1-6  生存者



 2階は仕切りがなく、広い空間に柱が数本立っており、神殿のような印象を受ける。

 だが、戦闘によって柱は数本壊れており、外壁も数カ所破壊されている。


 床には突入した小隊員の死体が横たわっており、その光景は神殿と呼ぶにはあまりにも禍々しすぎる。


 小隊員の死体は、先程外で見た極太魔力ビームで攻撃を受けた為に、体の部位が消し飛んで損壊しており五体満足なモノはなかった。


 そして、2階の中央辺りを見るとそこには、体長2メートルくらいの筋骨隆々の頭から二本の角が生えた魔物が立っている。


「まさか… こんな短時間で、残りの皆は全滅したの!?」


 尭姫は辺りを見て驚きの声を上げながら、冷静に辺りを更に見渡して残っている柱の影に身を隠し、俺達も同じく別の柱に身を隠すが階段の周りに遮蔽物が無かったので、俺達の居場所はバレている。


 そのため次の魔力ビームが来る前に、移動しなければならない。


 俺は右手でコートのポケットから、文明の利器M34発煙手榴弾を取り出すと左手でピンを抜きながら


「これから発煙手榴弾を投げるから、その間に別の柱に移動してくれ!」


 そう言って、魔物に向けて発煙手榴弾を転がす。


 発煙手榴弾は暫く床を転がると白煙を勢いよく出して、魔物と俺達との視界を遮る。

 それを確認してから俺達はそれぞれ移動して別の柱に移動する。


 すると、部屋の中央から白煙を振り払いながら、魔力のビームが飛んできて、残っていたもう一体の式神を隠れていた柱ごと消し飛ばす。


「この視界で式神から狙ったという事は、敵は霊力(魔力)感知を持っているみたいだね。二人共、できるだけ霊力を抑えて!」


 晴明はこの視界不良の中で、霊力の塊である式神がまず狙われた理由を冷静にそう推察して、すぐさま俺達に霊力感知に引っかからないように霊力を抑える指示を出す。


 俺達は霊力をできるだけ抑えてから、柱の影から魔力ビームが飛んできた部屋の中央を覗き込み魔物の姿を再確認する。


 そして、各々その魔物について語りだす。


「あの姿、アーク… デーモンか?』

「教祖が魔王に魔力を貰って、『支配級魔族(アークデーモン)』になったって事?」


「力を与えたのが魔王か支配級魔族級の魔物かはわからないけど、恐らくそうだと思う。でも、まだ力を与えられて『アークデーモン』への変化の途中じゃないかな…。背中にまだ翼は無いし、角も短い、何より体躯もまだ小さい…。 いや、アレは鬼かも知れない!」


 晴明は『鬼』ではないかと推察するが、今は正直どうでもいい。


「どうする、みんなの仇を取る?」

「『アークデーモン』なら、今の僕達では無理だよ」


 俺達が2階に到着するこの短期間で、残っていた味方が全滅している以上、その強さは俺達では対処できないのは明白である。


「晴明の言うとおりだ。ここは悔しいけど撤退する― っ!?」


 俺がそこまで言った時、隠れている柱に魔力ビームが飛んできて、俺は間一髪横に回避するがアークデーモンは魔力ビームを放出したまま逃げた俺の方にスライドさせる。


「マジかよ!? 霊力感知の話はどうなった!? って、弾倉か!」


 俺が狙われた理由は、とても単純でズバリさっき晴明に弾倉に込めて貰った霊力が探知されただけである。


 尭姫は霊力を抑えたのと同時に刀に込めていた霊力を分散させたが、他人の霊力は分散させることは出来ない。


 これが、他人に霊力を込めて貰うリスクの1つである。


 後ろから追いかけてくる魔力のビームから逃げる為に、柱の後ろを走り続ける。


 その目的は、柱で姿を隠してアークデーモンの視界を遮り命中率を下げる為だが、ヤツはお構いなしに魔力ビームをスライドさせて、柱と外壁を破壊しながら俺を追い詰めてくる。


 俺の愛用銃であるバトルライフル型の魔力銃は、本来なら距離を取ってサイトで狙って撃つのだが、今回は移動しながらの室内戦であるため腰だめ撃ちで単発撃ちしていく。


 なにより魔力ビームに追われながらでは、サイトを覗いて狙っている余裕がないためで、銃床を腰に当て腰だめ撃ちをおこなうしかなかった。


 単発撃ちなのは、走りながらの連射だと反動で命中しなくなるからである。

 とはいえ、奴の周りは先程の発煙手榴弾の白煙が残っており、命中しているかは解らない。


 俺が走っている辺りは、発煙手榴弾から離れているので煙は少なく、お陰で柱にぶつかること無く走ることが出来ている。


「早く弾倉を捨てなさいよ!」

「わかっている!」


 弾倉を捨てずにいたのは、二人と充分に距離を取るためで、そうすることで捨てた弾倉が明後日の方向に転がって二人に被害が及ぶという可能性を減らすためであり、俺はバトルライフルから弾倉を外すとアークデーモンが隊員との戦いで、壊した外壁から外に向かって弾倉を放り投げる。


