1-18 妹登場
夕方頃、試射を終えた俺は帰る前に月読宮様に薬莢3つに霊力を込めて貰うと、乗り心地のいい高級車に乗せてもらって自宅へと帰る。
「私達はこの後、東京に帰りますが智也はいつ東京に来るのですか?」
その道中の車内で月読宮様は、用意してくれた部屋に俺がいつ引っ越してくるのか尋ねてきたので正直に答える。
「アークデーモンを倒して、死んだみんなの仇を取った後です。奴は恐らくサミットが行われる前に姿を現して、東京に向かうはずです」
「退魔官を追われて、直ぐにこの伊勢に部屋を借りたと聞いた時から、そうではないかと思っていましたが…」
月読宮様は、俺の目を真っ直ぐ見つめると諭すように話し掛けてくる。
「智也…。酷なことを言いますが、アナタではアークデーモンと戦うのは危険すぎます。他の者に任せて、アナタは東京に戻ってきなさい」
その内容は諭すというより、諦めろというモノであり、月読宮様の意見は客観的に見れば自分でも正しいと思う。
だが、今の俺には一矢報いることができる霊力擲弾銃がある。
「今の僕には、月読宮様にお借りしたこの霊力擲弾銃があります! これなら、ヤツにダメージを与えられます」
「ダメージを与えられるかも知れませんが、敵の強力な攻撃はどう防ぐのですか?」
「回避します。前回の戦いでも回避し続けました!」
「次も回避し続けるという可能性はないのですよ?」
「月読宮様。今までだって、退魔官の仕事に絶対安全なんて事はありませんでした」
「月読宮様。智也君の言うとおりです。それに我々は退魔官になった時から、覚悟はできています」
天音さんが俺の意見に同意して、援護してくれる。
「わかりました…。でも、無理はしないようにしてください」
「はい、そのつもりです」
月読宮様には、そう答えておくことにした。
マンションの前に到着したので、車から降りようとすると月読宮様に引き止められ、袖から取り出した者を手渡してくる。
「そうそう、これはあの子の<特別滞在許可証>です。これがあれば、外出しても大丈夫になるでしょう」
受け取った<特別滞在許可証>は透明なケースに入れられ、首から掛けられるように紐がついており、試射をする前に預けていた携帯の写真データを使ったパティの顔写真が印刷されている。
「ありがとうございます。パティも喜ぶと思います」
俺がそうお礼の言葉を述べると、月読宮様は最後にこう言ってくる。
「智也。あの子の事を常に見張っていてくださいね」
不法滞在者のパティが何かすれば、滞在を許した月読宮様の責任問題にもなる。
そのために、最後に釘を刺してきたのであろう。
そう考えた俺は「はい、わかりました…」と答えて、一礼すると車から降車する。
「ただいま~」
俺は自室に戻って、部屋のいるパティに声をかけると「オカエリダヨ~」と、パティの気のない返事が返ってくる。
リビングに向かうとパティは、テレビの前に膝を抱えて座わり、何か考え事をした様子でテレビを見ている。
俺はその様子を見て、何を見ているのか気になってテレビの画面を見ると、戦争の記録映像番組が流れていた。
「トモヤ ドウシテ ニンゲンハ オナジ ニンゲン ドウシデ タタカウノ? イヤデモ マオウ ト タタカワナイト イケナイノニ…」
パティは画面を見つめながらそう質問してくるが、難しいその質問に俺は答えに困り、自分の考えを答えることにする。
「さあ、どうしてだろうな… きっと、どれだけ犠牲が出ようと喉元過ぎたら、忘れてしまうからかもな…」
俺がそれらしいことを言うと、次の瞬間パティは急にテンションを上げて、画面を指差しながらこう言ってくる。
「トモヤ! ミテミテ! コレ ゾウサン ニ ソックリダヨ!」
「象さん?」
彼女の言葉を聞いて、俺が画面を見るとそこには”M53インチ対戦車砲”が映し出されており、
「確かに砲身と防盾が、象の長い鼻と耳に見えないこともないな」
このように肯定的な返事をすると
「ゾウサン ダヨ! ゾウサン!」
パティは嬉しそうに、画面を見ている。
