第16話

 鏡面に囲まれたような広場の中で、私とイチコが共に、正面はカナタが立ちふさがっていた。


「あなたも魔法症状患者のようね」


「そうだとも。しかも私は世界最強のお墨付きさ。覚悟しな」


「あら、一体誰が世界最強なんて戯言を言ったのかしら?」


「そりゃ世界最強のこの私に決まってるだろ! 頭のネジちゃんと付いてるのか?」


 カナタは自信満々のイチコの物言いに、気分を害したような表情をする。


 一方、イチコの方は言い負かしたとばかりにガハハハッと笑っていた。


「気に入らないわね。あなた」


 カナタは冷静に狙撃銃へ弾倉を込める。


 それに対してイチコの方は軽いフットワークを踏みながら、両腕を前に組んでボクシングスタイルをした。


「いつでも来な! チャンピオンはいつでも挑戦者を待っているぜ!」


「言ったわね。後悔しなさい!」


 カナタは立ったまま狙撃銃のスコープを覗きこむと、撃った。


 銃口からは光線のような白熱を発射され、私とイチコを削ぎ取るように迫って来ていた。


 私はやられる! と身構えるも、イチコは違った。


「フンッ!」


 イチコが腕を振り抜いた途端、その拳は青い炎のようなエネルギーを帯び、目の前に迫った白熱光を斜め上に弾いてしまった。


「!?」


「驚くことないだろ。お前が銃弾に魔素を込めたように、俺は拳に魔素を込められる。他人の魔素と魔素は反発しあうから当てさえすれば弾けるもんさ。簡単だろ?」


「……普通、銃弾を弾く動体視力なんてないでしょ」


「そうか? 俺にはお前の銃弾なんてハエが止まってるように見えるぜ! 流石私だな」


「減らず口を!」


 カナタは怒ったらしく、狙撃銃のボルトを引きながら何度も銃弾を放つ。


 だがどの弾丸もイチコの華麗な拳捌きによって明後日の方向へとねじ曲がり消えていく。その度にイチコはカナタに対して勝利のポーズをとり、挑発した。


 そんな安っぽいアピールに、カナタは怒りのボルテージを上げているようだった。無理もない。いつもの必殺の一撃が自分よりも年下の少女によって何度も対処されているからだ。