 すると、白煙で視界が遮断されているアークデーモンは、魔力感知で探知し続けていた弾倉をそのまま狙い続けて、魔力ビームを俺から外に向ける。


「どうだ! 俺の逃げ足の速さは! 無事に逃げ切ったぞ!」


 俺は先程までの命の危機による精神的圧力とその開放からの喜びでそう叫ぶ。


「それ… そんな威勢よく言うことじゃないわよ… 」


 イヤホンから呆れた感じで、尭姫のツッコミが聞こえてくる。


 魔力ビームからひとまず開放された俺は、薄く立ち込める白煙の中、気配を隠しながら近くの柱の影に隠れると大きく息を吐いて心を落ち着かせる。


「智也、大丈夫かい? 怪我はしていないかい?」

「ああ… 何とか」


 晴明の第一声は俺を心配するものであったので、


(晴明… オマエが女の子なら、この戦いが終わったら告白するのに!)


 心の中でそう思っていると自分が隠れる柱から、2つ先の柱の床に身を屈めている人間を発見する。


 最初は白煙でよく見えなかったので、それを隊員の死体かと思っていたが、よく観察していると微かに動いたので、生存者であることに気付き敵に見つからないように身を屈めながら近づくと安否確認の為に、敵に声で気付かれないように小声で話しかける。


「退魔庁所属の退魔官です。大丈夫ですか? 怪我はないですか?」


 床に両手で頭を抑えて身を屈めていた生存者は、俺の声に反応して顔を上げる。


 15~16才くらいの少女で、髪は綺麗な白金色、白い肌と青い瞳を持ち、その印象は言葉が悪いが全体的に白く、一目で外国人だとわかり、恐らく生贄のために拉致された外国人であろう。


「退魔庁所属の退魔官です。大丈夫ですか? 怪我はないですか?」


 もう一度同じ言葉をかけるが、少女は言葉がわからないのか「???」と言った感じで、俺の方を黙って見ている。


(こんなことなら、せめて英語を習っておくべきであった…)


 俺は少し後悔しながら、二人に生存者が居ることを伝える。


「尭姫、晴明、生存者を発見した。外国人の女の子で、おそらく情報にあった生贄のために拉致された外国人だと思う」


「何かあった時のために、生贄にする人を多めに連れてきていても不思議ではないね」


 晴明の言う通り生贄を666人丁度しか用意していなかった時、1人でも逃げられたら全ては水泡に帰してしまう、そのために余分に人数を集めている方が自然と思われ、少女はその生き残りであろう。


 俺達は既に生き残りはいないと思い込んでいたが、前述の推察が正しければ生き残っている人が他にもいるかも知れない。


「だったら、他に生存者がいるかも知れないわ。晴明君、探知の術で探してみて」


 尭姫もその事に気付き晴明に探知の術を依頼するが、彼からはこのような返事が返ってくる。


「このまま術を使えば、アークデーモンの霊力(魔力)探知に引っかかって、攻撃を受けるから、その間注意を引いて欲しい」


 俺達が今襲われていないのは、白煙による視界遮断と柱の陰に隠れて霊力を抑え込んでいるからで、術を使えば霊力探知で敵に発見されるであろう。


「私がアイツの注意を引くわ」

「いや、俺が注意を引きつける」


「何を言っているのよ! アンタの力では…」


「注意を引くことぐらいなら、銃を持った俺のほうが適任だ」

「確かに遠距離からのほうが安全だね」


「二人がそう言うなら……」


 俺と晴明の意見を聞いた尭姫は、囮役から大人しく引き下がる。


 だが、本当のところ囮役には、俺よりも霊力と身体能力の高い尭姫が担当したほうが生存確率は高い。


 普段は近代兵器を使わず刀や弓を使用している者を、『古臭い懐古主義』と馬鹿にしているのに、自身は『危険なことは、男がするもの』という古臭い考えを持っている。


 自分で矛盾していると自覚しながら、俺は女の子の尭姫に危険なことはさせたくないと囮役を申し出たのでて、晴明もその気持を察して援護してくれたのであった。


 尭姫は霊力も身体能力も優れている自分が囮役をしたほうがいいと考えたが、智也が霊力の低さで苦しんでいることを幼い頃から知っている彼女は、『霊力は自分のほうが優れている』という彼を傷つけてしまう言葉を口にすることが出来ず、大人しく引き下がるしかなかった。

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