異世界裁判~ある裁判所の一事件~

霧雨

1件目「魔術師不当追放裁判 前編」

 カン、カン。重苦しい空気が満ちる広間に、ガベル(裁判で用いられる木槌。)を打ち付けた音が響く。


「ただいまより、『魔術師不当追放裁判』の開廷を宣言いたします。皆様、ご起立ください。」


 ここは「リートス高等裁判所」。私たちの世界には存在しない全くの別世界。いわゆる『異世界』に存在する、ちょっと不思議な裁判所だ。


 ここでは、異世界における事件や揉め事を解決するための、特別な裁判が行われる。


 これは、そんな裁判所における、ちょっと不思議な一件を記述した物語である。


~冒頭手続~


「それでは、原告人及び、検察官、入廷してください。」


 法廷の奥にでんと構えている、なかなかに勇ましい表情をした裁判長が、威厳あふれる声で言った。


 その直後に、スーツ姿の検察官が3~4名ほど、その後ろには黒いローブを身にまとった、少しおどおどした白髪の、18歳ほどの女性が入ってきた。彼女が、今回の原告の魔術師「ルクティン」さんだ。


「それでは、被告並びに、弁護人、入廷してください。」


 その後ろから、勇者らしからぬ、黒い私服を着た、いかにも重苦しい表情の勇者が、赤い肌の竜人弁護士に連れられて入廷した。


 魔術師はその様子を見て、少しうつむき、すすり泣く声を出す。相当嫌な思いをしたのだろうか?


「では被告人、お名前と職業を。」


 裁判長の隣に座っていた、いかにも真面目そうな若い人間の裁判員が質問した。


「はい、私は「アレス・マクガフィン」。年齢は22歳。勇者ギルド『星の一団』所属の勇者です。」


 勇者の名は「アレス・マクガフィン」。一見するととても若い見た目の伊達男。金髪で右の頬には十字の傷。左手には勇者の証。とてもではないが、悪いことをする人間とは到底思えない。


「わかりました。では原告側は訴状を読み上げてください。」


「くっ……くくっ……ううっ」


 子犬のように震え、すすり泣く魔術師を、憐みの目で見つめたエルフ耳の女性検察官が、ゆっくりと巻物を広げ、その内容を読み上げた。


「えー、被告アレス・マクガフィンは原告ルクティン・アレスターさんに対して、不当な理由で勇者パーティから追放しました。被告は常日頃から彼女やほかの仲間に対して『役立たず』、『使えないクズ』と誹謗中傷をしており、時には暴行を加えることもありました。彼女以外にもその被害者はいますが、被告は特にルクティンさんに対しては執拗に行っておりました。そして被告は人間界単位で5か月ほど前、『使えない上に、反抗的な顔が気に食わない』という理不尽極まりない理由で彼女をパーティから不当追放しました。これは、異世界刑法第37条の『パーティ不当追放罪』と異世界刑法第11条『パーティ暴行及び侮辱罪』に当たります。したがって、この陰湿で凶悪極まる犯行に対しては、『10年の強制労働』及び『勇者ギルド無期限追放』を要求します。」


 一通り検察の訴状読み上げを聞いて、ざわざわと周囲からは不平不満、勇者への批判の声が響きだす。世の中には、こんな奴がいるなんて、と思う観覧者が多くいたのだろう。


「うあああああああああぁぁぁ……!」


 ここで、先ほどまですすり泣いていた魔術師の感情が爆発したのか、大声をあげて泣き叫び始めた。


「かわいそうだろ!!」「何てクズ野郎だッ!!」「死刑になっちまえ!!」「お前なんか勇者どころか、知的生物として失格だァーーーッ!!」


 観覧者も、胸糞悪くなったのか怒号を上げて勇者を罵る。罵声、雑言、暴言、中傷、批判、冒涜。あらゆる負の言葉が勇者を襲う。その声を、勇者は黙って聞いていることしかできなかった。


 カン!カン!ガベルを叩く音が周囲に響く。裁判長の威厳もあってか、その音はまるで霹靂の如く。


「静粛に!……気持ちは理解できますが、ここは法廷であり、公正な場です。たとえ被告であろうとも、被告を侮辱する行為は許しません。次に被告並びに原告への侮辱行為を行った者は退廷していただきます。」


