第4話

 断崖絶壁のコンクリートに無数の窓ガラスと換気扇、それに用途不明の管が毛細血管のように張り付いているのは初めて見た。


 私たちが来たのはスラム街と呼ばれる場所だ。元はただの居住区域だったが企業の管理下を抜けた後は各所通路に出店を構えるようになったらしい。


 それもこれも企業の配給が無くなったからだ。中央の機能は完全にマヒし、レジスタンスは残党の企業連合との戦いだけではなく、かつて企業の庇護にあった者たちの面倒も見ないといけないわけだ。


「そんなに物珍しいのかい?」


 私が対岸の壁のような居住区を眺めていると、横からマイが声をかけてきた。


「私はずっと13番作業所にいたから、こんな光景は初めてだよ」


「世界は広大なものさ、ナナ。こんなしみったれた場所だけではなく、見上げるほどの山脈、水平線の見える大海、先の見えないうっそうとした森、そして大都会。何時かすべて見せてあげるね」


 マイはさらりと短い髪を揺らしながら、私の顔を覗いた。


 私はそんな何気ないマイの仕草にもどきりとさせられる。マイからは他の人間とは違う、不思議な魅力を感じるのだ。


「と、ところで事情聴取は上手くいってるのかな」


 私が話題を変えるように質問すると、マイは困ったように頭を掻いた。


「あー、現地のレジスタンスたちに任せているけど良さそうな情報は今のところなし。もしかしたら別の地区に潜伏したのかもしれないね」


「イチコの方も同じなのかな」


「そうね。連絡がないからそうだろうな」


 今ここにいるのは私とマイ、そしてレジスタンスの部隊だけだ。イチコはと言うと、二手に分かれて別行動をしている。その方が効率がいいからだ。


「イチコはあんなに小さいのに大丈夫なのかな」


「大丈夫さ。何せ彼女は魔法症状患者だからね」


「……魔法少女?」


「いいや魔法症状だ」


 私がその違いに頭を傾げていると、マイは説明を始めた。


「魔法症状は病気だ。身体の中央、横隔膜のすぐ下に魔法器官という異物を所持しているんだ。そいつはマナという特殊なエネルギーを発生させるおかげで魔法症状患者は魔法のようなものが使える。だが病気である以上メリットだけじゃない」


 マイは少し俯くと、続きを話した。


「魔法症状患者は20歳まで生きていられないと言われている。理由は魔法器官は成長と活動によって肥大化し、最終的には爆発的な反応をして破裂する。それこそ身体がバラバラになるほどの衝撃だ。時間的限界が来ればどうしようもない」


「それは、取り除けないのかな?」


「今のところ無理だね。魔法器官は生体から切り離すと爆発的に反応してやはり致命傷になってしまう。だけどインタタール理研はスワンプマンだけではなく魔法症状も研究していた。だから、ナナとイチコの目的は似たようなものなのさ」


 マイはそう言うと真剣なまなざしを遠くに向けた。


「マイはイチコのことが心配なのかな?」


「もちろんさ。イチコは私の大事な部下、心配して当然だ」


 マイはさも当たり前のようにそう言った。


 私は何故か、イチコが羨ましく思った。たぶん誰かに心配されるという経験がなかったからだと思う。


 それこそ昔は水無月という親友がいたけど、水無月は私に好意は寄せても愛してはいなかったと思う。一方的な好き、願望、都合のいい理由、だから殺意という欲求を私に向けてきたのだ。


「……もし、私が魔法症状に罹(かか)っていたら心配してくれる?」


 私がひっそりと尋ねると、マイはおもちゃを見つけた子犬みたいに笑った。


「どうしようかな? ナナが私のために一生懸命働いてくれるなら考えなくもないね」


「!? 意地悪して!」


「くっくっく。ナナはかわいいな」


 私が風船みたいに頬を膨らませると、マイは増々調子に乗って満面の笑みを見せるのだった。


「……よろしいでしょうか。マイ隊長」


 後ろから声を掛けられて私とマイが振り返ると、そこには現地のレジスタンスの1人が立っていた。


 私は話を聞かれてしまったという恥ずかしさからそっぽを向くも、マイの方は何の感慨もなく対応していた。


「どうした? 緊急かい」


「はい。ここから東の飲食店街、といっても即席の場所ですが、そこで似たような女性を見たとの情報がありました」


「ご苦労。すぐに部隊をその場所に展開させろ。私達も間もなく向かう」


「はっ!」


 レジスタンスの男性がはきはきと返事をすると、伝令をすべく走り去っていった。


「じゃあ私達も向かおうか。かわいこちゃん」


 マイが私を茶化すように肩を叩くと、さっさと歩きだしてしまった。


「こ、の、調子に乗って!」


 私は言い返す言葉もなく、ただマイの後を追うしかなかったのである。

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