1-5 任務開始
小隊員は隊長の指示で、AとBの半分ずつに班分けされると隊長の率いるA班は正面から、副隊長が率いる残り半分であるB班は裏口から突入をすることになり、施設の外で俺達の組と救護専門の4人が待機する事になる。
暫くすると裏口に回ったB班を率いる副隊長から、骨伝イヤホンに到着の報告が入り、突入班は特殊部隊の室内突入法に則って、扉に爆弾を仕掛けると遠隔武器を持った隊員が両サイドに分かれて待機する。
そして、隊長の突入の合図と共に扉を爆破して、両サイドの遠隔武器を持った隊員がアサルトライフルを構えたまま同時に施設内に突入して、左右に展開して敵が居ないかを確認するが、そこに接近戦職達が刀を「先陣は武士の誉れ!」「一番槍は俺が貰った!」とばかりに刀や槍を手に我先にと施設内に突入を開始する。
「特殊部隊の室内突入法を知らないのか?(戦国時代じゃ無いんだぞ…)」
俺は接近戦職達の時代錯誤な突入の仕方に呆れていると、突入した者達が施設内に広がる異様な光景の感想がイヤホンから漏れ聞こえてくる。
「何だ… これは… 床一面血の海じゃないか…」
「だが、死体はないな… と、いうことは…!」
施設内は召喚儀式の為に薄暗くされており、照明は蝋燭の灯りだけである。
そのため、突入時には気づかなかったが、薄暗い施設内の床や廊下には生贄として殺された者達の血はあちこちに残っているが、施設内には死体は見当たらない。
だが、ここで多くの人が殺されたというのは事実なようで、施設内は咽返るような血の匂いで満たされている。
「召喚の儀式は、既に済んでいるとういうことだ…」
晴明が厳しい表情でそう言うと、イヤホンから同じ考えに至った隊長の指示が伝えられる。
「この血の匂いの残り方から、召喚が済んでからあまり時間は経っていないかもしれん。今なら教祖が召喚した魔王か魔物から力を得る前に、身柄を押さえることができるかもしれん。急いで情報で得た2階の儀式を行っている場所に急ぐぞ!」
隊長の指示の元、隊員達は血溜まりを蹴って薄暗い施設内を二階へと駆け足で向かうが、その度に地面でビチャビチャと血の跳ねる嫌な音がする。
この世界の魔物召喚は召喚儀式がおこなわれた時、生贄の体は全て消滅して召喚対象への貢物となって魔界に転送され、召喚対象がその生贄に満足すればこの世界への召喚に応じてやってくる、らしい…
そして、召喚者の願いを叶える。(ただし、叶うかどうかは願いの内容による)
2階に向かう指示が出て以来、隊長が口頭だけで指示しているのか、通信環境が悪いのかイヤホンからは、ノイズだけが聞こえてきて何も伝わってこない。
そのために外からは施設内の様子は窺いしれず、俺達を含めた待機組は少し不安になってくる。
「白き犬よ、我が命に答え現われよ! 急急如律令!」
晴明は念の為に、式札に霊力を込めると大きな白い犬の式神を召喚させる。
この犬の式神を初めて見た時は驚いて、触ったりもしたが今は見慣れたし、作戦の緊張が勝って式神のことには特に触れなかったので、晴明は少し寂しそうな表情をしている。
「中はどうなっているのかしら?」
「上手くいっていると思いたいけど…」
「もう少しで、突入してから15分経過というところか…」
俺は気晴らしに左腕に付けたミリタリーウォッチを見て、作戦経過時間を確認する。
因みにこのミリタリーウォッチは、初任給で同期に風俗を誘われたのを断って、代わりに購入したモノである。
「!?」
その時、俺達は施設の二階から禍々しい魔力が増幅するのを感じ取る。
そして、次の瞬間―
轟音と共に黒い強力な魔力がで、壁を破壊して外に飛び出してくる。
その強直な魔力は、まるで黒い極太ビームのような見た目であった。
黒い極太魔力ビームは、その後も次々とその強力な破壊力で、壁を破壊しながら外に放たれ、空へと消えていき、その度に俺達のいる近くの地面に瓦礫が落ちてきて、轟音と共に土煙を立てている。
