1-25 象頭の正体




 走りながら次弾を装填した智也は、白煙の中の魔力目掛けて、二発目の引き金を引く。


 霊力擲弾銃から放たれた霊力のビームは、先程と同じように白煙の中をアークデーモン目指して飛んでいくが、一つ違うことは反応して振り向いたアークデーモンの左腕には既に魔力が溜められており、後は発射するだけとなっていた事だけであった。


 そして、アークデーモンは霊力ビームが着弾する1秒前に、魔力ビームを発射してギリギリの所で迎撃に成功する。


 アークデーモンの手前1メートルで魔力ビームと霊力ビームは衝突して、お互いを押し合い暫くは拮抗するが、アークデーモンが魔力ビームの出力を上げたことによって、見る見る霊力ビームを押し返し始める。


 一方智也の霊力擲弾銃は、薬莢内の霊力を一定の出力で放出し続けるため、アークデーモンの出力アップに対抗できず、智也は霊力擲弾銃発射の衝撃に耐えるために、その場を動く事ができない。


「ここまでか…」


 自分に迫る魔力ビームを見た智也は、諦めた感じでそう呟いたその時―


 アークデーモンの頭部に、霊力が込められた25mm弾が命中して、その衝撃でアークデーモンは体勢を崩して、魔力ビームの射線は智也から少しずれて彼の横腹を掠める。


「ぐっ!?」


 直撃を避けたとはいえ、横腹にそれなりのダメージを受けた智也は、激痛から地面に倒れてしまう。


 アークデーモンには、矢継ぎ早に炯が放つXM109ペイロード型から、放たれた弾丸が浴びせられ、地面からは晴明の犬型使い魔が襲いかかる。


「智也の馬鹿! 智也の馬鹿!」


 その間に、尭姫が智也に罵声を浴びせながら、傷口に止血キットで応急処置を行うと彼の両腕を掴み地面を引きずりながら、近くの建物の角を曲がってアークデーモンの視界から逃れるとそのまま側道を進み晴明が結界を張って待っている所まで引きずっていく。


 そして、話は象頭の正体を探る物語冒頭に戻る。



 俺は以上のように直近の記憶を遡ってみたが、やはりこの象頭に会った記憶はなかった。

 そもそも、こんなインパクトのある存在に遭遇していれば、容易に忘れるはずがない。


「あの~ すみません。やはり、会ってないと思うのですが…」


 俺は怒らせないように、できるだけ低姿勢でそう答える。


「この薄情ものー! 私の事が解らないって言うの!!」


 すると、自分のことが解らないと聞いた瞬間、象頭は怒り始める。

 そして、予想通り機嫌良く横に振られていた鼻は、上下に振られ始める。


「いっ いやっ… あの… そう! 傷が! 傷が痛くて、考えることに集中できないんです!」


 俺が咄嗟にそう言い訳すると


「そうか… それもそうだよね。痛いと集中できないよね。今治してあげるヨ」


 象頭は俺の近くにしゃがみ込むと、傷口にその白い手を近づけると不思議な光を発する。


(この白い手、どこかで見覚えがあるような…)


 その光は暖かく傷口は、みるみる回復していく。


(晴明の回復術より、強力だな…)


 傷口が回復したのを確認した象頭は、立ち上がると


「さあ、私は誰でしょう~?」


 自分の正体を改めて質問してくる。


「ヒントをください!」


 どうしても正体が解らない俺は、ダメ元でヒントを要求する。


「むぅ~。じゃあ、第二ヒントね!」


 自分のことに気づかない象頭は、少し不機嫌な感じで第二ヒントを出してくれる。


「私は、野菜が大好きだヨー」


 余程気付いて欲しかったのか、それはもうヒントどころか答えであった。


「白い手に… 野菜好き… オマエ、パティか!?」


 俺は半信半疑ではあったが、知り合いに野菜好きがパティ以外いなかったために、消去法でそう答えると象頭、もといパティが嬉しそうにこう発言する。


「正解~!!」

「チュウ~!」


 パティの正解発言と共に、服の中に隠れていたムシカが、彼女の肩まで登り嬉しそうに鳴く。


「<正解~!!>じゃねえよ! この緊迫した時に雰囲気出して現れやがって、一瞬ドキッとしたわ! 何が<それでは、シンキングタイム!>だ! こっちが切羽詰まっている時に、嬉しそうにこの鼻振りやがって!!」


