第2話
殺されても仕方がない状況でこうして生きているのは幸運なのだろうか。
それでも精神病棟みたいに狭い部屋に閉じ込められるのは憤慨だ。ここにはトイレとベッドしかなく、事実上の監禁だった。
「殺されちゃうのかな。私」
我ながら他人事のような感想だが、結局のところ心配事はそれだった。
せっかく水無月からの追撃を退けたと言うのに、レジスタンスに殺されてしまえば元も子もない。私には死ぬ前に叶えたい夢があるのだ。
「私は自由に生きてやるんだ」
ただ自由とはなんだ? と自問する。少なくとも企業の管理AIに束縛されたこれまでの生き方は違う。そして水無月やレジスタンスに追われる人生も違う。
私は自由がなんであるのかよく知らない。だけどこれだけはいえる。
私は束縛されない新しい人生を歩みたいのだ。
「自由とは対価が必要なものだ。岩見ナナ」
突如声がして私はびっくりする。どうやら扉越しに声を聞かれていたらしい。
「お邪魔するよー」
そう言って入ってきた女性は釣り目とニヒルな笑いを浮かべる茶色の短髪をした人物だった。
そして小さくも豊満な体型から、その女性が先の戦いで私を救い、私が助けた相手だとすぐにわかった。
「お初にお目にかかります。私はマイ・ジャクソン。君が助けてくれたガスマスクの女だ。よろしく」
「は、初めまして。あれ? 名前……」
「君の事はデータベースから知ってる。だけどまさか君が生体兵器だとは知らなかった。驚きだね」
生体兵器という言葉に私は震える。やはりマイたちレジスタンスは私の正体に気付いているのだ。
「私、殺されちゃうのかな」
「いいや、ノンノン。私たちの役割はあくまでも敵性生体兵器の排除。君のように優しい化け物には同情の余地があるのさ」
「……というと?」
「君にはこれからテストを受けてもらう。それに合格すれば身の安全は保障する。約束しよう」
「テスト……。いいよ。受けるよ」
「おお、その意気やよし。ではテスト開始だ」
マイはそう言うや否や、突然私に抱き着いてきたのだ。
「えっ? なになに!?」
私は慌てふためくもマイを振りほどこうとはしなかった。
どうしてかと言えばマイの抱かれごこちは悪くなかったからだ。柔らかすぎず、程よい厚みのある肉。柔肌の肌触り。それに髪の毛からは石鹸のいい香りがしていた。
「慌てないで、これがテストよ。しばらくこのままでいて」
私はマイに言われるまま、硬直してされるがままでいた。
マイはただ抱くだけではなく指を背中に這わす、首元から背筋、お尻から大腿筋、いやそれ以上は女性同士としてもダメじゃないでしょうか。
「こ、こそばゆいよ」
「シッ、そのまま身体を私にゆだねて」
マイは身体を撫で続ける。デリケートな部分こそは避けつつも、その周りを執拗に撫で、甘い愛撫のような行為が続く。
ついに私が観念しそうになった時、マイの指がへその下で止まった。
「ここね」
「えっ?」
マイが腰からナイフを取り出したかと思うと、急に私のへその下を刺したのだ。
「痛っ!」
「ダメよ。我慢して」
私はMの素質はないし、これはこのまま殺されてしまうのかと思った。
ただマイのナイフによる刺しこみは浅く、肌を薄く切っただけだった。
「あった」
ナイフの傷口から秘部に向けて一筋の血が流れ、そこからマイは小さなチップのようなものを取り出した。
「何、それ」
「生体観測チップ。所謂追跡と管理用の電子チップね。これを探していたの」
マイは指先に力をいれると、チップは跡形もなく潰れてしまった。
「さあ、これで少しは自由に近づいたぞ、ナナ。そしてテストは合格だ」
「テスト?」
「ああ、私に触れられてもナイフを見せられても君は抵抗しなかった。君は優しい生き物だ。ナナ。あ、今更だけど呼び捨てでもいいかな」
