3 シャロンとのデートと修羅場

 数日後、昼過ぎ。


(前回は、シャロンがなんかエロ……いや、違う。皇帝おっさんのせいでタイミングを失ったが、今回は、今回こそは……)


 レオ・フランベールは真剣な表情で腕を組み、下町の一角に突っ立っていた。


 シャロンが前回、父親に隠れて別れ際にこっそり手渡してきたメモに書かれた待ち合わせ場所である。


 何の変哲もない、公園の一角。目の前に噴水が流れ、木々の最中の歩道を、暢気そうに人々が歩んでいる。


 と、だ。そうやって道行く人々を眺めている内に……ふと、その中の一人が、レオに声を掛けて来た。


「……レオ・フランベールですか?」

「……ん?ああ、そうだが……」


 そう言いながら、レオは視線をその人物に向ける。


 帽子を目深にかぶった少年だ。ショートパンツに真っ白い素足が眩しく、上にはシャツと季節の割に少し厚手なグレーのベスト。そんな装いの、少年。いや……男装の少女。


「……シャロンか?」

「あれ、もうばれちゃいました?」


 そう、悪戯でもしているような笑みを零して、その少年は目深な帽子、上げた髪を隠しているんだろうそれを少し上げた。


「まあ、な。……なんでそんな恰好してるんだ?」

「来るの結構大変だったんです。お父様の目とか、市民の皆さんの目とかごまかさないとだから」


 そう言って、次の瞬間、シャロンはレオの手を取り、


「レオに会いたくて頑張ったんです!ねえ、御褒美は?」


 甘えるように囁きながら、レオの腕に抱き着いて、身を寄せ、上目遣いに見上げてくる。


 開始数秒で勘違いだったと伝える間もなくまた密着状態、である。

 が、この童貞は天才軍師。こうなる可能性も予想し、覚悟した上でこの場に臨んでいる。


(心頭滅却だ。心頭滅却すれば、……良い匂いがして腕に当たってる胸の感触がより明確に…………クソ!?)


 この天才軍師は結局童貞だった。

 が、今回は覚悟の分だけ早く立て直し、無駄にイケメンで体裁だけはぎりぎり保てる童貞は、言う。


「……シャロン。男装してるのに俺に密着してたら変だろ」

「あ、ああ、そっか。……そうですね、」


 どこか寂しそうに、シャロンは身を離し……と思えばすぐに表情を明るくして、言った。


「じゃあ、今日は、友達みたいに遊びましょう?」


 そう本当に嬉しそうに、シャロンは微笑んでいる。だが、


(友達みたいじゃない。それ以上の関係じゃないんだ、)


 そう、告げなければいけない。その為に今日、レオは決意を固めて待っていたのだ。

 だから、レオは言い掛け、


「シャロン、実は……」

「レオは友達とどんな遊びをするんですか?」

「ハァ?どんなって、」

「教えてください、街で普通に遊ぶってどういう感じなのか。私、こうやって気ままに遊んだ事なくて……お父様も護衛の人にも止められちゃうから。でも今日は、レオがいるから大丈夫って、護衛の人も手伝ってくれて……。それで、何して遊ぶんですか?あ、私ショッピングとか買い食いとかしてみたいです!」


 嬉しそうに、キラキラした笑顔で、シャロンはそう、レオに微笑みかけていた。


 シャロン・マグノリアは皇族だ。それも皇帝に溺愛された皇族。その溺愛はシャロンが一度誘拐されてからは尚強くなり、人生ほとんど、城に軟禁されるようにして過ごしていた。


 だから、……デート云々は置いておいても、こうやって外で遊ぶ機会が嬉しくてたまらないのだろう。


 そのシャロンの笑顔を前に……レオは胸中、呟いた。


(……フるのは、今度で良いか)


 レオ・フランベールは順調にクズの道を邁進していた。


 *


 公園を、活気ある下町を歩く。


 何かを見つける度にシャロンは足を止め、出店で買い食いの――王城ではまず口にしないであろう大味な串肉をほおばり、汚れた口元を上品にハンカチでぬぐい、微笑み……それこそお祭りに出た子供のようなはしゃぎようでレオの手を引いて、次のお店に掛けていく。


