三話:顛末と共有
ロッカーにランドセルを置き、机の中に教科書を仕舞い終えるとホームルームまでの少しの間は自由時間だ。
返却日が明後日までの本を読んでしまおうか迷っていると、後ろの席の
クラスで一番身長が高くがたいもいいので、一見、同い年とは思えない。
「おはよう、昇。近い。」
「おはよ、楓。なあなぁ、昨日の雨ヤバくなかったか。」
「凄かったね。昇、近い。」
「俺スポ少だったからさぁ。びっちゃびちゃ。カーチャンが迎えに来てくれたんだけれど、車の中で脱いだら怒られてよぉ。」
「えっ、脱いだ?なんで?」
「おう。流石にパンツは脱がなかったけど、全身ぐっちゃぐちゃだぜ?座席濡らしても悪いだろ。」
「あー……なるほど?」
意味がわからない。
おはようの挨拶もそこそこに、隣に椅子を据えると楓の肩に手を回し顔を寄せてくる。昨日の雨について話たい様子だが、まるで意味がわからず。つい、宇宙人を見るような目で昇を見てしまう。
皆より頭一つ分以上飛び抜けた身長で、高校生と言われても納得できそうな外見の昇が、パン一。車で?
それは……どうなのだろうか。
たとえ雨のなかだとて、赤信号で停止することもあれば車内は見えるよな。擦れ違った人かびっくりするんじゃ?
楓が首を傾げているのと、いつの間にきたのだろうか背後から一樹の声がする。
「タオルを敷けば済むだろう。タオルを。
楓も騙されるな。昇のそれは
「へき?」
「くせ、だ。くせの音読み。
「おまっ……!?
癖ってなんだよぉ。俺がヤベー奴みたいだろうがぁ。」
「えっ?」
「はっ……?」
「お前らさぁ……!」
「おはよう、一樹。」
「おはよう、楓。」
楓の肩を引き寄せてぴったりとくっついたまま昇が騒ぐ。
距離感がバグっているしたまにうざいが、気は利くし、要領が良いのか運動も勉強もそつなく出来る。くわえて顔もいい。
時々……、特にバレンタインやホワイトデーの時などは爆発しろと強く思うが、このがさつさと馴れ馴れしさがどうにも憎めなかった。
耳許で騒ぐなと思いながらも言えずに肩を竦めると、見かねて一樹が昇の頭に手刀を落とす。
特に音はしなかったが、昇が反射的に脳天を押さえたのでそれなりに威力はあったのかもしれない。
楓から離れ机に抱き付いて泣き真似を始め昇を気にせず通学鞄から机へ教科書を移動させているのが、
韓流系芸能人のような顔立ちと歯に衣着せぬ物言いで一見取っ付き辛そうに見えたが、付き合ってみれば意外と面倒見がよく、いいやつだった。
「そういえば、昨日楓は留守番だったろう?大丈夫だったか?」
「ありがと。大丈夫。たまたまコンビニに行こうと出掛けてたんだけど、」
「えっ?あの雨の中か?」
「そう。降ると思わなくてさぁ。結局コンビニまで辿り着けなかったんだよね。」
「それでどうしたんだ?」
「近所のカフェにおじゃましたんだ。」
一夜明けて、平和な田舎町にやってきたゲリラ豪雨の影響は随分大きかった。ローカルテレビや新聞ではその話題で持ちきりだ。
なまじ田舎故に土地も広いものだから、やれ竜巻や、やれ植えたばかりの稲など農作物への被害やら。勿論田畑だけではなく、河川より土地が低ければ浸水もある。田舎だからこそテレビの話題として上がりやすい。
勿論交通への影響、被害も大きかった。
楓が行こうとしていたコンビニ付近の交差点でもスリップ事故があったという。
雨で掻き消され、その喧騒はカフェまで聞こえなかったが、家に帰ってニュースを点けた際に速報が流れ、柚子にこってりと絞られたのは言うまでもない。
恐らく蓮司が帰宅すれば、拳骨だろう。憂鬱だ。
「はー……まあ、無事でよかったな。」
「お前そういう所あるよなぁ……。」
「なに?」
「やめろ、昇。楓も反省しているだろう。」
「わりぃ。つーか、楓んちの近くにカフェなんてあったか?」
「今度オープンするみたいだよ。」
「いつ?」
「金曜日。これ。」
未だ肩に回ったままだった昇の腕を払い、机の中から読み掛けの本を取り出す。栞代わりにしていた名刺を外して昇へ手渡す。
もう一枚、ロッカーのランドセルから持ってきて、一樹にも手渡した。
お友達に宣伝してね、と何枚か貰ったうちの二枚だ。
「千葉から引っ越してきたんだって。
ハーブティがお洒落なコップに入ってた。」
「楓……知らない人に着いていったら駄目だろう。」
「俺もそう思う。」
「うん。それはおれも迂闊だったけど……、相手の家わかってるんだよ?流石にさぁ。」
「お前たまに図々しいよな。」
「昇が言うなし。」
「まぁ、御厚意だとは思うが、悩ましいな。」
一樹が米神を指先で揉んでいる。
昇もいつものように茶化さずに神妙な顔をして頷いているが、お前には言われたくはない。
とはいえ、文彰は全く善意だったろうが、相手が違えば誘拐など危険な目に合っていたのかもしれない。今思えば、はじめましての人の家に上がり込んでしまうのはちょっとどうだったかなと、楓も反省していた。
会話が途切れた所で丁度ホームルームの鐘が鳴り、その場はそれで御開きとなった。
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