1-21  戦いの前




「どうして トモヤが アークデーモンと たたかわないと イケナイノ? おしごと ヤメサセラレタデショ?」


 俺の答えを聞いたパティは、訴えかけるようにこう反論してくるが、その声は不安と悲しみに満ちている。


「奴には、学校からの仲間が― 戦友が大勢殺られた…。馬鹿な奴らだったけど…… いい奴らだった。だからそいつらの仇を、取ってやらないといけないんだ」


 俺はそのように答えると鞄から<Desert Eagle.50 AE>型の魔力銃を取り出し、カートリッジを一度抜き弾数確認すると勢いよく銃に装填しなおして、左脇のホルスターに収納する。


 銃器科での四年間、葉後訓練教官の厳しい訓練を共に乗り越えた仲間達の仇を、例え命を賭してでも取らなければ、むこうで彼らに合わせる顔がない。


「<男の美学> か…」


 俺はそう呟くと新兵器開発部門特別試験係になった時に、月読宮様から頂いた戦闘用の特殊製コートを着て、ポケットに予備の弾倉と白煙手榴弾を入れていく。


 最後に右の腰に装着した大型のホルスターに、折りたたまれた霊力擲弾銃をしまうと俺はそこで初めてパティを見る。


 すると、そこにはいつも笑顔だったパティが眉をハの字にした不安げな表情で、ムシカを肩に乗せて立っており、泣きそうな声でこう尋ねてくる。


「トモヤ… イキテ カエッテクルヨネ?」

「そのつもりだけど、相手はあのアークデーモンだからな、約束は出来ない…」


「トモヤが いなくなったら だれが パティにごはん クレルヨ!」


(心配していたのは、俺の事じゃなくてそこかよ!)


 俺は張り詰めていたモノが少し和らぐと同時に彼女に呆れてしまうが、面倒を見ると約束したのは事実なので怒るのも筋違いと考え、衣装箱に向かうとその中に隠していた通帳とハンコを取り出してパティに手渡す。


「この中には、俺が退魔官になってからの給料が少額だが入っている。もし、俺が帰ってこなかったら、これで少しの間食いつなぐといい。この貯金を使い果たして、まだこの国に居たいと思うなら月読宮様を頼るといい。きっと、君を悪いようにはしないはずだから」