(象が好きなのかな? それにしても、さっきまで憂鬱気味だったのに、今はテンションが高くなって、パティの考えは本当よくわからん)
外タレキャラかと思っていたが、不思議ちゃんキャラなら考えても理解できないと思い、俺は夕食の準備をする。
「さあ、夕食でも作るか」
「ゴハン!? パティ オナカ スイタヨ! ワタシノハ オニク ヌイテネ!」
パティは、今度は夕食の言葉に反応してテンションを上げ、サラっと肉抜きを要求してくる。
夕食を食べ終わった後、俺はパティに明日炯と一緒に衣服の買い物に行くことを話すと
「ケイ? ケイッテ ダレ?」
「いや、俺の妹だよ。昨晩写真を見せただろう?」
俺のツッコミに、パティはすぐさまこう答える。
「オボエテ ナイヨー」
パティは昨日も尭姫と晴明の写真を見せた時も、二人とは施設で会っているのに知らない感じだった。
(パティは、記憶力が悪いのかな? いや、でも俺のことは覚えていたしな…)
外国人は日本人の顔の見分けがつかないと聞く。
もしかしたら、パティもそうなのかもしれない。
俺はもう一度パティに炯の写真を見せると
「コノコカ~ ミタオボエ アルヨ~」
「そりゃあ、昨日見せたからな」
彼女がこう答えたので、俺はそれに対して少し呆れた感じで答える。
「ム~ イチド ミタダケデ オボエラレナイヨ~」
パティの主張も正しく”一度見ただけで覚えろ”というのが無理なことであると考え直し、これ以上この話題を口にせずに食器をパティと手早く洗うと疲れていたので、入浴を済ませて眠ることにした。
次の日、朝食を済ませるとパティに、昨日月読宮様に頂いた<特別滞在許可証>を手渡す。
「コレデ パティ ジユウ ニ オソト デラレルヨ~!」
「外出する時は、そうやって首から掛けて失くさないようにするんだぞ」
「ワカッタヨ~」
パティは首から<特別滞在許可証>を掛けると、それを手に持って嬉しそうにはしゃぎ始める。
その時チャイムの鳴る音がしたので、扉を開けるとそこには無気力なジト目の我が妹、八尺瓊炯が立っていた。
炯は今年退魔師学校を卒業して、退魔官になった新人であり、あと3ヶ月で16歳になる。
「兄さん、おはようございます…」
「ああ、おはよう」
抑揚の無い低い声で挨拶してくる炯に挨拶を返すと、部屋の中から喜ぶパティの声が聞こえてくる事に気づいた彼女は、体を横にヒョイと傾けて俺の体とドアの縁の隙間から室内を覗き込む。
すると室内では、上は俺のシャツ、下はトランクス(新品)を着用したパティが、はしゃいでいる姿が見える。
「……」
炯はそんなパティをジト目でしばらく黙って見たあとに、肩から下げた鞄の中からおもむろに携帯を取り出すと無言のまま110と番号を押し出す。
慌てて発信ボタンを押す前に、炯から携帯を取り上げた俺は自己弁護を始める。
「炯ちゃん、いきなり通報とかしないで! お兄ちゃんびっくりするから!! 違うから! 炯ちゃん誤解しているだけだから! お兄ちゃん、罪なんて犯してないから!!」
感情を余り出さない顔とジト目で解りにくいが、恐らく犯罪者を見るような目で俺を見ている妹を家の中に入れると、俺はパティからも誤解を解くように頼む。
「パティ トモヤ ニ ヘヤニ クルヨウニ イワレタカラ ツイテキタヨ」
「間違ってないけど、色々言葉が足りてない!」
パティの説明はその不自由な日本語によって、文化を知りたいなどの肝心な部分がごっそり抜けており、俺が下心で連れ込んだ感じになってしまっている。
そのため、炯は携帯を取り出すと再び110番を押し始める。
「だから、直ぐに110番通報するのは辞めてくれ! お兄ちゃん、やましいことは何もしてないから!」
俺は再び発信ボタンを押す前に、携帯を取り上げると今までの経緯を炯に説明して、ついでに買い物に呼び出したのが、パティの服の買い物であることも話しておくことにした。
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