「か、構わないよ。私もマイ、って呼んでもいいかな」
「いいよいいよ、問題ナッシング」
マイが大喜びでまたハグをするのを、私は無防備に受け止めた。
「相変わらず危ない方法をするじゃねえか、マイ」
いつのまにか開けられた扉の先に別の女性がいた。
女性は金髪のツインテールで、私やマイよりもずいぶん小さく。フリルの付いたドレスの様なものを着ていて、貧相な身体からロリっ子感が強かった。
けれど顔はあまり美少女とはいえない。美形であるのは確かだが、目は黒目が上向きの下三白眼で横一筋の口元はとても厳しいイメージを感じさせた。
「しかしそいつ、ずいぶん地味そうなやつだな。本当にスワンプマンという化け物なのかよ」
私は地味と言われてカチッと来た。確かに髪はくせ毛の強い黒髪で、黒縁のメガネに垂れ目、すらりと長いと褒められる体も言い換えてみれば凹凸のない身体だ。
「ア、アナタみたいなちびっこに言われたくないよ!」
「ああん! ちびっこだって!?」
ちびっこは逆切れすると、近くのベットに片足をかけて睨んできた。
「私は青薔薇イチコって言う立派な名前があるっての。ちびと言ってもいい。だがチビとして舐めてるとぶん殴るぞ!」
「ひえっ」
私は不良というものを見た経験はないが、きっとこういった女性を指す言葉なのだろう。
「で、合格でいいんだな。マイ」
「ええ、グッドだ。ナナにはこれから働いてもらおう」
私はマイの言葉に「えっ?」と驚く。
「ナナ、ここからが本題だ。君にはこれから私たち『ウリエル』という対生体兵器部隊に入って欲しい。と言っても拒否権はないけどね」
「た、対生体兵器部隊?」
マイはそれからじっくりと説明し始めた。
対生体兵器部隊とはレジスタンスが企業側の用意する凶悪な生体兵器に対抗する専門の部隊だそうだ。
普通の部隊よりも権限があり、過剰ともいえる強力な武器を所持し、経験も豊富らしい。
だけど何故、わたしがそこに編入されなくてはならないのだろうか。
「私たちが理解してもナナのような生体兵器が普通にレジスタンスの元で暮らせると思う?」
「あっ」
私は気づく。これは勧誘でもあり保護でもあるのだ。
私のような化け物は正体を隠しても先の戦いのようにボロが出る。そうなればレジスタンスの元とは言え、民衆に忌み嫌われるだろう。
だが対生体兵器部隊に所属すればある程度の身分は保証される。そういう話なのだ。
「自由は対価が必要だ。分かっただろう」
「うん……」
私がさみしそうに了承すると、マイは私の顎をクイッと上向きにして口説くように語り掛けた。
「確かに今のナナが得られる自由は限定的だ。だけどそれで俯いている暇はない。ナナにはまだチャンスがあるんだ」
「チャンス?」
「そう、これから私たちは南のインタタール理研を攻める。そこはスワンプマンをはじめ様々な化け物の研究結果がある。つまり何かわかるかな?」
私は顎を持たれたまま首を傾げると、マイは答えをくれた。
「スワンプマンの情報があれば、私たちはナナを無知によって恐れるのではなく理解できる。直ぐにとはいかなくても、民衆にナナの出自を根気強く説明し続ければ理解者は増えるはずだ。後は分かるね」
「もしかして、私が私をよく理解できれば、皆を説得できる?」
「そう! 察しがいいね。それでこそ私の救い主だ!」
マイは再び抱きつくと、背中を優しくぽんぽんと叩いた。
「ナナ、私と一緒にナナを知りに行こう。そうすればきっと未来の道が開ける。約束する」
マイのきらきらとした瞳に魅せられて、私は首を縦に振った。
「はいっ!」
こうして私はマイの指揮下、対生体兵器部隊『ウリエル』の一員になったのであった。
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