デモンブレット ~落ちこぼれ退魔師は、魔物と契約して運命を撃つ~

土岡太郎

1-1 プロローグ




 時は2023年、舞台は異なる歴史を歩んだ平行世界の地球―


 平行世界ではあるがテレビもあれば携帯電話も空には飛行機も飛んでおり、街には車や電車も走っている。


 違いがあるとすれば、世界には魔物が存在しているということである。


 だが、先人達の尊い犠牲と弛まぬ技術研究のおかげで、街には結界が張られており魔物は結界の張られていない山奥や人のいない土地に魔界から現れ、その魔物との遭遇率は熊などの猛獣に遭うのと同じぐらいで、街の中では雷に打たれる確率と同じくらいだと政府は発表している。


 そして、この並行世界では魔物を退治する職業<退魔師>がおり、世界各国にはその<退魔師>によって結成された<対魔物組織>が存在する。


 もちろん平行世界日本である<日本皇国>にも、その魔物を退治する為の機関<退魔庁>が設置されており、そこに所属する者は<警察官・消防官>のように<退魔官>と呼ばれる。


 主人公である<八尺瓊 智也(やさかに ともや)>も、<退魔庁>所属2年目の<退魔官>であった、一週間前までは…


 一週間前に参加した作戦で、部隊は隊長を含めて大半が殉職し、討伐対象には逃亡されるという散々たる結果の責任を負わされるという所謂<犠牲の羊>にされた訳である。


 その理由は、俺が退魔官として魔力(日本では霊力と呼称されている)が、最低な量しか持っておらず、居なくなっても組織として痛手にならないとなったからである。


 しかも、それを決定したのがそんな自分を<家の恥>と疎んでいた身内だというのだから、救いがない…


 そして、現在―


 危機的状況に陥っている…


 俺は一週間前に逃した魔物が再び姿を表したと聞いて、元の仲間の仇を取るために戦いを挑み予想通り返り討ちに遭い、更に脇腹部に傷を負ってそのまま地面に背中から倒れ込む。


(今度こそ… 死んだな… )


 脇腹に傷の痛みを感じながら、俺は虚無感にも似た気持ちのまま空を見ていた。


 空を見ていると俺を否定してきた爺さんに、過去に言われ続けてきた言葉が脳裏に浮かんでくる。


「お前の霊力では、退魔師になってもすぐに死んで、我が家の名を傷つけるだけだ」


(爺さん… 仲間の仇を取るために、戦って死ぬんだから、そんなに悪い死に方じゃ無いだろう…)


 頭の中の爺さんの言葉に意味はないが反論する。


 次に親友の八咫晴明(やた はるあき)に、先程言われた言葉が浮かんでくる。


「智也…。もしかして、自分の死に価値があるような死に場所を求めていないよね?」


(晴明… お前には、お見通しだったな… 相変わらず、優秀なやつだな…)


 仲間の敵討ちがしたかったのは本心ではあるが、自分でも退魔師として先がない事が解っていた俺は、俺を否定し続けてきた爺さんが少しでも見直すような<誇れる死>を望んでいたのかもしれない… 


 そして、親友はその事に気づいていたのかもしれない…


 今度は幼馴染みの草薙尭姫(くさなぎ たかひ)の言葉が、頭の中にこだまする。


「やっぱり、晴明君の言う通り、死にかけているじゃない! アンタ、<名誉ある死>を望んでいるみたいだけど… 諦めなさい! だって、アンタは私が死なせはしないんだから! 望みが断たれて、残念だったわね!!」


(尭姫… そんな事言うなよ… お前や晴明と違って、才能のない俺はこうしないと…)


「アンタは才能がないかもしれいけど、その分努力してきたし、結果もそれなりに出しているじゃない!」


(俺の結果なんて、お前らや他の才能のあるヤツに比べたら…)


