第6話クレーマー殺し

 これは私が飛び込みの営業をしていた時の恐怖体験です。



 その時私は長時間に渡りクレームを受け続けていました。


「勝手に敷地に入ってこれは不法侵入じゃないのか!どういうつもりだ!」


 相手は年配の男性、大声で唾を飛ばし私を怒鳴りつけます。

 私が入口の呼び鈴を鳴らすために敷地にお邪魔した事が気に障ったらしいのです。

 こういう場合、企業の理屈としては不法侵入に当たらないと解釈するようです。

 営業行為自体は不法行為ではない、つまり不法な目的をもって侵入した訳ではない、よって不法侵入ではないという理屈です。

 法律には詳しくない私ですが、企業の法務部が頭を捻って考えた理屈。

 おそらく法で争う場合において、勝算があるのでしょう。


 しかしこれは企業の理屈、一般感覚として望まぬ客が敷地に侵入する事を不快に感じるのは理解出来ます。

 別にどちらが正しい間違っているという問題でもないのです。


 こういう場合、会社の名を背負っている者は立場が弱い。

 企業の理屈を曲げずに、相手の一般感覚も尊重しなければならない。

 この二つは本来矛盾しませんが相手が法と感情を混同している場合が多く、そうなると中々上手くはいきません。

 要領のいい人は簡単に切り抜けてしまうのかもしれませんが、そうでない私は相手の気の済むまで苦情を受け続けなければならないのです。

 この日も三十分以上に渡るクレームの真っ最中でした。



「こいつ殺しなよ」


 突然私の耳元で囁かれました。

 明らかに後ろで気配もします。

 私は振り返りかけました。

 しかし目の前のクレームは何事もなく続いているのです。

 後ろの声は生きている人間のものではない……私は悟り、振り返るのをやめました。


「殺しなよ殺しなよ……その方が早いよ。この話ってさ……気に入らないから帰れで済む事でしょ……?それをこんなに長々と……暇なんだろこのジジイ……地獄に送ってやりなよ、きっとその方がジジイも退屈しないよ……殺しなよ殺しなよ」


 私は必死に聞き流します。

 それでも後ろの声も前の声も一向におさまりません。


「訪問するなら訪問するで自治会に事前連絡位入れたらどうなんだ!お前みたいな者に無断で近所をうろつかれたら迷惑だ!」


 年配男性の言い分です。

 現実として難しい提案でしょう。

 もちろん個人の感情としては理解出来なくはないですが。


「連絡なんて入れる訳ないだろバーカ……殺しなよ……自治会に何の力があるんだよ……殺しなよ……そんなんじゃ世の中回んないっての……殺しなよ……そもそもこの手のジジイの自治会に対する絶対的な信頼は何なんだよ……殺しなよ……生きてない方がいいよこのジジイ……殺しなよ」


 私は歯を食い縛り声を無視しました。

 しかしその表情が気に食わなかったのかクレームを更にヒートアップさせる結果となってしまいました。

 そこから更に年配男性のクレームは二十分続きました。

 それと同じく後ろの誘惑も続いたのです。


「貴様らは法律を盾にやりたい放題か!私は人としての道を問うとるんだ!正しいのは私か貴様か!言ってみろ!」


「殺しなよ殺しなよ……さっきからこいつ同じ話繰り返してるだけじゃん……殺しなよ殺しなよ……時間の無駄だよ……殺しなよ殺しなよ……こいつは他人の時間を屁とも思ってない奴だよ……殺しなよ殺しなよ……放っておいたら同じ事を繰り返す奴だよ……殺しなよ殺しなよ殺しなよ殺しなよ殺しなよ…………殺せよ!」


 私は耳を塞ぎたくてたまりませんでした。

 耳を押さえようと手が勝手に動く位です。

 私は必死に我慢し、手はブルブル震えました。

 その時でした。


「さっきからうるさいぞ貴様!貴様こそ殺してやる!」


 年配のクレーム男性が私の背後に向け怒鳴りました。

 どうやら年配男性にもいつからか声は聞こえていたようです。

 私は恐る恐る振り返りました。



 そこには……なんと落武者の霊がいたのです。

 年配男性に怒鳴られた落武者の霊は光輝きそのまま天に昇っていきました。

 きっと成仏したのでしょう。


 後で調べるとその場所は落武者狩りが行われた土地だったそうです。



 以上が私の体験した全てになります。

 あの落武者の霊は私に何を伝えたかったのでしょうか。

 もしかしたら自分の存在に気付いてほしかったの……かもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る