 俺は象頭がパティだと解った瞬間、恐怖心も緊張感も無くなり、そうなると腹が立ってきたので、彼女の鼻を掴んで引っ張る。


「いや~! パティのお鼻引っ張らないで~!!」

「チュウ~!」


 パティは悲鳴を上げ、ムシカも肩で鳴く。


 俺は鼻を引っ張って少し冷静になると象頭の正体が彼女だということは、自然に次のような事実に気付く。


「その象頭… パティ… オマエ、魔物だったのか…?」

「う~ん、魔物とはちょっと違うヨ。でも、まあそんなものかな」


 俺が神妙な面持ちでそう尋ねると、パティは鼻を擦りながらいつもの呑気な口調でこう答えてくる。


 そして、今度はパティが象頭で神妙な雰囲気を出し始めるが、象頭なので微塵も伝わってこない。


「フフフ…。 智也にパティの重大な秘密を教えてあげるヨー!」

「なんだ?」


 正直パティの正体が、象頭の魔物だったことで十分驚いているので、コレ以上は驚かないだろうと思ってそう軽く返事をする。


「実はパティは仮の名… 我こそは、この辺りを管轄する魔王が一子! ナンディケーシュヴァラである!!」


「チュウ!」


「パティ… おまえ… 」


 俺が驚きの表情で、そう呟くと


「フフフ… 流石に驚きを隠せないようだね」

「チュウ」


 パティとムシカは、したり顔でそう言ってくる。が―


「おまえ、そんな悠長に日本語喋れたのか!?」


「いまさら、驚くところそこなの!!?」

「チュウ!!?」


 予想外の俺の質問に、驚きのツッコミで返してくる。


 料理番組を見ているだけで、料理を覚えるほどの学習能力の高いパティなら、短期間で日本語をある程度覚えていても不思議ではない。


「もっと、驚くところがあるよね? タトエバ パティが魔王の子供のところとか! トモヤ… パティ怖くないの? 魔王の子供ダヨ?」


「いや、さっきまで怖かったけど、パティだと解った瞬間から、象頭でも魔王の子供と解っても全然怖くない」


 パティは魔王の子供感を出すために、悪い感じを出そうとしているが、よく見ると象頭もリアル象ではなく、可愛いらしいキグルミ象頭であるし声も可愛いパティのままなので、威厳も畏怖も何もなく当然怖くもない。


 だが、パティがアークデーモンの驚異が迫るこの切迫した状況下で、呑気に鼻を振っていた理由は解った。


 魔王の子供であるパティからすれば、アークデーモンなど全く驚異ではないのだから、この状況に緊迫も恐怖も感じる訳は無く、人間達が必死に慌てふためき怪我した俺が地面に転がっているだけの状況なのだ。


 怯えた様子を見せないことに、魔王の子供パティは不満オーラを出しているが、時間のない俺はそれを無視して彼女にこう告げる。


「俺はもう行くぞ。尭姫と晴明の援護に、行かないといけないんだよ」

「タカヒ? ハルアキ? ダレそれ?」


「写真で見せただろ。それに、あの施設でも会っているだろう?」


「そんなの覚えてないヨ。トモヤは道端で会ったニャンコのことを一々覚えているの? パティにとって人間なんて、気が向いた時にカワイイするノラニャンコと同じだヨ! でも、トモヤとケイ、アヤカはオボエテ アゲタヨー」


 魔王の子供のパティからすれば、人間なんて顔を覚える価値もない存在であり、俺達が

 動物の個体の見分けがつかないのと同じ感覚かもしれない。


「とにかく、俺はもう行くぞ」


 これ以上、パティに構っている暇はないので、俺はそう言うと彼女に背を向けてその場をさろうとするが


「今のトモヤが援護に行っても、役に立つノ?」

「お前… 遠慮なく言いやがって…」


 パティの真実を突いた問いかけに、足を止めてしまう。


 彼女の言うとおり、霊力擲弾銃が有効な攻撃ではない以上、このまま援護に向かっても足を引っ張るかもしれない。


「パティなら、トモヤに― 」


 パティはそこまで言いかけると咳払いをしてから、本人最大限の悪い雰囲気を出しながらこのように言い直す。


「魔王が一子、このナンディケーシュヴァラなら、キサマに<力>を与え― 」

「だから、急いでいるって言っているだろ! 一々魔王の子供演出を入れるな!」


「イヤ~! だから パティのお鼻引っ張らないで~!!」

「チュウ~!」


 俺は焦りから、またパティの鼻を握って上下に振ってしまう。


 そう言いながら、こうやって話を中断させている時点で、俺自身が余計な時間を経過させているのだが、焦りから来る苛立ちのせいでそれが自覚できていない。



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