1-24 奇襲
智也が瓶山市付近に到着した時、既に街中から煙が上がっており、それはアークデーモンが街の出入り口に施されている結界が破られ市街戦が行われている事を意味していた。
「やはり、支配級魔族相手だと、結界は機能しないのか…」
智也の推察どおり、強大なアークデーモンにとって、結界は無いに等しい。
だが、後の事後調査によって判明することになるのだが、どうやら結界の呪符の予算を中抜きして、最安値の呪符を使用していたことが明らかになる。
予算通りの呪符による結界ならば、もしかしたら街への侵入をもう少し遅らせる事ができたかもしれない、誤差範囲ではあると思うが…
乗車してきた車を街の入口近くに停車させ、街の中に入ると爆発音などの戦闘音が聞こえてくる。
街の中は、負傷した退魔官や警察官が、仲間に運ばれて医療テントに運ばれている光景で溢れ、予想以上に戦局は芳しくないようだ。
俺は晴明に電話を掛けると、現在の状況を聞くことにする。
「俺だ。今街に着いたが、状況は良くないみたいだな。晴明達は、今一体何処に居るんだ?」
「今は瓶山市の郊外に向かっているよ。上層部は瓶山市を放棄して、隣の鈴賀市に指揮本部を移すそうだよ。まあ、自分達は安全な所にいち早く逃げようってことだね」
「どうりで、組織だった抵抗ではなく、小規模で散漫的な戦闘をしているわけだ」
街中から聞こえてくる戦闘音は、散発的で小規模な戦闘だと簡単に予想できた。
「炯も一緒か?」
俺は晴明に妹の安否を尋ねるが、返ってきた返事はこのようなものであった。
「炯ちゃん達は、戦闘が始まる前から独自行動をしているよ。おそらくまだ街中に居るんじゃないかな?」
「困ったやつだ…」
炯のことだから、狙撃で味方の援護をしているのであろう。
智也の予想通り、炯は彩花を伴ってビルの屋上から小柄な彼女の身長より、やや低い全長を持つXM109アンチマテリアルペイロードライフル型の霊力狙撃銃で、味方の援護をおこなっていた。
屋上に大口径銃の発射音が響き渡る。
霊力が込められた25mm弾は、約2000メートル離れた場所にいるアークデーモンに向かって、一直線に飛翔して行きその胴体に命中するが、少し体勢を崩すだけで大したダメージを与えられていない。
だが、これは相手が悪く上級魔族相手なら、それなりのダメージを与えられたかもしれない。
「目標に命中」
スポッティングスコープを覗く彩花が、咽喉マイク越しに炯に命中報告を行う。
二人は銃声から耳を守るために耳栓をしているため、骨伝導機器を使用して情報の伝達を行っており、これは彼女達に限らず最近の退魔官は皆装着している。
もちろん智也もそうであり、晴明との携帯による会話も骨伝導機器を通して行っている。
「ヤツが今どの辺りにいるか解るか?」
「最後に聞いた報告だと、メイン通りを鈴賀市に向けて、東進しているらしいよ」
「メイン通りだな」
「僕達は護衛という名目で同行しているけど、智也が来たのなら援護に向かうよ」
「俺はいいから、炯を頼む」
「わかったよ。まずは、炯ちゃん達と合流するよ」
俺は晴明との会話を終えると、携帯のナビを頼りに大通りへと向かい、そこからは戦闘音のする方に向かって走り出す。
メイン通りに出た俺は、その光景に絶句してしまう。
予想はしていたが、あちこちにアークデーモンに殺されてしまった退魔官や警察官の遺体が倒れており、その光景は凄惨であった。
周辺の建物も崩壊して煙や炎を吹き出していて、道路は戦闘で破壊され瓦礫や窪みができており、移動しづらくなっている。
俺はメイン通りから道を一本ずらして、側道を走ることにする。
走り易い破壊されていない道を、移動したかったのとこれ以上遺体を見たくなかったからである。
側道を走り続けると建物の隙間に奴の姿を確認する。
「見つけた」
俺はヤツの存在を確認したが、向こうは俺の微小な霊力を霊力感知で捉えられていないようで、気付いていないようであった。
(やっぱり、俺の霊力ではヤツの霊力感知には引っかからないようだな)
俺は複雑な気持ちを抱えつつ、アークデーモンを追い抜いて、先に向かって走り続ける。
その目的は、先回りして戦闘の準備をするためである。
