第3話
「早速集まってもらって悪いが、緊急の案件だ」
私たちは今、対生体兵器部隊『ウリエル』の臨時作戦会議室にいる。そこはボードにたくさんの紙が貼られていたり、書類が雑多に積まれている。これは後で整理整頓が必要かもしれない。
マイと言えば色々書き込まれた白いボードの前で私たちに事態を説明している最中だった。
「先日接敵した敵対生体兵器、つまりスワンプマンの葉山水無月を含む5体のうちの1体が付近のスラム街で目撃されたという情報が入った。私たちはこれに対処しなければならない」
マイがそう伝えると、会議室にいる私と小さなイチコと2人の男性が「なるほど」と頷いた。
その中で男性の、髭が濃い方の男が質問をした。
「しかし情報が早いですな。そのスワンプマンとやらの接触は一度きりのはずなのにもう情報が出回ってるのですか」
男性は問いを投げかけた後、私の方へ疑り深い目線を向ける。
ここにいる私以外の4人はすでに私がスワンプマンという生体兵器というのは既知であり、嫌な視線を受けるのはもっともな理由だった。
「これはここにいる友好的なスワンプマンの岩見ナナからの情報のおかげだ。彼女の話からモンタージュを作成し、敵性生体兵器5体は各地に懸賞金付きで指名手配されている。おかげで一般市民からの通報の中に有力な情報が入った」
「それは確かな情報筋なのですかな?」
「ええ、付近のレジスタンスが視認して確認した。ただし、この情報の後音信不通になっているがな」
マイの不吉な情報に、皆が黙りこくる。
それでも年若い方の男が手を上げて発言を要求した。
「発言よろしいかな」
「どうぞ、ご自由に」
「その敵性スワンプマンとやらの対処のために、同じスワンプマンであるそこの女性を同席させても問題ないのかね」
年若い男性の指摘に私は気まずい気分になる。言われてみれば敵のスワンプマンは私の元同僚だ。裏切りやスパイを警戒するのは至極当然だ。
だが、マイはきっぱりと否定した。
「もしナナが内通しているなら先の敵性スワンプマンとの交戦は矛盾している。それに彼女に反意がないのは確認済み。そこは心配ご無用だ」
マイのはきはきとした言い分に、年若い男性は話を信じるしかなかった。
「さて、話を戻そう。潜伏しているスワンプマンの登録名は明石屋サヤ、ストレートの長い黒髪に能面のような顔、左の泣きほくろが特徴的な女性だ。このモンタージュをしっかりと頭に入れてくれ」
マイは私の証言からできたモンタージュを皆に配る。モンタージュ自体は写真ではなく鉛筆による輪郭と陰影だが、よくできている。まるで目に見て書いたような出来だ。
「敵のスワンプマンは姿かたちを変えられると聞いた。この絵は意味があるのか?」
年若い男性の質問に、マイは手元の資料を見ながら答えた。
「発見したデーターアーカイブによればスワンプマンはある程度の恒常性があるそうだ。つまり形は変えられるが原型が無くなるほど変われない。これは自分の元の姿かたちを覚えておくために必要な制限らしい。なのでその点は懸念するほどではないな」
そうなるとスワンプマンは顔や姿、声を変えられないという話だ。水無月はスワンプマンを工作員と話していたが、そこまで融通の利く生き物ではないようである。
「あの、追加情報いいかな」
私が遠慮しながら手を上げると、皆が注目した。
「サヤはいつも黄銅のペンダントを身に着けていたよ。今も持っているか分からないけど、もしかしたら判別しやすくなるかも」
「なるほど、な。それも考慮に入れておこう」
皆は私の話を真剣に聞き届けてくれたようだった。
「そして敵性スワンプマンの戦闘力だが、普通の人間の一個小隊規模の強さを有していると考えている。レジスタンスのほとんどが戦闘の素人と考えれば妥当だろう。その上スラム街で敵性スワンプマンを目撃した隊員は比較的腕の立つ人物1名だった。つまり1名の兵士だけでは不十分な強さと言えるだろう」
マイの懸念事項に、私たちはごくりとつばを飲み込んだ。
「スワンプマンの基本的な能力は身体の変形と超再生だ。先の戦いによるスワンプマンの遺体を検証したところ、急所以外の部位はほとんど回復していたらしい」
「急所? スワンプマンにも弱点があるのかね」
「そうだ。人体の構造はほとんど人間と一緒。しかも人体にとっての急所がスワンプマンの弱点だ。つまり、頭と心臓、他の急所はほとんどダメージがないと考えて欲しい」
マイは髭の濃い男性の返事に素早くこたえた。
「敵の目的はまだわからないがこれだけはいえる。スワンプマンは簡単に人ごみに紛れ込み、こちらへ重大なダメージを負わせる危険性がある。そのため素早くこれを排除、更に分析が必要だ」
マイはそう言うと、皆に号令した。
「これより付近のレジスタンス各所と協力して敵性スワンプマンの排除作戦を行う。ここにいるナナとイチコは敵性スワンプマンと同等かそれ以上の力がある。そのため、もちろん作戦に参加してもらう。その点は守備部隊長殿と南部司令官殿にご協力願います」
マイは髭の濃い男性を守備隊長と、年若い男を南部指令と呼んで協力を仰いだ。
「仕方あるまいな。その分しっかり働いてもらうぞ」
「こちらかの許可は出しておきましょう。存分に働いてください」
守備隊長と南部司令官はそう口にすると、それぞれ席を立って作戦会議室から出て行った。
残された私たち3人は少しの沈黙の後、対面にいるイチコが机に脚を投げ出して呟いた。
「動くにしてもいちいちおじさん共の確認をとらなきゃならんとは動きづらいな」
イチコがそう愚痴をこぼすと、マイは宥(なだ)めるように言葉を口にした。
「そういうな。あれでも管轄や序列を要求しないだけ聞き分けがいい人たちだ。それに妨害もなく全面的に協力してくれるしな」
「とは言ってもよ。それもこれもマイの尽力のおかげだろ」
マイとイチコの話意を聞いた限り、『ウリエル』の過去は色々あったらしい。
それもそうだ。いくら専門部隊とは言え急に指揮やあれこれに口を出されたら、現地のレジスタンスはいい顔をしないはずだ。
「というワケだ。ナナ、君にも十分働いてもらうよ」
「へ? あ、はい」
マイの頼みに断る暇もなく、私は首を縦に振ってしまった。
どうやら自由のために、十分な休息は望むべきもないようだった。
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