「おっと、遊んでばかりもいられねえな」


 イチコが窓の方へそっぽを向いたかと思うと、そちらから銃撃音が幾度となく響いてきた。


 どうやらカナタがイチコに構っている間に、レジスタンスが監視塔までたどり着いていたようだ。


「しまった!」


 カナタは事態に気付いたようで、窓に走り寄り下を見る。その顔はサーッと青くなり、漂白したような表情になった。


「まずいわ……このままじゃあ……私……殺され……」


 カナタが何やらぶつぶつと呟く間に、動いたのはイチコだった。


「隙だらけだぜ!」


「!?」


 イチコは堂々と正面から突撃し、拳を振りかざす。対するカナタは狙撃銃を身体に引き戻し、至近距離から発砲した。


 今度はイチコも銃弾を弾かない。目にも止まらないフットワークで横へずれると、下から抉りこむように拳を放ったのだ。


「くっ!?」


 けれどもカナタもやられてばかりではない。狙撃銃を手放してイチコの攻撃を逸らし、腰に収まっていた拳銃を抜いたのだ。


 イチコは目の前に現れた狙撃銃の銃身を拳で破砕させると、後ろにさがったカナタを追いかけた。


「来ないでよ!」


 カナタは拳銃を顔の横で構え、連射する。イチコは軽く左右に身体を振りながら、避けられない弾丸だけを拳で受け止めて更に近づく。


 そうしてついに、イチコはカナタに肉薄した。


「この距離なら外さないわ!」


 それでもカナタは接近したイチコの眉間を狙い、引き金を引く。


「おいおい、残弾管理はちゃんとしとけよ」


 イチコが不敵に笑ったかと思うと、カナタの拳銃のスライドが上がったままになった。


 そう、弾切れだ。


「よいしょ、と」


 イチコは飛び上がり、両膝でカナタの両肩を押す。そうするとそのままイチコはカナタに馬乗りの状態になった。


 これは勝負ありだ。


「潰れろ!」


 イチコは真下に向かって渾身のストレートを叩きこむ。しかし、カナタは咄嗟に身体を捻って避け、イチコの拳が床に突き刺さる。


 するとストレートに宿っていたエネルギーが床を通じてフロア全体を揺らしたのだ。


「嘘っ!?」


 私がそう叫ぶのも待たず、なんとフロアの床が抜けたのだ。


 これには私もカナタも驚く、その中でイチコだけは平然としていた。


「もう一発!」


 瓦礫と共に下の階に落ちる間も、カナタは逆の拳に青い光を込める。


 落ちていくカナタは対抗するように拳銃に弾を再装填すると、狂喜に満ちたイチコの顔に銃弾を浴びせる。


 イチコは当然のごとく空中で弾を躱(かわ)すと、またしても拳を下の階の床に振り下ろした。


「まだまだ!」


 イチコは落ちながらもう一度、もう一度と拳を床に叩きつける。これには監視塔の壁もたまらず、建物が全壊していく。


 こうして1階に辿り着くまで、イチコの採掘にも似た攻撃は繰り返されたのだ。


「おっと、ここまでか」


 1階に到着したのを確認すると、イチコは拳を収めた。


 監視塔はほぼ全て破壊され、僅かに壁の野ゴリがあるだけだ。もちろん、他の理研の研究員や従業員はがれきの下だ。


 そのせいで倒壊したコンクリートに潰された私と、辛うじて無事なカナタは身体を気遣いながらも立ち上がった。


「もう! 無茶苦茶すぎますよ!」


「おう、すまんね。だがこれで実力の差は分かっただろ?」


 イチコはうなだれた様子のカナタに向き直ると、提案した。


「実は携帯から事情は聞こえていた。どうだ? 私たちに与(くみ)しないか?」


 どうやら私の提案を聞かれていたらしく、イチコも同じ話をし始めた。


「私たちはレジスタンスだが特殊な能力の持ち主を差別しねえよ。それどころか賞賛している。どうだ? 私たちと一緒に働かねえか?」


 イチコの話に、カナタは少し揺らぐような顔をした。


「できるなら、そうしたいわよ! 嘘つきだけどナナはいい子だし、理研は私を消耗品としか考えていない。でも――」


 カナタが最後に何か言葉を発しようとした。その時だった。


「俺たちを裏切るつもりか! 化け物!」


 声をした方向を見ると、そこには上官らしき服装をした男がいた。しかも、手には何か発火装置のようなものを握っていた。


「それは――」


 カナタの顔が疲れから絶望の色に変わる。


 それだけで事態の深刻さは分かった。


「敵諸共死ねえ! 化け物共!」


 上官らしき男は発火装置のボタンを押す。


 すると、変化が現れたのはなんとカナタの鳩尾(みぞおち)部分だった。


 カナタの肋骨の境界線、横隔膜の少し下から莫大な白光を放ち始めたのだ。


「ちっ! 自爆装置かよ!」


 イチコはその光の正体に気付いたらしく、私を引き連れながら遠くへ飛び出した。


「嫌だ……」


 カナタは自分が白い光に包まれるのを自覚して、私たちとは逆の方向に走った。


 ――ドゴンッ!


 数秒後、カナタがいた場所から莫大な閃光と衝撃波と共に全てが瓦解した。


 ただ私とイチコ、それと遠くにいた上官らしき男は無事だった。


「ハハハッ! 理研を裏切るからこうなるのだ。後は敵の化け物共を」


 上官がそう言おうとしたのを掻き消すように、半身を起こしたイチコのスローによって投じられたコンクリート片で上官の首が飛んだ。


「あーあ」


 私はカナタがいた方向を見て残念な気分になった。


「仲良くなったのに。まあ、いっか」


 私がそう言葉をこぼしたのに対し、何故かイチコは驚愕の表情で私を見るのだった。

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