メイン通りはその名の通り幅も広く戦闘に適しているが、逆を言えば身を隠せるところが少ないことも意味する。
まあ、アークデーモンの魔力ビームの前では、遮蔽物などあまり意味をなさないが…
「この辺でいいだろう」
俺はメイン通りに戻ると、中央分離帯のガードレールの支柱に発煙手榴弾を括り付け、ピンに糸を通すとそこから糸を近くの身を隠せる建物の陰まで引いていく。
そして、建物の影に隠れると、腰のホルスターから折り畳まれた霊力擲弾銃を取り出して、発射できるように展開させていく。
霊力擲弾銃の薬室を開放すると、そこに月読宮様の霊力が込められた弾丸を込める。
(弾は三発。あのデカイ胴体を狙えば、この距離なら外さないはずだ)
俺は右手に霊力擲弾銃、左手に発煙手榴弾の糸を持ち、息と気配を殺して建物の影に隠れ、アークデーモンが来るのを待つ。
「彩花ちゃん。今、何処にいるんだい?」
晴明は尭姫と共に、撤退してくる負傷者達を横目に街のメイン通りに向かい走りながら、彩花達に連絡を取る。
「今、アークデーモンを狙える次の約1500メートル離れた狙撃ポイントに、移動してきたところです」
右手に持ったスポッティングスコープで、アークデーモンを観測しながら晴明からの連絡に返事を返す。
その横では、炯が担いでいた狙撃ライフルを地面において、狙撃体勢に入ろうとしている。
「智也がアークデーモンの近くに居るはずだから、危なくなったら援護してあげて」
「智也さんが、アークデーモンの近くにいるんですか!?」
「兄さんが!?」
彩花が思わず発してしまった言葉を聞いた炯は、いつも冷静な彼女らしからぬ驚きの声を上げる。
二人は、スコープとスポッティングスコープを覗いて、アークデーモンの周辺を見て回り、前方の建物の陰に隠れる智也を発見する。
炯はそこからアークデーモンに照準を戻すと、いつでも援護できるように体勢を整える。
智也は建物の陰から、慎重に顔を出してアークデーモンが近づくのを待つ。
そして、アークデーモンがガードレールに仕掛けた発煙手榴弾に接近すると
「今だ!」
手に持った糸を引っ張り、発煙手榴弾のピンを抜く。
ピンの抜けた発煙手榴弾からは、勢いよく白煙が発生して、アークデーモンの周囲を白煙が瞬く間に覆い始める。
「そこだ!」
智也は物陰から、飛び出すと直様霊力擲弾銃を構えアークデーモンに向けて発射する。
霊力擲弾銃は使用者の霊力を必要とせず、薬莢に溜められた霊力はその材質であるアポイタカラによって完全密封されているため、発射され薬莢から解放されるまで霊力が感知されることはない。
それに加えアークデーモンは視界を遮られ、霊力感知には智也の乏しい霊力を感知できず、完全に不意打ちを受ける形となる。
智也も白煙でアークデーモンの姿を視認出来ていないが、支配級魔族の強大な魔力を目印にして放てば、あの巨体に命中させることが出来る。
アークデーモンと智也の距離は20メートル程であり、これは魔物相手の銃撃戦ではありえない交戦距離であるが、距離が近ければ命中率はその分上がるし、今回のような奇襲作戦なら、相手が気付いて魔力ビームで迎撃しようとする前にこちらの攻撃を当てることが出来る。
だが、逆も然りで向こうからの魔力ビームも避けにくいが、そのための煙幕で相手は智也を見ることも感じることもできず、智也は絶えず移動しているために当てずっぽうで攻撃しなければならない。
運悪く偶然当たる可能性もあるが、そのようなことを計算に入れても仕方がない。
霊力擲弾銃から放たれた霊力のビームは、白煙を切り裂きながら、アークデーモン目掛けて飛んでいき、霊力に気付いて魔力ビームを放とうとしたその右腕に命中して派手な爆発を起こす。
「ウグゥ」
流石のアークデーモンも、月読宮の強力な霊力が込められた霊力擲弾銃の攻撃を受けて、ダメージを負ったのか右手を下ろしてしまう。
智也は走りながら、霊力擲弾銃の薬室を解放して、高価な空の薬莢を取り出してポケットにしまうと次の薬莢を取り出して装填する。
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