1-2 退魔官





 <退魔庁本部庁舎>は皇居の鬼門・北東に建てられているが、あそこは十二神将と呼ばれる凄腕の人達や偉い人達、将来を約束されたエリート達がいる所であり、俺達のような新米の下っ端は郊外の駐屯地で訓練の日々である。


 俺が配属されている駐屯地は伊勢神宮の近くにあり、そこで魔物討伐の任務と日々訓練をこなす。


 広大な駐屯地内にある訓練場の一隅にある射撃練習場で、俺は日課の射撃練習を行っていた。


 俺が使用する愛用銃は、<スプリングフィールドM14EBR>に似たバトルライフル型の霊力銃で、本来は弾倉に霊力を込めて撃つのだが、今は練習なので普通に撃っている。


 右肩に銃床をあてサイトを覗き込み300メートル先の目標に照準を合わせ、引き金を引き単発撃ちで、一発一発標的の中心に的確に命中させる。


 俺の身体能力は一般人よりも優れているが、霊力は低いために退魔師としては劣等の烙印を押されてしまっている。


 そのため霊力の少ない俺は、せめて射撃の精度を高めようと考え、日々射撃の腕を磨いていた。


 それなら身体能力を活かした別の職に就けばいいのだが、劣等扱いする父親と周囲、そして、何より祖父を見返してやろうと変な意地を出してしまい退魔師の道を目指してしまった。


 もし、霊力が全く無かったなら、俺は退魔師になることを諦めていた。

 だが、最低ではあるが霊力を持っており、霊力は訓練次第では増やすことができる。


 その希望を盲信して今日まで訓練を続けて来たが、霊力の上昇はとっくに頭打ちしており、霊力は退魔師として才能の無い一般人と同等かそれより少し高いくらいである。


 射撃技術を磨いても霊力が低ければ、退魔師として意味はないのではないか―


 俺はその事実に抗うために訓練を続けていたが、頭のどこかではこれ以上は退魔師として成長しないと解っており、ここ数年は訓練に徒労感を覚えるようになり、心が摩耗していくのを感じていた。


 今思えば、この頃から<誇れる死>というのを考えていたのかもしれない。


 俺は弾倉を空になるまで撃つとセレクターを安全にして、銃口を下げると退魔学校同期の佐藤が双眼鏡片手に話しかけてくる。


「殆ど標的の真ん中だな。智也は相変わらず良い腕をしているな」


「まあ、休日以外は毎日練習しているからな。とはいえ、射撃能力はバズーカや対戦車ランチャーを使えば、意味ないけどな。対物ライフルなら、まあ…」


 この世界では、霊力(魔力)さえ込めれば重火器は充分有効な兵器となり、現に先進国(アメリゴ合衆国やルーシア連邦)では魔物退治に戦車や大型砲の装填手が弾を装填する時に魔力を込めて、砲撃するという戦い方などをして戦果を上げており、5年後の『大厄災』で近代兵器の戦力は期待されている。


 だが、日本皇国では今でも銃や近代兵器より、歴史のある弓、刀(近接武器)、術を使い戦う方が、退魔師が真の力を発揮できるという思想が根強く支配しており、退魔部門への銃や近代兵器の導入が遅れている。


 確かに霊力が強く技も達人クラスの退魔師は、一般の銃を持った退魔師達一個大隊、一個師団よりも戦果は上げる者もいる。


 だが、もちろんそんな退魔師は極一部であるが、その戦果が近代兵器導入を遅らせる一因となっている。


 日本の退魔官(師)は基本的に、近接職、遠距離職、術職の三職に分かれており、これらは派閥となっており、三職は個人的には親しくしても集団となるといがみ合い派閥争いをしている。


 ※因みに智也が遠距離職、尭姫が近接職、晴明が術職である。


 つまり俺や尭姫、晴明のように三職が同じ組なのはかなり特殊であり、それは俺達がその3職を代表する家の出身というのもあるがもう一つ理由がある。


 退魔官は基本三人一組で、行動することになっているが、上記のことから同じ職3人で組むことが殆どで、その3組で分隊を組んで分隊長の指示の下、連携を取る形となる。


 最初はいがみ合いとなるが、魔物退治では連携を取らねば死に繋がるため、協調して戦うことになり、そうなると共に現場で命を掛けた戦友として、水面下では認め合うことになる者が多いが中にはこういう奴も当然いる。


「いいねぇ、遠距離職は国民の血税を浪費して、安全な後方から銃を撃つ楽な仕事でよ。俺達は魔物と肉薄しての危険な接近戦をしているのによ」


 刀をこれみよがしに腰に差した古参の近接職数名が、わざわざ演習所の側まで来て、俺達に大声で言い放ってくる。


 まあ近接職からしたら、あながち間違ってはいない意見だが、いつまでも時代錯誤で近接武器で戦っているのはそっちの勝手なわけであるので、こちらが大人しく聞く必要もない。


 俺達は弾倉を交換するともう一度射撃練習を始める。


 近接職達はまだ何か言っているが、射撃場は消音装置の装着していない自動小銃による発砲音と耳栓で俺達にはまったく聞こえないため、向こうもそれに気付いて立ち去っていった。


 射撃演習を終えた俺は演習場を後にして、庁舎の中に入ると所属班に割り当てられている部屋に向かうと中は慌ただしい雰囲気に包まれていた。


「また、魔物でも現れたかな」


 自分達のような新米には、二級三級程度の魔物討伐任務しか与えられず、しかも6~9人で戦う為に油断でもしない限りそう犠牲は出ないが、それでも実戦である以上命の危険は常に付き纏う。


