第7話店
「いらっしゃい。素敵な商品いっぱいヨオ」
出来心で入ったお店でした。
その日の私は久々の連休の二日目、街ブラをしていました。
いつもの休日は泥のように寝て過ごすのですが、なにせ連休です。
一日目を休養に当て、二日目は街ブラと洒落込んだのです。
その雑貨屋は五十代と思われる恰幅のいい女性が一人で切り盛りしている様子でした。
と言っても客は私しかいません。
「素敵な商品達ヨオ。大売り出しヨオ。売り切れ御免、早い者勝ちヨオッ」
女性は裏声で私に話しかけてきます。
しかし私は店に入った瞬間に後悔をしていました。
店内は天井の蛍光灯以外にもいくつも照明が配置されやたらと明るいのですが、その灯りに照らされ埃が舞いカビ臭い匂いもしています。
そして店に並ぶ商品は可愛らしいマグカップやインテリア、アクセサリーではありませんでした。
石砂土、枯れた雑草、濡れた草。
それらが直に棚や机にこんもりと盛ってあったのです。
濡れた草が積んである棚からはポタポタと茶色い雫が落ちていました。
私は店を出ようとしましたが、店主がそれを許してはくれませんでした。
「私が選んだ素敵な商品たちぃ、どうかしらぁ。お買い得ヨオ」
店主は私の行く手に立ち塞がりました。
私は苦笑いで、素敵な商品ですね、また購入を検討しますと告げ立ち去ろうとしました。
しかしその言葉を聞いた店主は興奮し、一際大きな声を上げました。
「素敵な商品たちいいいぃぃぃ!そうなのおおおぉぉぉ!素敵な商品がいっぱいなのおおおぉぉぉ!素敵なお店ヨオオオォォォ!私はこんなお店を持ててえええぇぇぇ!とっても幸せなのおおおぉぉぉ!」
私はその迫力に押されてしまいました。
「あなたはどの商品が欲しいのおおおぉぉぉ!言ってちょうだいいいいぃぃぃ!」
このままでは埒が明かない。
私はひとまず何かを購入する決意をしました。
適当な石を手に取り値段を尋ねました。
「百万円ヨオォ」
私は呆気にとられました。
当然そんな買い物は出来ません。
ではこの草は、と尋ねました。
「百万円ヨオォ」
店主は答えました。
ではこの土は?
「百万円ヨオォ」
その店の商品は全て百万円でした。
当然そんな現金は持ち歩いていません。
私はある事を思いつき店主に言い訳をしました。
今お金を持っていないのでお金を下ろしてまた来ますと。
店主はフォーフォーと声を上げ大喜びしました。
ほんの少しだけ罪悪感はありましたが、私はその店に戻るつもりはありませんでした。
その店を出た後、他の場所で買い物をした私は手持ちの現金がなくなりお金をおろすべくATMへ向かいました。
タッチパネルを押し手続きを済ませた時、ATMの表示に強い違和感を感じました。
残高が異常に減っている。
そうちょうど百万円位。
焦った私は街ブラを中断し通帳を取りに自宅に戻りました。
脂汗をかき眩暈に耐えながら、近くの銀行に飛び込み通帳に記帳しました。
百万円が引き落とされていました。
名目は(ステキナオカイモノ)
私はATMの前で立っていられなくなり膝をつきました。
それともう一つ、最新の取引欄にとある振り込みがありました。
振込名義は(ステキナオミセ)
振込金額の欄には(クサ)とカタカナで表記されていました。
私はそのまま気を失いました。
以上が私が体験した全てになります。
百万円は返ってきていません。
そしてそのお店はいまだ私の住む街に存在しているのです。
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