08 烈火に微笑む少女①

 その人影がくるりと一回転しドラゴンのあごを勢いよく蹴り上げる。衝撃に耐えられず、といった具合に毒々しい煙が肺から噴き出した。


『その毒ごと焼き尽くしてやるわ』


 小さな手がさっと宙をなでただけで炎爆ぜる五重の魔法陣が現れる。回転はみるみるうちに速くなり、研ぎ澄まされる魔力の音色は荘厳な鐘のように美しい。炎風に踊る黒から深紅に染まりつつある髪を、ゼクストは信じられない思いで見つめた。


「ミグ……?」


 声は確かに愛しい我が子のものだった。怯んであとずさったドラゴンと地面に転がったままの自分の間に立つ小さな姿も見間違えようがない。

 だが知らない話し方だ。こんな大技は初級魔導書に載っていなかった。なにより〈五重クインテット〉級の魔力を子どもが有しているはずがない。

 ゼクストの声にゆらりと振り向いたミグの目は、金と赤が交わる夕闇色に染まっていた。

 次の瞬間、幼い舌がぺろりと唇を舐めて魔法陣を指先でピンと弾く。直後、ミグの身長を遥かに超える太い炎柱が生まれ、それは目に痛いほどの光と熱を放ちながら竜を丸呑みにした。

 しかしその豪炎は衰えるどころか盛りを増し、木々を一瞬にして炭に変えながら森を突き進む。

 燃えながら舞い散る木の葉の中、ゼクストを見上げたミグはにやりと笑うと糸が切れたように倒れた。遠くでドラゴンの悲しげな咆哮が響いている。まだ生きているのか。混乱する頭の片隅で静かに驚いたゼクストだが、声は遠ざかっていることに気づいて安堵の息をついた。

 斧を放り、ミグに駆け寄る。地面に転がった斧はカランと軽い音を立てて枝に戻った。


「まずい。火の勢いが止まらない」


 ジタン王の声がゆるまりつつあった場の空気を再び張り詰めさせた。


「ラッセン! 今すぐ国中の魔導師をかき集めろ! 軍だけじゃなく魔法陣学校の教師も全員だ! それから各将に森林地区近隣住民の避難指示! これは君命だと尻を叩いて回れ!」

「は! ただちに!」

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