「だったら、死ぬなんて選ばずに生きなさいよ! 結果が出るまで、生きて努力し続けなさいよ!! それに、アンタが私に言ったんじゃない! 努力して自分達を見下すヤツ等をいつか見返そうって! ちゃんと、有限実行しなさいよ! 皆みたいに死んでしまったら、それもできなくなるんだから…」


 強い口調で俺を諭していた尭姫は、最後に仲間たちの死を思い出して言葉が詰まってしまうが、その言葉は全てに諦めかけていた俺の心に再び火を付ける。


 尭姫の言う通り、結論を出すには早いかもしれない。


 もう少し、頑張れば退魔師として活躍できるかもしれない、そうなる可能性は低いが死んでしまっては、可能性はゼロなのだから


(そうだな… 尭姫の言う通り、結論を出すには早いかもしれないな)


「そうよ、早すぎるのよ! 馬鹿じゃないの!?」


(しかし、相変わらずツンツンキャラだな…。 アレ? しかし、こんなツンツンセリフ聞いたことあったかな…?)


「だれが、ツンツンキャラよ!!」


 その言葉で、俺の意識は現実世界に戻ってくる。

 そして、俺は今の状況が尭姫に腕を引っ張られ、地面を引き摺られていることに気づく。


 つまり、俺は頭の中で過去の言葉と対話しているつもりが、いつの間にか現実の尭姫と問答していたことに気付き、彼女と本音で語り合ってしまった事実に、一気に恥ずかしくなってしまうが、引き摺られている身ではどうすることも出来ず顔を赤くするしか出来なかった。


 そして、その反応を見た尭姫も同じ気持ちになったのか、慌てて正面を向くと俺を引っ張りながら


「もう少し行った所に晴明くんが待っているから、回復してもらいなさい!」


 そう言うと、俺を引きずりながらビルとビルの隙間に入ると、そこに晴明が治療用の呪符を持って待機しており、尭姫は俺を地面に放置… もとい寝かせる。


「晴明くん、智也の回復をお願い」


「智也、大丈夫かい? 今治療するから! 呪符よ、癒しの光となって、傷を癒せ! 急急如律令!」


 晴明は治癒用の呪符に霊力を込めると呪符は温かい光を発して、尭姫が止血キットで応急処置してくれていた脇腹の傷を少しずつ回復し始める。


「傷はこれで暫くすれば治ると思うけど、失った血液までは戻せないから、出血量しだいでは少し貧血気味になるかもしれないね」


「ありがとう。晴明…」


 俺が治療の礼をすると晴明は、何かを感じ取ったのか厳しい表情になり、俺達にこう告げる。


「囮の式神4体が、全てやられたみたいだ…。不味いね、このままだと霊力感知でこの場所がバレて、ここに来るのも時間の問題だよ…」


 敵には霊力感知があり、俺の治療で晴明が霊力を使い続ける限り、この場所は補足されるであろう。


「私が時間を稼ぐから、晴明くんは智也の回復をお願い!」


 尭姫は、晴明にそう告げると腰に差していた刀を抜き、来た道を戻っていく。


 5分ぐらいして、新しい治療用の呪符に魔力を込めると晴明はそれを俺に渡して、


「尭姫ちゃんだけでは厳しいと思うから、援護に行ってくるよ。ここには一応結界を張ってあるけど、智也はこの呪符で傷を回復させたら、できるだけ遠くに逃げて」


 そう言って、尭姫の後を追いかけていった。


 貰った呪符を傷口近くにあてながら、地面に倒れている俺はビルの隙間から見える空を眺めながら


(早く傷を治して、二人の援護にいかないと…)


 そう思っていると、さっき俺が連れて来られた方向から声が聞こえてくる。


「ん!? 今、何かバチッっとしたな? 何かあったのか?」


 その相手はこのように少し呑気な感じで言ったが、俺はその言葉を聞いて一瞬で背筋が凍る。


 何故なら、バチッとしたということは、この発言者に晴明が張った結界が反応したという事で、それは即ちこの発言者が<魔物か魔族>であることを意味している。


 更に付け加えるなら、優秀な晴明の結界を何事もない感じで破った事から、<強力な力>を持っているということである。


 俺はその言葉を発した相手を確認するために体を起こそうとしたが、脇腹の傷口がまだ痛み起き上がることが出来なかった。


(ヤバイ…!!)