 俺はメモ帳に月読宮様の携帯番号を書き、それをパティに渡そうとする。


「月読宮様への連絡は、ここに―」


 すると、パティは俺がそう言い終わる前に、涙目で叫ぶようにこう訴えかけてくる。


「パティ! こんなモノ ほしい ワケじゃないヨ!!」


 パティは通帳とハンコを足元に叩きつけると、更に涙目で訴えかけてくる。


「ワタシ トモヤから ごはん もらいたいヨ! これからも ずっと トモヤと イタイヨ!! だから イカナイデ ホシイヨ…」


「パティ…」


 涙目のパティを見て、俺一瞬決意が揺らぎそうになるが、これで戦わない選択肢を選べるなら、苦行ともいうべき退魔官への道を選ばなかったし、なってもいなかっただろう。


 俺は床に落ちている通帳とハンコを拾い上げて、パティに連絡先と一緒に手渡すと今できる最高の作り笑いをしてこう答える。


「安心しろ、パティ。俺だって、死ぬ気はないさ。これは念のための措置だよ」

「ホントウに? トモヤ ちゃんと カエッテクル?」


「ああ、もちろんだ!」

「トモヤ ブジに カエッテきたら H サセテアゲルヨ!」


「だから、嫁入り前の娘が、そんなはしたないことを言うじゃないって、言っているだろうが!」


 俺はパティの頭に勢いよくチョップを振り下ろすと、トンっと優しく頭にあてる。


 すると、パティもまだ目には涙が残っているが、ようやく笑顔を見せる。


「出かける時は、ちゃんと戸締まりをするんだぞ」

「ワカッテルヨー」


 駐車場にこの日のために、新兵器開発部門特別試験係の権限を使って、駐屯地から借りてきていた軽自動車に乗り込むと、


「嘘ばかり上手くなるな…」


 そう一人呟いてから、エンジンキーを回して車を鈴賀峠に向けて走らせる。


 鈴賀峠に向かう道中の車内で、俺はアークデーモン戦のシミュレーションを頭の中で何度も行う。


 それが終わる頃には、死ぬ覚悟も自然と出来ていた。


 そして、この時の予想通り、俺はこの後アークデーモンと戦い敗れることになるが、まさかおかしな象頭と遭遇することになることまでは予想できていなかった。


 その頃、鈴賀峠を越えた所に位置する瓶山市


 その警察署に討伐本部を置いた伊勢駐屯地の退魔官達は、指揮官の指示の下迎撃態勢の準備を慌ただしくおこなっていた。


 そして、そこに前線ではなく指揮本部警備の名目で、尭姫と晴明、新人研修を終えた炯と彩花が配置されている。



 炯は彩花を伴って警察署の屋上から、鈴賀峠方面をフィールドスコープで観測しており、それは万が一に備えて狙撃ポイントを探すためであった。


「やあ、やはりここに居たね? 炯ちゃんなら、狙撃ポイントを探すために屋上にいると思ったよ」


 そんな二人に中性的で爽やかな声で、話しかけてきたのは晴明であり、一緒に尭姫も側にいる。


 少女二人は、頭を軽く下げて会釈する。


 晴明は許嫁の彩花に近づき、二人だけで少し言葉を交わすとこう言って、二人の不安を振り払おうとする。


「まあ、今回は十二天将が3人来ているから、問題ないと思うよ」

「そうだと良いのですが…」


 炯はジト目で晴明を見ながら、そう答えると再びフィールドスコープで辺りを見渡し始め、暫くすると側に置いていた彼女の身長よりやや低い大型のライフルケースを背負う。


 普通の少女なら、15kgもする重量物を背負うのは難しいが、身体能力が強化された血統である炯には長時間でなければ問題ない。


「それでは、私はこれで失礼します。彩花は晴明さんともう少し話していても構いませんよ」


 炯は許嫁に会った彩花に気を使いそう発言すると、一人で狙撃ポイントの下見に向かう。


「炯ちゃん、どこに行くの? 私達はここで待機よ?」

「ご心配なく。私にはこれがありますから」


 尭姫が待機命令を無視して、勝手に行動する炯を制止すると、彼女は戦闘用の特殊製コートの内ポケットからとあるモノを取り出して見せてくる。


 それは<特別行動許可証>と書かれたモノで、貴重な代物であるのか紐付きのハードタイプのプラケースに入っている。


 <特別行動許可証>は、彼女の祖父八尺瓊玄斎によって特別に発行されたもので、その名の通り炯に命令を無視して、独自の判断で行動することを許可するものである。


 これは無能な指揮官の命令で、炯が危険な目にあわないようにという玄斎の孫可愛さの職権乱用であり、不公平な物ではあるが合理的な炯はこういう時のために黙って貰っておくことにした。


 実はこれに似たような物を、八咫の宗家である晴明も所持しているが、今の所内緒にしてまだ一度も使ったことがない。


 その理由は、このような特権的な物を使用すれば、少なからず反感を持たれるからで、あまり乱用しないほうが良いと考えているからである。


 同じ宗家出身でも、その出自から尭姫は草薙宗家からは与えられてはいないが、同じような物を月読宮から与えられている。


 炯は<特別行動許可証>を内ポケットにしまうと、スタスタと屋上を後にする。


「まっ まって… 炯ちゃん… 」


 彩花は晴明にペコリと頭を下げると、慌てて炯の後を追いかけていった。


 屋上に残された二人は、少しの間沈黙した後に、尭姫はふとこのような事を思い出してその話を始める。


「そういえば、昔この辺りに鬼が棲んでいたという伝説があったよね?」


「田村麻呂に、退治された鈴賀山の大獄丸だね。まあ、今回は手助けしてくれる鈴賀御前は居ないけどね…。それが、どうかしたのかい?」


「なんでも、先行している偵察班の報告によると、アークデーモンの頭には角が二本あるけど背中に翼がないから、悪魔というより鬼にソックリらしいの。何か関係あると思う?」


「大獄丸に関係というより、日本は異形で強力な力を持っているモノのイメージが、悪魔より鬼だから元の教主が変身中に悪魔より鬼をイメージして、その影響で鬼に外見が似たのかもしれないね」


 疑問を投げかけてきた尭姫に、晴明は自分の推考を話すが正確な理由は、本人しか解らないであろうとも考えている。


 もしかしたら、元教主自身も分かってはいないかもしれないが…


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