1-20 束の間の
俺は彩花ちゃんと会った時から、どうしても気になっていた事を尋ねることにした。
「そうだ、彩花ちゃん。晴明とは…、その… どこまで進んでいるのかな…? その、キスとか― 」
そこまで言いかけると、俺は自分に向けられている蔑んだ視線に気付く。
それは、俺の隣でポテトを食べているジト目妹炯の眼差しであり、彼女は俺の卑俗で下種な質問に対して明らかに、ゴミを見るような眼差しを向けている。
「お兄ちゃん、普段は炯ちゃんの考えている事よくわからないけど、今は明らかにドン引きしているという事はわかるよ…」
あの脳天気なパティでさえ、バーガーを頬張りながら俺を侮辱の目で見ている。
(パティ、バーガーは一旦置こうな…)
そして、非難したくなったのか、俺に話しかけてくる。
「コレ もぐもぐ ダカラ もぐ オニク タベル もぐもぐ モノハ もぐもぐ サイテイ ナもぐもぐもぐもぐ…」
「口に食べ物を入れたまま喋るんじゃありません! しかも、食べる欲求に負けて、最後まで言えてないじゃないか!!」
俺はパティに食事マナーとツッコミをしてから、
「彩花ちゃん、無神経な事を聞いてゴメン!」
机に手をつき頭を下げて、彩花ちゃんに謝罪すると彼女は首を横に振って許してくれる。
家に帰ってきたパティは、俺の一度洗濯したほうがいいというアドバイスを無視して、早速新しい服を着用する。
新しい服は彼女の緩い服が好きという意見を元に、彩花ちゃんの趣味なのであろう大人しめの色彩とデザインのゆるふわコーデであった。
「トモヤ ドウ? ニアッテル?」
パティ自身が美少女でスタイルが良いので、何を着てもよく似合っている。
「ああ、似合っているよ」
「エヘヘへ~」
パティは嬉しそうに照れると、ムシカにも見せて自慢している。
「チュ~」
ムシカもご主人さまの気持ちが伝わっているのか、嬉しそうに鳴いている。
こうして、次の日から服を手に入れたパティは、俺と食料を買いに外出して外を楽しみ、家では相変わらずテレビを見たりしている。
俺はアークデーモンとの戦いに備えて走り込みをしたり、新兵器開発部門特別試験係の権限を使って、駐屯地で射撃の訓練をしたりして2日間を過ごす。
駐屯地から帰ると、パティが料理を作って待っていてくれた。
「どう トモヤ? パティのつくったリョウリ オイシイ?」
パティはテレビを見続けた結果、日本語が上達してきており、少しだけ喋りが上手くなっている。
「ああ、うまいな。この野菜炒めも美味いし、野菜スープも美味い」
「パティ、テレビのクッキングばんぐみ みて オボエタヨ エッヘン!」
パティは俺の美味しいという感想を聞いて、喜びの笑みを浮かべると自分の料理の上達ぶりを自慢してくる。
「この煮物も、おひたしも… って、これ野菜ばっかりじゃないか!!」
料理を褒めている内に、その料理が全て野菜尽くしである事に気付き、俺は大人気なく怒りを顕にしてしまう。
「やさい カラダに イイヨー?」
「“やさい カラダに イイヨ“じゃないんだよ! 俺はオマエと違って、菜食主義者じゃないんだよ! 肉が食べたいんだよ!」
「パティ、テレビでみたヨ! トモヤみたいに、オンナノコになにもしない オトコノコ、そうしょくだんし(草食系男子) ダッテ! だから、ヤサイだけに してあげたヨ!」
俺たちはここ数日一緒に過ごした事によって、距離が縮まりかなりフランクな言葉で言い争いをする仲になっていた。
「何を上手いこと言ったみたいな顔しているんだ! 俺が君に手を出さないのは、草食系男子じゃなくて、あの… その… そう! それが<男の美学>だからだ!」
<男の美学>いい言葉だ! 手を出せない理由が何か凄い理由に聞こえる。
ただ童の者で、経験がないから怖くて手を出せないだけなのに!
