第12話

「お食事もってきましたー!」


「またアナタですのね……」


 私は監視塔で敵対魔法症状患者のカナタを懐柔すべく、まずはカナタの世話係をしようと考えた。


 ちょうどいい所、カナタの世話や配膳に誰も割り振られてはおらず、その間隙を私が埋めた形となったのだ。


「今日のメニューはハイカロリー固形ブロック、流動栄養食ジュース、ビタミン剤少々ですよ。おいしそう!」


「馬鹿にしてるのかしらアナタ!」


 私は最低な食事を元気いっぱい愛情いっぱいにカナタヘと提供する。


 カナタは少々不機嫌ながらも、その配膳を受け取り私を監視しながら食事を始めた。


 こうしてカナタを観察して数日、分かった点はいくつかある。


 カナタは毎日20時間超の周囲観察を命じられており、睡眠時間4時間は決まった時間ではない。それも起きている最中も寝ている最中も、敵陣の動きがあれば1階の監視所から大音量の連絡が来るのだ。


 つまりカナタは酷使され、養生されるわけでもなく、まるで使い倒すように利用されている。こんなのは他人の私でも許せるものではなかった。


「……カナタは今のままでいいの?」


 私がそう問いかけると、食事を終えたカナタが睨むようにこちらを見た。


「いいわけないわ。こんな生活ずっと続けていたら私でも死んでしまうわ。でもそれも後数日、理研本部はもうすぐ大々的に動くわ」


「大々的に?」


 つまりそれは反抗作戦があるという話だ。これには私も露骨に興味をそそられてしまった。


「――待って、今のは失言。一介の作業員にしていい話じゃなかったわ。なんで心を許そうとしているのよ、私」


 カナタはしまったという顔をして口を塞いだ。


「そこまで言っておいて待ったは無しだよ! 気になるじゃない!」


「誰が最高機密情報を安々と話すのかしら! わたしとてそこまでの分別はありますわ!」


「いいのかなあ~? つい口を滑らせて匂わせる発言をしたのを下の人たちにばらしちゃおうかなあ~。カナタも理研の人たちにバレると困るんじゃないかな?」


「ちょっと! 陰口はいけませんわよ!」


 私は半分カナタをからかうつもりで言ったが、思ったより効いたらしい。


 カナタはやや狼狽(ろうばい)した風な仕草をし、狙撃銃に手を伸ばした。


「かくなるうえは……これで死体ごと消滅させるしかないわね」


「わわわわ! 言いませんよ! 冗談だよ!」


 私は咄嗟に命乞いをすると、それを見下ろすカナタは「ふうっ」とため息をついた。


「――まったく、私ときたらこの程度の話で慌てるなんて。みっともない」


「ゆ、許してくれるのかな?」


「いいわよ。この程度あと数日もすれば解決する話なのだから」


 カナタは私を許すと、さっさと寝そべり狙撃銃を構えた。


 寝そべっているカナタは、正直私なんかよりもスマートな体格をしており、肩までの短めの茶髪が印象的だ。身長は私よりも小さいけれど、見栄えは私よりもいいはずだ。


「アナタ、名前は?」


「えっ?」


 カナタがこちらを見ずに語り掛けたため、私の反応が一瞬遅れた。


「名前よ。私だけ名乗ってそのままだったでしょ」


「あ、そっか。私は岩見ナナ。よろしく」


「ナナ、ね。まあ番号そのままよりはいい名前かしら」


 私は番号という言われ方をしてむっとする。これでも私の名前、思い入れがある。


 だって元親友の水無月にも綺麗な名前だねって褒めてくれたし、お母さんも一生懸命考えて名付けてくれたって言って――。


「あっ」


 私はそこで偽りの過去について思いだしているのに気づいた。


「どうかしたのかしら?」


 私があからさまに悲しそうになったのを悟られたのか、カナタは私の顔の方を向いていた。


「いえ、私の記憶ってうそ――嘘みたいに何もないのを思い出しただけだよ」


「……それはごめんなさい。そちらの事情を考えなくて」


「大丈夫だよ。記憶がなくても今生きているのが楽しいから、それに――」


 それに新しい仲間もできた。と言いかけてしまった。


「それに? 何ですの」


「ああああああああ! 今のはなし! 違う、今のはなかったことに」


  私が情けなく手を合わせたので、カナタは笑った。別に受けを狙ったワケではないのだが……。


「ふふふっ。これでさっきの話はなしにしてくれるわね。私も黙っておくから私も尋ねない。これでいいでしょ」


「そ、そうだね」


 私は内心ほっとしていると、半身を起こしたカナタがさらに話しかけてきた。


「過去の事は全部思い出せないわけじゃないでしょ。もっと話してよ」


「え? あっはい」


 私はついついカナタの希望にそうよう返事をしてしまうのだった。

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