 それに、苦笑と共に引っ張られて行きながら……。

 レオは、昔を思い出していた。


 レオはスラム生まれ、その人生はほとんど戦闘と改変に寄るやり直しに明け暮れ、こうやって気ままに平和に遊んだ経験が少ないのは、レオも同じだ。


「………………」


 前も。前にも、こんなことがあった。もう主観時間で数千年前な気さえする、改変でなかった事にした、シャロンとの思い出だ。


 誘拐されたシャロンを助けた後。幽閉に近い状態だったシャロンと、城に入り浸りだったレオは顔を合わせる機会が多くなり、外の話をしたり本やら何やら買ってきてやったり、そうやって仲良くなって、……それからシャロンに今のようにお願いされた。


 それに応えて、レオはシャロンを外に連れ出した。


 後になって気づいた皇帝がまた誘拐されたと大騒ぎし、全兵士を動員してシャロンの捜索を始め、そこから逃げるのはなんだか楽しかったような記憶がある。


 だが……そうやって些細なことに兵力を動員し、警備が手薄になったその夜に、王城が襲撃され、甚大な被害を出し、皇帝も、その一族も、シャロン以外全員……。


 それを前に、シャロンはただ、呆然と立ち尽くしていた。

 お姫様の些細なおねだりが引き起こした結果に。


 …………だから、その出来事は思い出事全部、なかった事にした。


 そして、その出来事は今、英雄、レオ・フランベールの偉業の一つになっている。

 敵の襲撃を事前に阻止した、と。


「…………レオ?」


 ふと、気付くとだ。

 シャロンがどこか心配そうに、レオの顔を覗き込んでいた。


「……なんだ?」

「いえ、えっと……楽しくないですか?」

「なんでだよ、」

「だって、なんだか……戦争してた時みたいな目をしてたから。あの……もしかして私、無理言っちゃってました?」

「いや、そんな事ない。楽しいよ、……それに、お前はお姫様なんだろ?わがまま言うのが仕事じゃないのか?」


 そう言ったレオに、少し拗ねたような表情で、シャロンは言う。


「それは偏見だと思います。私も、結構勉強してるんです。政治とか、外交とか、……諜報とか」


 ぼそっとなんか最後に付け加えられていた。それを前に、レオは苦笑する。


「諜報って……お前、皇帝になりたいのか?」

「なりたいとは思ってないですけど……多分継ぐのは兄でしょうし。それに、私はずっと皇族でいようとも思ってないです。私は、その、手伝いたいと言うか……」

「手伝いたい?」

「レオは、……そう言う道に進むんですよね?だから、私が……レオの手伝いは、無理かもですけど、……話してる内容ぐらいわかるようになりたいって」


 要は、レオがこのまま軍師、あるいは政治の道に行った時、その手助けができるようにと、勉強しているらしい。


(……将来、か)