まあ、他の理由もあるのだが…
「オトコのビガク って なんだヨ… もぐもぐ」
パティは不貞腐れた顔で、野菜を頬張り始める。
ひと悶着あったその夜―
「トモヤ… そうしょくだんし そつぎょう シチャウ?」
パティから初日以来の誘惑を受けてしまう。
この夜、風呂上がりのパティは買い物で買ったパジャマを着用しなかったので、予想はしていたがこうやって実際されると、女性慣れしていない俺はドキドキしてしまう。
前回と違って、女性モノ下着をチラつかせながら、誘惑されると平常心を保つのに苦労する。
「早く寝ろ、このマセガキ!」
「あぅ!」
俺はパティの顔に枕を押し付けて、そのままベッドに押し倒すと絨毯の上に敷いた毛布に寝転び、ベッドに背を向け眠りに就くことにする。
「このマクラ トモヤの ニオイするヨ」
「枕返せ!」
俺の要求にさっきの意趣返しなのか、パティは頭を目掛けて枕を放り投げてくる。
「くっ!?」
パティを見ないように背を向けていた俺は、回避することが出来ずに頭に枕の直撃を受けるが、振り向いたら負けた気がして黙って近くの床に落ちている枕に手を伸ばすと、頭の下に置いてそのまま睡眠に入る。
「トモヤ… もし、ニンゲンを…… 何でも、ナイヨ…」
微睡みの中、彼女は何かを言いかけるが、暫くの沈黙の後に静かになり眠ってしまう。
こうして、この日も何事もなく過ぎて行く。
翌日、俺たちは朝から二人して、ごはんに納豆をかけて食べている。
パティがこの家に来て3日目に、俺が食べる納豆ごはんに興味を示したので、ベジタリアンの彼女でも問題ないので食べさせてみた。
最初は納豆のネバネバと臭いに苦戦していたパティであったが、6日目の彼女は美味しそうに食べている。
(しかし、パティは順応力が高いな。テレビを見ているだけで、日本語もかなり覚えてきたし…)
精神は少し幼いところがあるが、短い期間テレビを見ているだけで、言葉や料理を覚えて実践できる所を見ると順応力と学習能力はかなり高い。
食べ終わった食器を洗い終わった時、丁度携帯の着信音が鳴ったので、俺は手に取って画面を見ると着信画面には晴明の名が表示されていた。
(ヤツが現れたか…)
直感的にそう感じ取ると、通話ボタンを押して携帯を耳にあてる。
「智也、アークデーモンが現れたよ。場所はあの施設から約45Km東に行った所にある井賀市だよ」
「井賀か… やはり、山の中を回復しながら、密かに移動していたというわけだな」
「僕達はその先の瓶山市の手前、住民の少ない鈴賀峠で迎え撃つことになったよ」
「わかった、鈴賀峠だな。俺も直ぐに向かう!」
「連絡をしておいてなんだけど…」
晴明は一呼吸置いてから、俺を案じて心配する声でこう問いかけてくる。
「智也…。もしかして、自分の死に価値があるような死に場所を求めていないよね?」
親友の心を見透かすような質問に、俺は一瞬言葉を失うが直ぐに威勢よくこう返す。
「当たり前だ、俺は自殺志願者じゃないからな! 俺には月読宮様から頂いた切り札がある。お前らの活躍を奪う凄い武器だから、楽しみにしていろ!」
「それならいいんだ。じゃあ、僕はこれからヘリに乗り込まないといけないから、これで通話を切るね。期待して待っているよ」
「ちょっと、晴明くん! こんな時に誰に電話を― 」
晴明が通話を切る前に、尭姫の声が聞こえてきた。
(最後になるかもしれないって時に、尭姫の声が聞けるなんてな…)
俺はそう感慨にふけりながら、静かに携帯を机の上に置いて、準備をするために振り向くと、そこには通話を聞いて不安な表情を浮かべたパティがこちらを見つめて立っていたが、俺は無言で彼女の側を通り抜けてリビングに入り、押し入れから装備を入れた鞄を取り出すと服を着替え始める。
「トモヤ どこか オデカケ するの?」
パティは、俺がただならぬ表情で準備をしている姿を見て、流石に何かおかしいと気づき質問して来る。
「ああ、アークデーモンと戦いにな…」
俺は彼女の姿を見ずに、黙々と準備を続けながらそう答える。
パティの姿を見られなかったのは、暫く面倒を見てやると言って部屋に連れてきたのに、俺の勝手な理由でその約束を一方的に反故にしてしまう、彼女への後ろめたさがあったからだった。
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