一人の美女だ。
アリシア・スカーレット。赤毛の長髪を背後で纏め、すらりと伸びた足にジーンズ。上には胸元が大きく開いたシャツに、黒いジャケット。そんな、可愛いと言うよりカッコ良い服が良く似合っている彼女は、駆け寄ってくるレオへと灰色の瞳を向け……。
そんなアリシアを前に、レオは立ち止まり、言った。
「悪い。待たせたか?」
「イヤ、今来たところ。……フフ、」
ふと、楽しそうにアリシアは笑みを零し、それに、レオは怪訝な表情を浮かべる。
「……なんだ?」
「なんでもないよ。……ほら、行こうぜ?」
言って、楽しそうな笑みのままに、アリシアは歩み出した。と思えばアリシアは肩越しに、やはりその顔に隠しきれない笑みを浮かべて、問いかけてくる。
「で?今日はどこ連れてってくれんだっけ?」
「ああ。……今日は、」
*
『……あんたの行きたいとこに連れてってくれよ』
何回目かのデートの後、ふと、アリシアはそんな風に言ってきた。それまでのデートは基本的にアリシアが喜ぶように事前に下調べして決めていたのだが、それに気づかれたのか、気を遣っている事に気を遣われたのか。
とにかく、そう言われて、今日のデート。
二人で少し歩き、それから馬車に乗り、辿り着いたのは……、町はずれの空き地、広場だ。
視界の先にテントや仮設小屋の群れと、そこを歩む人々の姿があり……
「魔導技術博覧会?」
そう、アリシアは目の前にある入口のアーチ、その文字を見上げていた。
魔導技術――普通は魔術と呼ばれる技術が、この世界にはあるのだ。
根本、スタートに
そして、例えば魔女や魔王と言う存在や、レオの改変のように、その理の外にあるこの世界においても超常的な能力は魔法、と呼ばれる。
魔導技術博覧会は、そんな魔術の内、最新のモノが展示、披露されている場所。
それを眺めて、あんまりピンと来ていないらしいアリシアを横目に、レオは言った。
「ああ。こないだの祝賀会に合わせてかは知らないが、どっかの企業が開催してる、技術競争を示す場だな。……行きたい場所、考えてみたんだけど、俺もお前と同じかもな。これってのが思い浮かばなくて、」
「軍事に転用できるかもしれない技術、か?」
「……俺の興味はまだそっちに向いてるらしい。一応、スポンサー集めも兼ねてるらしいし、一般客も入れてちょっとした祭りみたいになってるって聞いたから……やっぱり別の場所にしとくか?」
「なんでだ?あたしも興味あるよ。……あんたの興味あることにさ」
そう、やはり楽しそうに、アリシアは微笑み、それから続ける。
「それに、そう言うのが出来て、必要になったら……最初に試し撃ちれるのは多分あたしだしな」
鮮血のアリシア――この世界有数の戦士はそう言って、
「その冗談は笑えないな、」
――既に過去何度もその状況を経験して、都度なかった事にしてきた軍師は、そう呟いた。
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