第7話
父が亡くなった翌日は、ゆっくりと悲しみに暮れることができないほど、多忙を極めた。
葬儀屋との各種打ち合わせや親族への連絡、地元隣組への事情説明や葬儀の協力依頼など、新たな世帯主としての仕事が山積だったからだ。
だが、むしろそのほうが個人的には都合が良かった。
少しでも余裕が出ると、どうしても――父が亡くなる前の己が浅はかさが頭をよぎり――その都度、怒りに狂いそうになったのだ。
そんな私が睡眠をとれたのは、父の逝去から通夜も終わった二日後のことであった。
東京から父方の叔父(父の弟)が到着し、私に代わって親族対応をしてくれるということで、休む時間が与えられたのだ。
その時の私は、よほどひどい顔をしていたのだろう。
母も、姉も、叔父も、皆がそろって、
「いいから寝ろ」
としか言わなかった。
眠れるかどうかはともかく――せっかくの厚意をありがたく受け取ることにした私は、自室に引っ込んだ。
いつものように部屋のソファに横たわると、ふと気付いた。
――ああ、もうソファに寝なくていいのか、と。
以前、父が存命中に自宅療養をしていた際のことだ。
一度だけ深夜に容体が急変し、暴れる父を取り押さえることがあった。
本来、私は非常に寝つきが良く、それに反比例して寝起きが悪いため、一度熟睡するとなかなか起きられない。その時もなかなか私が目覚めず、母と次姉がだいぶ苦労したらしい。
そんな一件があって以来私は、いつでもすぐに起きあがれる必要を感じ、ベッドで熟睡するのをやめていたのだ。
だがもう、その必要はない。
ベッドに眠ってもかまわないのだ。
安堵とも脱力ともつかぬ感覚に襲われた私は、久方ぶりにベッドへ向かい――即座に眠りへと落ちた。
*
夢を見た。
寝つきがいいせいで、普段は夢を見ない私が、夢を見た。
その夢には父が出てきた。
父は言った。
「すまんな、俺も向こうで必要だからこれしかやれないんだ」
そう言って、ありったけの小銭を渡そうとしてきた。
「すまん、すまんな」
「いや、いいよ。大丈夫だよ」
「本当か? でも、すまん、これしか――」
執拗に謝る父親に対し、私は応えた。
「大丈夫だって。いいから気にすんなよ」
「でもなあ――」
なおも食い下がる父へ、私は言い放つ。
「俺だって働いてるんだから。これでも一部上場企業だぜ? 心配すんなよ」
「そうか――そうなのか。じゃあ」
「うん」
「母さん、頼むな」
「大丈夫だよ。言ったろ?」
「そうだったな」
「ああ」
そこで、目が覚めた。
気付けば私は、しっかり八時間ほど睡眠をとっていた。
――ああ、そうか。
――そうだったんだ。
数日ぶりに睡眠をとり、数か月ぶりに熟睡して冴えた頭で、私は急に思い当たった。
父が無くなる前日に私に会いたがった理由。
亡くなってまでも、夢に出てきた理由。
そこまでして、父が伝えたかった言葉。
それらすべてが、一瞬にして理解できたのだ。
世間的には珍しいかもしれないが――私は成人してから、父と二人きりで食事に行くことが多かった。
もちろんお祭りに関わる地元行事のノウハウの伝授であったり、母親不在時の外食であったりと、必ずしも親子の親睦を深めるものではなかった。一度だけ、中学時代の友人との再会(水商売)を演出するなどという、迷惑この上ないことをされたこともある。
だがしかし。
二人で出掛けた際は必ず、私を最後に飲み屋街の路地裏にある、喫茶店兼スナックへと連れて行き――そこで酔い覚ましのコーヒーを飲みながらこう言うのだった。
「俺は、絶対に母さんよりも早く死ぬから。だから、そうなったら――お前が母さんのことを、面倒見てくれよ。頼むぞ」
その台詞を聞くたびに、私はいつもめんどくさそうに、「ああ」とか「うん」とか答えていた。
だがある日。
食事もなく、真っ先にその場へ誘った父は、私へ同じことを頼み込んだ。
そして、酒の入っていない私は、その時初めて真面目に答えたのだ。
「大丈夫だから――そうなったら、安心してあの世で酒でも飲んでろよ」
思えば、その時にはすでに――父は自分の病状を悟っていたのかもしれない。
だからいざ、その懸念が現実のものになろうとした時に――改めて念を入れたくなったのだろう。そしてあの日の言葉を私が忘れていないか確かめたくて、亡くなる前日に会いたがったのだ。
そうに違いない。
私の父は、死の直前まで――己の伴侶を気遣っていたのだ。
父の日とは、父親に対して日頃の
だが私には、それを告げる相手はもうこの世にはいない。
だから私が父にかける言葉は、これである。
あなたに代わって、母は俺が最期まで面倒を見る。
だからあなたはゆっくり休んでくれ。
もう大丈夫だから、任せて。
お疲れ様――お父さん。
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