第17話

「アイツぜったいまともな頭してねえぞ!」


 監視塔が文字通り陥落した後、イチコは開口一番マイにそう言った。


 私はイチコに指さされながらも、意味の見当もできず目を白黒させていた。


「何をいまさら。最初に言ったじゃない。スワンプマンは認識にずれがあるのよ。特に、ナナは別の意味の認識がずれているのさ」


「それにしても仲良く会話していた相手が死んで、何とも思わない顔をしていたぞ! サイコパスだサイコパス!」


 サイコパス、とは主に共感能力に欠けている異常を持った人間だと、私だって知っている。そんなのと同列にされて、私は頬を膨らませた。


「私はそんな非道な人間じゃないよ! カナタのことだって残念に思ってるし、かわいそうだと思ってるよ!」


「ならもっと他に言いようがあるだろ! それに何だその態度。もっと傷ついたっていいだろが!」


 イチコと私が言い争っていると、マイはため息交じりに仲裁へと入ってきた。


「ナナは異常者じゃない。ただ、欠けているの。前にも言ったけど、欠けているのは非日常を認識する能力ね」


 イチコはマイに言われると、「?」という文字を浮かべて硬直した。


「イチコでも分かるように説明するね。非日常を認識できないと言うのは逆説的にナナには日常しかないというわけ。戦争も犯罪も、おそらくセック〇やレ〇ブでさえ、ナナにとっては心を揺さぶる『非日常』じゃないの。ここまでは分かる?」


 イチコはマイに言われて、釈然としないまでも頷(うなづ)いた。


「通常、多くの兵士は戦争によって重度ないし軽度の心の傷を負う。だけどナナは違う、目の前で親を撃ち殺されても、戦友がもがき助けを呼んでいる中で頭蓋を踏み砕かれようと、心は傷つかない。それは何故か? ナナにとってはその惨劇は何枚ものスクリーン越しで見る映画でしかないの。だから他の者にはいつだって他人事のようにしているように見えるワケ。そうセッティングされているの」


「そうなんだ!?」


 私はマイの説明を受け、自分について再認識する。対してイチコは私の頭頂部をチョップしてきたのだった。


「いたっ!」


「だからなんでそう他人事なんだよ!」


「し、仕方ないよ! マイだって私がそう設計されているって言ってるし……それにこれ、たぶん治せないよね」


 私がマイに問いかけると、さも当然のような返事した。


「自我がひねくれるほどの脳外科手術でもするかい?」


「嫌だよ。それにやったとしても修復されるよね」


「スワンプマンがその程度の怪我で修復不全になるとでも?」


 マイと私はそんな物騒な話をして笑いあった。


「……忘れてた。こいつもしっかりイカれてるんだった」


 イチコはそんな私達を見てため息をついたのだった。


「さて、と。ここからが本題。私たちはこの監視塔を突破することでインタタール理研への橋頭保を築けた。ここまではいい」


 マイがそう説明し始めるのを、イチコと私は肯定した。


「ここからインタタール理研へは一本道。障害も特になし。そしてこちらは私たちだけではなく他の大隊も随伴する。つまり、総力戦ね」


「そこまでする必要あるのかよ? 向こうはただの理学研究所だろ?」


「そこが問題なの。敵はあらゆる実験体と兵器を生みだした元凶。ならば切り札を何枚も持っていて不思議ではないわけさ」


 マイの言い分に、イチコは「なるほど」と同意した。


「そういえばカナタが言ってたのだけど、インタタール理研はこの監視塔を足止めにして何か大反抗作戦を計画している、って言ってたよ」


「……やはりね。ただ時間稼ぎが必要ってことはまだ完了してないのかも」


 マイが希望的観測を述べると、決心した。


「明日にでもインタタール理研に攻め入る。そのために指揮官には攻撃の算段を付けて置くね」


 マイはそう告げると、足早にその場を去るのだった。

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