第11話

「こ、こんにちは」


 私は敵意を持っていないのを示すために、軽く会釈をした。


「……ここは関係者以外立ち入り禁止なのだけど」


「あはは、ちょっと道に迷っちゃいまして」


 私は愛想笑いをするも、相手は不愛想な顔をしてかなりご機嫌斜めな様子だ。理由はおそらく、その目の下深くに刻まれた黒いくまのせいだろう。


「用事がないならさっさと出て行って、ここは――」


 魔法症状患者の少女はそう言いかけた時、くらりと身体を揺らす。


「大丈夫かな? 体調が悪そうだけど」


「……本当は大丈夫じゃないわよ」


「なら、こうしませんか。アナタが少し休んでいる間に私が監視する。何かあったら起こすので安心して!」


「……」


 私は相手の女性がひどく不憫に思ってしまい、ついそんなことを口走ってしまう。


 相手の女性はとても不信感のある目を向けるも、限界のようだ。


「ダメ……。仕方ないから10分だけ頼むわ」


 相手の女性はそう吐き捨てると、こちらに顔を向けたまま体育座りで目を閉じてしまった。


 これはチャンスなのでは? と私は思った。


 相手は警戒しているとはいえ、狙いの魔法症状患者、隙を突ければこの建物から突き落とすか、少なくとも時間は稼げる。


 だけど――。


「……任されました」


 私はどうしても女性の寝込みを襲う気にはなれなかった。普通に考えれば本来私と女性に因縁はないのだ。もしかしたら話し合いで解決できるかもしれない。


 だから私は女性の代わりに眼下の光景を監視するのであった。


 それから数時間、女性は小さく寝息を立てつつまだ寝ていた。


 自分でも何故彼女を庇いだてているのか分からなかった。けれどもひとつだけ言える。私が彼女の立場ならきっと、助けて欲しいはずだ。


「同情しているのかな……」


 私がすこし自重していると、魔法症状の女性が起き上がった。


「っ! どのくらい寝てたかしら」


「たぶん3時間くらいだったよ」


「そんなに!? 向こうの動きは?」


「特にありませんよ。まだまだ寝ていてもいいのに」


「そういうワケにはいかないわ。私は――」


 魔法症状の女性がそう言いかけて、俯く。何か悲しい記憶がよぎったようだ。


「ところで名前がまだでした。私は岩見ナナといいます」


「……時雨カナタ。アナタって新顔? 見かけない顔だけど」


 カナタが怪しむように顔を覗きこんだので、私はごまかすように距離をとった。


「そそそ、そうです。後方から送られてきたばかりで。私が後輩でカナタは先輩だよ」


「先輩、か」


 カナタは何かおかしいのか、口を押えて笑っていた。


「ともかく監視ありがとう。アナタは仕事に戻ってもいいわ」


「あ、でも――」


「アナタにはアナタの仕事があるでしょ。それは戦闘じゃないわ。帰りなさい」


 カナタは言い切ると、再び外の監視に戻ってしまった。


 私は階下に戻ったものの、手持ちぶたさだった。何せ与えられた仕事などこれっぽちもないからだ。


 私はこんな状況をどうしたものか、と考えた。


 当初の目的、敵魔法症状患者の足止めはもうすっかり私の頭の中から抜け落ちていた。

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