第7話

 敵性スワンプマン明石屋サヤを殺害した後、私はこってりと叱られた。


 理由は勝手な単独行動だ。いくら任務とは言えふらふらと独りで動いたのはまずかったらしい。


 そのため他の隊員と区別するような真似はできず、私はマイからしばらくの謹慎を言い渡された。


「謹慎って言ってもやることなんてないよ……」


 私は南の本拠地で貸し与えられた仮の自室にこもっていた。どうせ外から出れないので何かをしようと思っても、何もできない状況だった。


 テレビもなし、ネットも不通、ラジオなんて骨董品はない。あるのはお風呂とトイレとベッドくらいのものだった。


 せめて本でもあればいいのだが、私は水無月に追われる際に全ての荷物を置き去りにしてしまった。またあそこに戻る機会はおそらく今後ないだろう。


 私は何をするでもなく、ベットの上からホログラムの窓辺に移る緑の絨毯(じゅうたん)のような草原と透き通る青空を見ているしかなかった。


「辛気臭い顔してるじゃねえか。化け物」


 鍵のかけ忘れた扉が急に開いたかと思うと、そこには金髪ツインテールの少女が立っていた。


「久しぶりだな。マイに言われて話に来てやったぜ」


「ええと、確かイチコ、でしたっけ」


「おお、覚えてくれてたか。そいつは話が早いぜ」


 イチコは自室でくつろぐような調子で乱暴にベッドへ腰かけた。


 ずいぶん距離感の近い人物だと、私はイチコからそんな印象を覚えた。


「私の事はマイから聞いてるよな」


「魔法少女、違った。魔法症状患者でしたっけ?」


「おうよ。天下無双、最強最悪の魔法症状患者とは私の事だ。しっかり脳髄に刻んでおきな」


「は、はい」


 イチコは自分が病に侵されているのを隠しもせず、それどころか誇っているような様子であった。


「イチコは自分の境遇を恨んでいないのかな?」


「恨む? そんなの筋違いだろ。こいつはいるか分からないけど神様からいただいた特権なんだぜ。ノブレスオブリージュ、持てる者の義務。そいつを振りかざさなきゃ、世界に失礼ってやつじゃねえか」


「そ、そういうものなのかな」


「そうさ。私はコイツの力で世界に精一杯の傷跡を残す。そのためなら命なんて惜しくもないぜ」


 私はイチコから感じる確固たる意志に少しおののく。自分の生まれを呪わず、普遍や普通を望まない姿勢は本来ならスワンプマンという化け物である自分自身が持つべきものだとさえ思えた。


「さて本題だ。実のところは私はただ無駄話をしに来たわけじゃない。仕事の話だ」


「仕事……任務なのかな」


「そうだ。私たち3人は明日、南東に向かう。そこで戦うのはなんと私と同じ魔法症状患者だ」


「!? イチコと同じ患者さん?」


 私はイチコが同じ境遇の相手に同情心を覚えているかと思ったが、その態度からはみじんも他人を気遣う様子はなかった。


「話によると南に行くための要所らしいが、場所は狭く相手は手ごわい。そこで私たち対生体兵器部隊の出番ってわけだ」


「相手の魔法症状患者はどんな人なのかな?」


「向こうは私と違ってアウトレンジ戦法が得意な魔法症状だ。どうやら魔法症状用にカスタマイズされた特殊な狙撃銃を使うらしい。おかげで前線に殺到した味方が次々と撃たれているそうだ」


 イチコは自分のこめかみに人差し指を当てて、撃鉄を落とすような仕草をした。


「それは、私たちでどうにかなる話なのかな?」


「行ってみねえとそれは分からねえな。なんだ? 怖気づいているのか」


「だって、私は少し前までただの作業員だったんだよ。急に戦闘のプロフェッショナルみたいな人と戦えって言われても……」


「肩の力を抜きな、ナナ。戦うのはお前独りじゃない。私たちだって身を張って戦う仲間だ。下っ端は下っ端らしく仲間を頼ればいいんだよ」


「頼る、か」


 言われてみれば私は今まで自分ひとりで問題を抱えているつもりだった。しかし実際はマイの助けやレジスタンスの人の助力もあった。何もひとりで抱え込む話ではないのだ。


「――分かったよ。ありがとう、イチコ」


「お礼なんていいよ。むず痒い」


 イチコがかゆそうに身体をゆすっていると、またしても強引に扉が開かれた。


「というわけさ。さあ、明日の準備をするためにパジャマパーティーをしようじゃないか!」


「うおっ!? 確かに私は鍵を掛けたはずだぞ!」


「そんなの愛情パワーとマスターキーがあれば問題ないね。つべこべ言わずに夜の宴の準備しなさい、準備!」


 マイの強引な企画に対し、私とイチコは苦笑いで承諾した。


 そうして夜が更け、再び日が昇り、任務に向けた初日が始まったのである。

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