 裁判長の一声で、周囲の怒号がやむ。____しばらくの静寂の後、裁判長は静かに声を上げる。


「では被告、今検察官が上げた内容に、間違いはありませんか?」


 暫くの沈黙の後、勇者ははっきりと声を出して言った。


「……はい、間違いありません。」


「弁護人の意見は、ありますか?」


 続いて、赤い竜人の弁護人が立ち上がって、ゆっくりと供述した。


「はい、確かに被告の言う通りです。しかし、今回の事件に関しては追放に対する不当性は一切ありません。原告はパーティに入って以来、大きな成果を出すことができず、かといってサポートもままならない。被告が追放を命じたのも無理はないかと思われます。更に誹謗中傷においても、被告は事実を述べたまでであり、暴行も平手打ち程度のものであります。従って、今回被告が行った行為には何の落ち度もありません。被告を強制労働させたり、ギルドから追放するのは、過剰な刑罰。言ってしまえば私刑の領域ではないかと思われます。」


 その横の観覧席で、勇者パーティの一員であろう弓使いと重騎兵はうなづいている。その瞳には、勇者に対する絶望か、或いは自分たちへの保身のためなのか、ハイライトがない。


~冒頭陳述~


 その後、被告たる勇者に対して一通り黙秘権などの説明が終わった後、人間界単位で50代ほどの、典型的な老魔女のような女性裁判官がこう言った。


「それでは検察官。冒頭陳述をお願いします。」


 それに対して、体つきががっしりした、オークの検察官が、今回の事件で何があったのかを供述し始めた。


「えー、事の発端は8か月前から始まります。ギルド『星の一団』所属の勇者、アレス被告は、攻撃系魔術でしか倒せないA+級モンスター『マジクドラゴン』の討伐をギルドから依頼され、その討伐に苦戦していました。彼のパーティには『戦闘魔術師』と呼ばれる存在がいなかったのです。自分を除いて当時いた役職は、弓使い、重騎兵、斧戦士そして、回復魔術師でした。そこで彼は当時レイス魔法学院の中でも上位にいた魔術師、ルクティン原告をパーティに入れました。」


「戦闘魔術師たる原告を入れたパーティのその後は素晴らしい物でした。マジクドラゴンの討伐にも成功し、ギルドの中でも名を知らぬ者はいないというレベルにまで、名声は達しました。」


 ここまでの陳述から察するに、原告のルクティンは相当腕のいい魔術師だという。ここだけ聞いていると、余程のことでもない限りは追放されるような人物ではなさそうだ。


「しかし、6か月前からパーティ内の様子がおかしくなっていきました。被告は今まで原告がいなければ倒せなかったマジクドラゴンの討伐を、まるで自分1人の力で倒したかのように周囲に言いふらし始めたのです。これには、仲間やルクティンさん本人も『それはまずいのではないか』と注意していましたが、その時にはパーティの、否、パーティの顔たる被告の名声は、誰も届かぬところにまで達しており、誰も彼に文句が言えない状態になっていました。彼も段々と傲慢になっていき……後は訴状の通り仲間、特に原告への誹謗中傷と暴行、不当追放を被告は行い、これを不服に思った原告は起訴、そして、今に至りました。」


 この陳述を要約すると『なかなか倒せなかったモンスターをほとんど原告のおかげで倒せたのにもかかわらず、被告は自分が倒したと言いふらし、それを止め、注意した仲間、特に原告を苛め抜いて追放した。』というものである。


「わかりました。被告並びに弁護人、陳述に間違いはありますか?」


 勇者は、ゆっくりと重い口を開く。


「はい、間違いありません。」


「やっぱりそうじゃねーか!!」「てめぇふざけやがって!」「〇すぞ!」「貴様なんざこの世の汚物じゃけぇ!!」


 再び、罵声が響きだす。さっきよりも増して、どす黒い殺意に満ち満ちた暴言の弾丸が法廷に飛び交う。


 カンッ!!カンッ!!