退魔官は防御力の高い特殊製退魔官戦闘服とコートを着用しているが、先程から放たれている黒い魔力の威力なら、恐らく当たれば一瞬で致命傷となるであろう。
つまり、黒い極太魔力ビームは壁だけでなく、隊員達も消し飛ばしているということである…
「智也! 晴明君! 救援に行くわよ!」
尭姫も敵の強さを肌で感じ取ったのか、味方が苦戦していると判断して施設内に救援に向かおうと俺達に言ってくる。
「了解!」
「おう!」
当然、俺達もそのつもりだったので、尭姫の意見に賛成して施設内に向かおうとすると、同じく外で待機を命じられていた救護班の先輩隊員から制止される。
「待て! 俺達は外で待機するように命令を受けているんだぞ! 勝手な真似はするな! 通信で隊長に指示を仰いでから、動くべきだろう!」
先輩隊員の意見も正しく退魔官とはいえ組織の一員である以上、上からの命令は絶対であり隊員の勝手な行動は許されない。
「今は緊急事態です! 緊急時は上官の判断を仰がなくても、現場の判断である程度行動しても良かったはずです!」
「確かにそうだが… 」
彼らが頑なに俺達を救援に行かせたくないのは、施設内で『護皇三家』出身である俺達に万が一何かあった場合、止めなかった自分達の責任になるのを恐れているからである。
施設の外で俺達が問答していると負傷した隊員が、次々と入り口からフラフラと出てきて、その場に倒れていく。
その負傷者達を、壊わされた2階の壁の瓦礫が頭上から落ちてくる危険な施設付近から急いで引きずって、少し離れたところまで搬送して救護班の四人が術で治療にあたる。
俺達三人は味方の援護をするために、施設内に向かう事を決めるが、その前に尭姫は刀を抜いて霊力を込め、俺は晴明にバトルライフルの弾倉を1つ渡して霊力を込めてもらう。
「いつもすまない」
「いいよ」
情けない話ではあるが、弾倉に俺の低い霊力を込めるより、晴明に強力な霊力を込めて貰うほうが威力は高い。
俺は霊力を込めて貰った弾倉をバトルライフルに装着させ、戦闘準備を完了させると負傷兵の治療で大忙しの先輩隊員の目を盗んで二人と駆け足で施設内に突入する。
施設に入った俺達は通信で聞いていたが、その凄惨な光景を目の当たりにして、俺達は少しの間言葉を失うが、直ぐに怒りがこみ上げて来る。
「血の匂いがすごいわね… どうして、こんなに人を殺せるのよ!」
尭姫は咽返る血の匂いに我慢できずに鼻と口を左手で抑えている。
「こんな事をするやつが相手なら、僕達も遠慮する必要はないね。もっとも、手を抜く余裕もないだろうけど」
晴明は、そう言うと上階から絶えず聞こえてくる激しい戦闘音とその度に揺れる天井を見ながら、敵が強敵であることを再確認する。
「早く2階に上がろう」
俺達は薄暗い中、2階に続く唯一の階段を発見して、それを駆け上がろうとするが晴明が救援に焦る俺と尭姫を制止する。
「待って、二人共! まずは式神を先行させて、二階の様子を見よう」
晴明が式神に命じると白い犬は階段を駆け上がって行くが、2階に出た途端に先程外で見た極太のビームのような魔力攻撃に襲われ一瞬で消滅する。
「これから式神を二体時間差で向かわせるから、智也はあの魔力攻撃の発射間隔の時間を計って欲しい」
「わかった!」
俺は自慢の腕時計のストップウォッチボタンに指を掛けて準備する。
すると、晴明は式神を二体呼び出して時間差で2階に向かわせる。
一体目は先程と同じ様に攻撃を受け消滅するが、二匹目は無事に二階に辿り着き、暫くしてから魔力ビームで消滅する。
「約15秒だな」
「じゃあ、一体目の式神が攻撃を受けたら、15秒以内に急いで2階に上がって、姿を隠せそうな所に身を隠そう」
晴明が一体目の式神を二階に向かわせ、攻撃を受けさせると俺達は急いで階段を駆け上がるが、2階に到着した俺達が見た光景はもっと凄惨なものだった。
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