第8話ありがとう、蛇
皆さんは蛇に感謝した事はおありでしょうか?
あるよ、という方もいらっしゃるでしょう。
まだないよ、という方もおそらくいらっしゃると思います。
私は先日、幸いにも蛇に感謝する機会を得ました。
とても不思議で、私の脳裏に深く刻まれる体験となりました。
私はその日の仕事帰り、とある峠道を車で走っていました。
時は夕刻を過ぎた辺り、既に薄暗くライトを点灯しての走行。
ふと道の真ん中に、小さな何者かがいるのに気付きました。
蛇でした。
狭い峠道、私は蛇を轢かぬよう車を停車させました。
その場には私と蛇の二人きり。
私は恥ずかしながら、少し緊張していました。
そんな私を知ってか知らずか、蛇はしゅるしゅると道路脇へ滑り去っていったのです。
その十分後、私は猛烈な煽り運転に合っていました。
私の運転の速度に満足いただけなかったのでしょう。
パッシングを繰り返しクラクションを鳴らし、果ては右へ左へと蛇行運転を始める始末。
さっさと道を譲ってしまいたかったのですが、そこは狭い峠道。
適当な場所がなく、冷や汗をかきながら必死で車を進めました。
ようやく適当なスペースを見つけ、そこに車を滑り込ませた私。
これで解放される、と安堵しかけたのです。
しかしそうはいきませんでした。
煽り運転の男は私の前方に車を停め下車し、あろうことか鬼の形相で近付いてきたのです。
「お前どういうつもりだ!ノロノロノロノロ天下の公道走りやがって!」
降りてきたのは筋骨隆々、タンクトップの肩からタトゥーが見える強面の男でした。
私は恐ろしくて顔面蒼白でした。
慌てて警察を呼ぼうと携帯を取り出しますがそこは峠道、電波が入らず圏外の場所でした。
私はパニックになりました。
男は尚も私の車の側で大声で怒鳴ります。
私に車から降りろと要求してくるのです。
「お前みてえな自分勝手な運転する奴許せねえんだ!害悪ドライバーが!」
不本意でした。
私は制限速度前後で走行していましたし、カーブの多い峠道ではスピードを上げるのは危険です。
私は悔しくて悔しくて、涙目になりながら弱々しくも言い返しました。
「あなたこそあんな狭い、見通しの悪い道で蛇行運転なんて危ないじゃないですか……」
男はハア?と私を馬鹿にする表情を浮かべました。
「ダコウ?運転てなんだよ。訳分からん事言ってんじゃねえぞ!」
私は震えながら蛇行運転について説明しました。
「蛇行運転は、蛇が進む時のようにくねくねと左右に車体を揺らしながら走る運転の事です……」
「ヘビ?……」
男の表情が曇りました。
「はい……蛇行は(ヘビがイく)と書きます……蛇が進む姿を想像してもらえれば分かると思うんですが右へ左へくねくねと進みますよね……その姿が車の――」
その瞬間でした。
男は突然、金切り声を上げたのです。
「ひいっヘビィ!ヘビは嫌ぁぁぁぁぁ!」
男は一目散にかけ戻り、自分の車に乗り込みました。
そのまま男の乗ったラピュタは急発進し、走り去っていったのです。
呆然とする私の目の前を、一匹の蛇が通りました。
蛇は私の車の前で止まりにっこりと微笑みました。
「助けてくれたお礼です」
蛇はしゅるしゅると道路脇の藪に吸い込まれていきました。
それ以来この峠は
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