「静粛に!!先ほど暴言を吐いた方、退廷!」


 周囲の警備員が暴言を吐き散らかす傍観者を退廷させている間、ずっと勇者はうつむいたままだった。その顔に、光はない。


~証人尋問~


 陳述が終わった後、リザードマンの検察官はこう言った。


「裁判長、ここで証人を入廷させてもよろしいでしょうか?」


「分かりました、では証人は、入廷してください。」


 すると、検察側の方にあった黒い木の扉から、真面目そうな筋肉質のオーガが入ってきた。その赤膚の顔と額に生えた黒く大きい角には戦いでつけられた古傷がいくつも刻まれており、歴戦の戦士のような雰囲気を漂わせる。


「デイビッド・メル。アレス・マクガフィン・パーティの元・斧使いです。」


「デイビッドさん、貴方は先ほど、元・斧使いと仰っておりましたが、その「元」とはどういう意味でしょうか?」


 デイビッドと名乗る男は、重く低い声で供述を始めた。


「はい、私は原告同様、被告に不当に追放されました。理由は、原告が被告にいじめを受けている事実を聞き、そのことを被告に告発したところ、喧嘩となりました。被告にかなりの罵倒を受けた挙句、原告同様、追放されてしまいました。」


「そのいじめの内容について、説明をしていただけるでしょうか?」


「はい、具体的には執拗な暴行や罵詈雑言。陰口も言われていました。人間の子供、悪ガキが弱い者いじめをしているのと大差変わりません。しかし、彼はそれだけではなく、ある時は魔術師の目の前で魔術書を切り刻んだり、ある時は強姦をしようとしていました。時には『早く出ていけばいいのに』とか言っているときもありました。こんな調子ならば、彼が不当追放をするのも無理はないでしょうな。」


 斧使いは、被告が行った陰湿極まる犯行を淡々とつぶやいた。勇者は、それを聞いて、絶望しきった表情をしている。


「以上です。」


「被告代理人、何か意見はありますか?」


「はい、1つ質問をしてもよろしいでしょうか?あなたが原告にいじめを受けているといわれたのは、どこでしょうか?」


 赤肌の竜人弁護士が、斧使いに問い掛ける。


「はい、詳しい場所までは言えませんが、ギルド直属の酒場だったような気がします。」


「ではもう1つ質問を。デイビッドさん、これをご存じでしょうか?」


 赤肌の竜人弁護士は、斧使いの前にあるものを提示する。


 魔術書は緑色の表紙に金色の装丁、名前は魔術文字で『ジュラミ』と書かれている。一方の酒瓶は色のついていない代わりに、すりガラスでできているのが特徴、ラベルには『魔神』と書かれている。どうやら焼酎のようだ。


 デイビッドは、少し不思議そうな表情をしている。しかしその感情は半分だ。もう片方は理解している。少しうれしさも含めて。


「……酒の方は。この酒は僕の好物でもあります。」


 それを聞いて、弁護士は説明を始める。


「なるほど、この魔導書は『ジュラミの魔導書』と言って、簡単に言うと『対象に幻覚を見せる上位魔法』で、これはあなたがよくこの焼酎を飲んでいた場所で発見された魔術書です。そしてあなたが被告と喧嘩していた時、あなたは酔っていたと近くにいた弓使いが供述していました。つまり、あなたが喧嘩をしていたのは勇者本人ではなく、勇者の幻影だったのではないでしょうか?このお酒も焼酎にしては相当度数の高いものでしたので、なおのこと幻影か実像かがわからなくなりますし。」


 これを聞いて、リザードマンの検察官は反論を始める。


「異議あり!たった今の弁護人の供述は全くの憶測です!」


「いえ、これらの物品は本件の証拠品として挙げられていますし、これは証人の信憑性についての質問です。」


 裁判長は弁護人の方を向いて


「認めます。続けてください。」


 と、供述を続けるように命じた。


「そして、この魔術書は上位魔法、相当手慣れの魔術師でもない限り扱えない代物。それを扱えるのは原告のみとなります。したがって、今回の事件は被告を貶めるために原告が行った、いわゆる『対勇者詐欺罪(勇者並びにそのパーティに対する虚偽申告・詐欺罪、第1級犯罪)』の可能性があると思われます。以上です。」


 _______突如浮かび上がった『原告が嘘をついている』という疑惑。被告の表情に希望はないように思えたその顔を、被告はゆっくりと上げる。表情は少し落ち着いているようだ。


 ____魔術師が嘘をついているのか?


 ____勇者が度し難い罪人だったのか?


 果たして、クロはどっちなのか?法廷がざわめく中、いよいよ被告人尋問が始まる……!


(後編へ続く)

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