 足音が近づいてくるのが聞こえると、さっきまで死を受け入れていたのに、生きようと考え直した途端に死ぬのが急に怖くなってしまう。


 地面に倒れて焦っている俺に足音の主は、近寄りながら相変わらず呑気な感じでこう話しかけてくる。


「なんだ、智也。呑気に昼寝でもしているのかと思えば、怪我をしているのか? ということは、予想通り返り討ちにあったみたいだな」


(俺の名前を知っている…? そう言えば、この声聞いたことがあるような…)


 この聞き覚えのある声の持ち主と一致する者を、頭をフル回転させて記憶の中から探していると足音が更に近づいてきて遂に体の側で止まる。


 俺は頭の中で行っていた記憶と声の照合を中断させて、固唾を飲んでから声の主が立っている方向に首を傾ける。


 すると、地面から見上げた先にいた者を見て、俺は思わず声を上げる。


「誰!!?」


 そこに立っていたのは、全く見覚えのない体は人間と同じだが頭は象という魔物であった。


「誰!? とは酷いよ。せっかく智也がピンチになって、私の助けを<鼻を長くして>待っていると思って来てあげたのに…   象なだけに!」


 恐らくチャームポイントであろうその長い鼻を機嫌よく左右に振りながら、象なので表情は解らないが、恐らくドヤ顔でこの上手くもない事を言ったに違いない。


「ん? どうした、智也? 面白くなかった? 牙を長くしてのほうが良かったかな~」


 謎の象頭の魔物はこの危機的状況に終始この緩い感じでいるため、さらにイラッとするが今の所敵意は持っていないようなので、俺は怒らせて敵対しないようにこの苛立ちを抑えながら会話を続けてみることにした。


 見た目はリアル象ではなくキグルミ身の象に近いため、可愛らしい姿をしており、機嫌良さそうに鼻を左右に振る姿は愛くるしく、思わず頭を撫でたくなる。


 このような状況でなければ!!


「あの~、すみません。おれ― 僕はアナタのことは存じ上げないのですが、どこかでお会いしましたか?」


 俺は記憶を探ってみたが、やはりこんな象頭に会ったこともないので、できるだけ機嫌を損なわないように、それとなく正体を訪ねてみる。


 何故ならば、先程も述べたが余計な事を言ってこの象頭の機嫌を損なえば、今は気分良く左右に振っている鼻を俺の頭に振ってくるかもしれない。


 そうなれば、俺の頭はおそらくスイカ割りのスイカ以上に弾け飛ぶであろう。


「どうしたの? そんな他人行儀な― ああ… そうか… 智也にはこの姿を見せたのは、初めてだったね。では、ヒントその1 私と智也は、ちゃんと面識のある知り合いです! しかも、仲はいいと少なくとも私は思っています! それでは、シンキングタイム!」


(どうして、急にクイズ番組みたいになっているんだ!? しかも、微妙にヒントになっていない! あと、途中から偉そうキャラ放棄して、口調が普通になってますよ)


 象頭は楽しそうに、シンキングタイムの演出なのか鼻と一緒に体を左右に揺らしており、その姿は可愛らしい。


 このような場合でなければ、微笑ましく見るところだが、状況が状況だけにその様子に俺はまたイラッとしてしまうが我慢して象頭の正体を考える。


 そのため俺は、俺は一刻も早く尭姫や晴明の援護に向かいという焦る気持ちを押えながら、傷が回復して走って逃げられるようになるまでは、冷静に過去を振り返りこの象頭の正体を探ることにした。

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