第6話
サヤの肉の鎌が迫った時、私は怖いとは思わなかった。
ただ私とて死にたくはない。まだまだいろんな場所に行きたいし、食べたいものや買いたいもの、それにマイやイチコと思い出を作りたい。
だから私は恐れによる硬直もためらいもなく、自然と身体が動いた。
私はサヤのカマが襲い掛かった方向とは逆の方向に身体を傾ける。そのおかげで首を攫おうとした鎌は横髪を掠めて通り過ぎた。
その代わり避け損ねた左腕があっさりと刈り取られ、血しぶきを上げながら宙を舞った。
「いたっ」
私は左腕の傷口を抑えたまま、転がるように店内から外へと出る。それは少しでもサヤと距離をとるためだ。
「いい動きをするわね。ナナさん」
サヤは邪魔な店のガラクタを切り刻みながら私の後を追って来た。
一方で私から離れた左腕はまるで土くれのように崩れ、融けるように地面に染みていく。そして私の方は肉の芽が膨れ上がるように左腕が再生しつつあった。
「私たちは脳みそか心臓、もしくはその2つの導線を断ち切られなければ死なないの。もしナナさんが私を殺す気なら、それを頭に入れておかないとね」
サヤは余裕そうにそう解説する。それだけ自分の力に自信があるようだ。
「私だってスワンプマンなんだ。なら同じように……」
私は自分の右腕に念じるように力を入れる。
最初は何の手ごたえもなかったが、びしっと腕の筋が痙攣したかと思えば変形を始めた。
指と指の間が癒着し、指先は鋭さを増す。そのまま手の平の2倍ほど伸びると、そこで成長が止まった。
「くっ……」
私の右腕は刃物のようになったが、サヤの鎌と比べれば圧倒的に見劣りする。なにせサヤの鎌はサヤの身体とほぼ同じ長さと刃渡りだ。比べるべくもなく、私の方が不利なのは明らかだった。
「ふふふっ。それで私を刺すつもり? そんな刃物で私が殺せるとでも?」
サヤは私を嘲笑し、侮蔑(ぶべつ)した。元々そこまで期待していないのに、更にがっかりしたよう様子だった。
「やっぱりナナさんは死ななきゃだめのようね」
サヤは駆けだすと、一気に私との距離を詰める。
私は右腕で自分を庇うが、サヤの鎌は周囲を乱暴に巻き込むように振り払われた。
「ぐっ――!」
私はあまりの勢いに身体ごと吹き飛ばされ、放置されていた外の椅子や机を巻き込んで倒れた。そんな有様を見て、サヤはまた笑った。
「ふふふふふふっ。ダメじゃない。死ななきゃ。あまり抵抗しないでね」
私は力の違いに膝をついていた。このままでは勝てない。逃げるのも無理だ。私はここまでなのかもしれないとさえ感じた。
でも最後に、飲食街の露店でマイと一緒に雑でおいしそうな料理を食べたかったな。と思った。
「じゃあ、次で終わりね」
サヤは再び余計な動作で鎌を振り回す。それを見た私はどうしてあんな無駄な動作をするのか不思議に感じた。
あれは私を脅かすための作戦か? それとも余裕の表れ? いや、そんな必要はないはずだ。ならばどうして――。
「そうか!」
私は頭で閃くものを感じ、両足で身体を起こした。
「今更気を取り直したところで!」
サヤは鎌の乱舞で私に襲い掛かる。けれども、それは先の攻撃と同じだ。
私はサヤと同じ足並みで後ろにさがり、届きそうな場所は右腕の刃物で軽く弾いた。
「えっ!?」
サヤは自分の動きに対応されたのが気に食わなかったようで、更に鎌の回転数を上げる。しかしそれは大仰で大雑把。鋭さのない緩慢な攻撃だった。
何故なら、サヤには見えていないのだ。
「さっきスワンプマンは自分の異常を感じられない、見れない、認識できないって言ったよね。つまり自分の攻撃がどれだけ届くのか、攻撃の結果でしか分からないんじゃないのかな」
つまりサヤがやたらめった肉の鎌を振るうのは私を脅かすためでも舐めているからでもない。ただ単に自分の攻撃の範囲を確認するためなのだ。