 そのため2年もいると慣れると思っていたが、魔物出現となるとやはり緊張感と不安が全身を駆け巡ってしまう。


 部屋の中に入ると他の隊員達にも緊張をしているようで、そのため部屋は外より緊張感に包まれており俺の緊張も更に強くなる。


「どうやら、僕達にも出動が掛かるみたいだよ」


 そう俺に話しかけながら近寄ってきたのは、退魔師学校の同期でありスリーマンセルを組む<八咫 晴明(やた はるあき)>で、退魔師の前身である陰陽師時代からの名門出身で、その魔力(日本皇国では霊力)と陰陽術(呪術)は同期だけでなく退魔官の中でも高位に入る。


 勿論退魔師学校での成績も優秀であり、家柄を鼻に掛けない物腰の柔らかい謙虚な性格と中性的な顔立ちで男女から人気があり、将来のエリート退魔官が約束された人物である。


 同じ名家の出身でありながら、霊力の低さから退魔師学校で落ちこぼれとされた自分とはえらい違いであるが、何故か小さい頃より意気投合して親友となっている。


 まあ、エリートである晴明はあと1~2年で、<退魔庁本部庁舎>に栄転となると思うが…


 もう1人幼馴染に<草薙 尭姫(くさなぎ せいな)>がいるが、彼女も朝から訓練しているようで、まだ部屋に来ていないようだ。


 尭姫も同じ班でありスリーマンセルのもう一人で、当然退魔師学校の同期でもある。


 日本皇国における名門退魔師の家系は、主に晴明の家のように霊力の強い陰陽師家と俺や尭姫のような、武士と呼ばれる身体能力の高い血筋に陰陽師の血を入れ身体能力と霊力、両方優秀な人物を排出する退魔士家に分かれる。


 その中でも八咫家は霊力特化で、草薙は身体(主に接近戦)能力と霊力に優れ、八尺瓊は身体(主に遠隔攻撃)能力と霊力に優れている血筋である。


 特に草薙、八咫、八尺瓊は三種の神器の名前を古の帝より賜る程の名門であり、『護皇三家』と呼ばれ、その血を受け継ぐ者は優秀なものが多く、政府の中枢に多くの人員を輩出している。


 そして、その三家は更に競走馬のように血統を混ぜて優秀な者を排出しようと、婚姻する事があり(もちろん自由恋愛で婚姻もある)、親戚関係となっている。


 そのため俺達三人は、幼い頃より親戚の集まりで出会っており、同い年ということもあって幼馴染として過ごしてきた。


「聞いた? 私達に出撃命令が出るみたいよ」


 出撃命令のために訓練を中断した尭姫が、部屋に戻ってくると俺達にそう話しかけながら近寄ってくる。


 それと同時に、部屋に備え付けられているスピーカーから、俺達の所属している小隊の隊長の声で聞こえてきて隊員に向けて出動命令が下される。


「第二小隊の隊員は、今すぐ出撃の準備をして、20分でヘリポートに集合するように!」


 出動命令を受けた隊員は、急いで部屋に設置されている自分のロッカーから、装備を取り出し装着すると部屋を飛び出してヘリポートに駆け出す。


 俺は既に練習の為に、バトルライフルと戦闘用の特殊製コートを装備しているので、ロッカーから個人通信用のヘッドセットとその他の装備を取り出して、装着すると勢いよくロッカーの扉を閉める。


 そして、振り向くとそこには同じく戦闘用の特殊製コートを身に纏った晴明と、近接戦で邪魔になるため裾が短めの特殊製コートを着て腰に退魔用の刀を腰に差した尭姫がそこに立っていた。


「智也、ちゃんと出撃準備を済ませたの? 忘れ物はない?」


 尭姫が、両腰に左右の手の甲をそれぞれ当てるツンツンキャラ全開のポーズで、俺に話かけてくる。


(オマエはお母さんか!)


 俺は口でそう言うのをグッと堪えると心の中でそう突っ込む。


 決して余計なことを言って、尭姫の激しい口撃を受けるのが嫌で、情けなく黙った訳ではない。



 ######


 ※近接職

 その卓越した身体能力で、霊力を込めた武器で強力な攻撃を連続で加え、更に魔物の近くで戦うために必然的に一番狙われることになり、それを利用して魔物の注意を惹きつけて他二職から魔物の注意を逸らす役目もある。


 それ故に一番危険な最前線で戦う自分達こそ一番と考えている。


 ※術職

 霊力(魔力)を使った術による攻撃、援護、サポートが主な役割であり、術者によって強力な術で攻撃したり、式神を使役したり、呪符でサポートしたりと多種多様である。


 ※遠距離職

 接近戦をする近接職を援護する役目で、霊力を込めた弾もしくは矢を射ち込む。


 昔は弓で戦っていたが、21世紀の今では銃の発達に伴い銃を使用する者は多いが、身体能力が強化された血筋の弓の達人なら銃よりも強い事もある。


 そのため今でも弓を使う者はいて、今も伝統を重んじる日本では銃使いよりも、弓使いの方が格上という謎の風潮がある。


 智也はもちろん銃を使う。


 ※編成

 組は基本同じ職種3人で組み、分隊はその三職混合3組による9人か、同じ職種3組の9人であり、小隊は54人+隊長1+副隊長+1+救護専門4人の60人である。


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