 あまり考えなかったことだ。天才軍師と言えば聞こえは良いが、要は軍人。戦争が終われば職に溢れる。


 この間までやっていた戦後処理も終わり、役職は残っているがこれと言う仕事は今なく、ただ戦後の報奨金があるから、レオはこうやって遊んでいられる。


 だが、確かに、その後の事も考えた方が良いのかもしれない。どういう道を進むか。


 と、そうやってまた考えたレオを横に、ふとシャロンは足を止めた。

 何事かと視線を向けたレオを横に、シャロンは俯き加減に、言う。


「……あの、もしかして、ですけど。私、一人で盛り上がっちゃってましたか?」

「…………」

「さっき、何か言いかけてましたよね?怖くて、誤魔化しちゃったけど……何を言おうとしてたんですか?」


 勘付かれていたのだろうか。怯えたように呟くシャロンを前に……レオが言うべきは一つだろう。


 勘違いなんだと言ってやれば良い。

 もしくは逆に、そうじゃない、お前に決めたと、そう伝えるか。


 どちらかしか、ないのだろう。

 暫く、沈黙し……それからレオは、意を決したように……。


「シャロン。実は……」


 と、言いかけたその瞬間だ。


「あ、……レオ!」


 そんな、どこか弾んだような声が、通りの向こうから投げられた。

 その声に、レオは視線を向ける……その先に現れていたのは、赤毛をなびかせる、嬉しそうな笑顔の美女だ。


 アリシア・スカーレット。パンツルックにブーツ、ラフなタンクトップにジーンズ、そんな普段着だろう動きやすさを優先した服装で、その胸に何か紙袋を抱えている。


 そんなアリシアは、偶然出会っただけですごく嬉しそうな笑みを顔に、レオの前に立ち止まり、言った。


「レオ、何してるんだ、こんなところで」

「え、あ、ああ……いや、ちょっと……そう言うお前は?」


 なぜだろう、すぐ真横――さっきまで健気ではかなげな雰囲気を纏っていたはずのシャロンの方から何かこう、冷たい殺意のようなモノが既に沸き上がり始めている……。


 良いところを邪魔されて怒っているのか?とにかくその殺意やら状況やらに視線を泳がせるレオを前に、アリシアは少し照れくさそうに言った。


「いや、こないだ、デートでドレス着てたろ?なんか、アレ、我ながら流石にって思ってさ。変な目立ち方すんのもお前に悪いだろ?……だから。今、可愛い服買ってきたんだ。お店の人が選んでくれたから……、今度は、」


 そこまで、はつらつと言って、――そこで、アリシアもレオの横にいる人影に気付いたらしい。


「そっちは…………あれ。もしかして、シャロンか?」

「……はい、アリシアさん。私今、レオとデートしてるんです」

「へ~……」


 そう、アリシアは相槌を打ち……。


「…………………………」


 そのまま、アリシアは硬直した。


「いや、あの、違うんだアリシア。これは、その……」


 言いかけたレオを前に、アリシアは一歩、逃げるように後ずさる。

 それから、アリシアは俯き……。


「いや、いいんだ。あの、えっと……そっか。悪かったな、一人で、あたし、盛り上がって……。その、……一瞬でも夢見れて、嬉しかったよ。その……ありがとな、」


 そこで、何か堪えていたモノが途切れたように、アリシアは目尻に涙を浮かべ、レオに背を向けて駆け去っていく。


 その背中へと、レオは手を伸ばし、


「アリシア!」

「……追いかけるんですか?」


 氷のように冷たい声が、追おうと動きかけたレオの背中を突き刺した。


「く……いや、待てシャロン。あの、」

「さっき言おうとしてたのって、これ?」


 抑揚のない声に恐る恐る視線を向けると、真っ暗な洞穴のように冷たい目をしたシャロンが、小首を傾げてレオを眺めていた。


「ち、違うんだ……いや、違くなくて……俺は!」

「俺は?……なんです?」

「………………」


 圧に負けて沈黙したレオの前で、ふと、シャロンの目に感情の色が戻る。

 何も言わず、シャロンは悲し気に俯き……次の瞬間、その顔にはかなげな笑みが浮かんだ。


「良いん、です。やっぱり。えっと……私、レオを困らせちゃってましたね」

「いや、困らせたって言うか、」

「良いんですよ、言い訳しなくて。あの、……私、楽しかったです。外でこうやって遊んで。あの…………ありがとう、」


 それだけ言うと、シャロンはレオに背を向け、そのままつかつかと、駆けて去っていく。


「待て、シャロン!」


 レオはまたそう声を上げ……だが、今更待ってくれる訳もない。


 手だけ伸ばしてどっちを追うか決めきれない、そうやって固まる二股男を、道行くおば様たちが『アレ、レオ様よね』『やっぱりイケメンはダメね……』とか後ろ指差してくる。


 その声に、レオはふと、吠えた。


「なんでだ!…………なんで怒らないんだお前ら!?なんで二股知ってリアクションがありがとうなんだ!?お前ら何考えてるんだ!?なんだこれ!なんなんだこれは!なんだこの良心の呵責は!?新手の拷問か!?」


 バレたら殺されるから誤魔化すかとりなすかしようと思っていた。

 だが、現実はその上を行った。

 物凄くレオに都合の良い、地獄。


 その最中で、童貞は吠える。


「どんだけ俺の好感度高いんだ!せめて怒ってくれ!むしろ殺せよ!うわぁぁぁぁッ、」


 この場にマリアが居れば、“千回目くらいの壊れ方だな”とか言いそうな絶叫を上げた直後、レオはふと、懐から短剣を取り出した。

 そして、暗く落ちくぼんだ目で、俯き……。


「……むしろ、死のう」


 そんな風に呟いて、レオはその短剣を、自身の心臓に突き立てた――。

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