そうなれば鎌の軌道は単純、見切りはできなくともどのくらいで届くのかは素人の私でも目視で確認できる。
おかげで致命傷を避けるどころか、こうしてサヤの攻撃を捌(さば)くのも可能だ。おまけにナナの予測しやすい単純な動きを学習すれば、反撃もできる。
「ここ!」
私は前方に振り終えた鎌を追いかけるようにナナの懐に入る。
サヤはもちろん、私の急な攻撃に驚く。それに鎌の攻撃範囲を考えれば懐への攻撃と防御は難しい状態だった。
「近づかないでよ!」
サヤは私を拒絶するように距離を離そうとするも、私はぴったりと追いすがる。これなら攻撃されないし、一方的に攻められる。
私は刃物の使い方なんてわからないけど、できるだけ隙のない短い動作でサヤに斬りかかる。突きや鋭い振り払い、それにまっすぐ縦に伸びる正中線斬りだ。
「あっ!」
私が全身と斬撃に集中していると、回避しているサヤの胸元から何かが飛び出した。それは私の記憶の限り、サヤが大事にしているペンダントだった。
「止めてっ!」
サヤはペンダントを取り返そうと左腕を出すも、私は胸にかけたペンダントの紐を掻き切った。
「ダメ! お母さんの写真が!」
私はサヤが動揺している隙に左肩から先を斬りおとす。ただサヤはそんな痛みや喪失など目もくれない様子だった。
サヤが咄嗟の体当たりで私を弾くと、ペンダントがどこにいったか周囲に目を凝らした。
私もペンダントを目で探していると、それは私の足元に転がっていた。
「ペンダント!」
サヤも同じく私の足元のペンダントを見つけると、ワッと喜んだ顔をした。
私はペンダントを見下ろしていると、ある感情が沸き上がった。というより路傍の石を見つめるような感慨を覚えたのだった。
「邪魔」
私はペンダントを足裏で叩くように踏み潰した。
「いやああああああああああああああ! お母さん!」
私がペンダントをぐりぐりと踏み潰していると、奇妙にもサヤが取り乱していた。
「どうしたの? サヤ。こんなのただのモノだよ」
「このおおおおおお! 殺す、殺してやる!」
サヤは悲壮な表情から憤怒のような顔に変わると、私に襲い掛かるために身構えた。
だが構えを取った瞬間、サヤの首元に何かが飛来して突き刺さった。
「えっ?」
サヤが驚いて首からそれを取り除くと、それは小さい注射器のような物体だった。
「何これ?」
サヤが疑問を呈するよりも先に、その顔の右側が柔らかい粘土のように崩れ始めた。
「えっ? 何で何で?」
サヤは戸惑う隙もなく、今度は左足が土くれのように崩れ落ちて倒れる。そうして他の部位も崩壊が始まっていた。
「細胞自死(アポトーシス)ってしってるかい?」
私が声の方向を向くと、そこにはマイが立っていた。
「ある細胞には生体システムによって自ら崩壊するプログラムが組まれている。これは元々ガン化や腫瘍になるのを防ぐ生体防御なのだけど、生体工学によって逆にこれを悪用もできるんだ」
サヤはマイが説明している間も地面でおぼれそうな魚のようにじたばたしていた。
「たす、助けて! 死にたくない! 死にたくないの」
「もう遅い。スワンプマンや大体の生体兵器にはこの細胞自死装置が含まれている。特定の物質や酵素を細胞に注入すればこの通り、死ぬんだよ。サヤ」
サヤは半分になった顔で絶望を表していた。
「いやだ。助けて、おかあ、さん」
サヤは命を懇願しながら石畳の道の上で身体を融解させ、後には何も残らなかった。
「……かわいそう」
私がそう呟いて足元の割れたサヤのペンダントを見ると、その中には真っ白な紙が一枚だけ入っていた。
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