第76話 娘さんが鍵を握っているらしい。

 9時30分発のスクールバスに乗り、学園から最寄りの駅まで30分。

 ここから鬱宮うつのみや駅までは、電車で約1時間だ。


 この計算だと、目的地には11時ごろに到着できるはずだが、東京と違って電車の本数が少ない為、待ち時間を含めると到着までに2時間以上かかるらしい。


 実際に、僕達が電車に乗れた時刻は10時40分だった。

 日曜日なので、平日より電車の本数が少なかったようだ。

 初めての婚活で遅刻してしまわないか、とても心配である。




「アマちゃん、なんで、ずっと黙ってるの? もしかして、緊張してる?」


 左隣に座るクリさんが、僕の顔を下からのぞき込む。

 マスクをしているので、クリっとした目が印象的です。


「そうですね。婚活は、今日が初めてですから」


 16歳で婚活を始めるオトコなんて、今の日本では、僕しかいない気がする。

 本当に他に誰もいなかったら、僕は国内最年少の婚活男子だ。


「ダビデ君でも緊張するんだぁ? 私で練習してもいいよ!」


 右隣に座る矢場やばさんが、僕の背中に腕を回し、左肩に手を乗せる。

 これは、友達同士のスキンシップで、学園内では、よく目にする光景である。


 ――でも矢場さん、ここは電車の中です。周りの人達が見ていますよ。


「ありがとうございます。それなら、会話の相手を、お願いします」


 クリさんと矢場さんは、今日も仲良く一緒に婚活をするそうだ。

 目的地は、僕と同じ鬱宮らしい。


 僕が真ん中に座っているのは、クリさんの「アマちゃんが真ん中ね!」という一言に矢場さんと僕が従った為で、僕が2人を両隣に座らせたわけではありません。


 それにしても、これは結構目立ちますね。

 制服を着た男子高校生の両側に、小柄でかわいい子と、フェロモン強めの子。

 どちらも、セーラー服が似合う女子高生。

 しかも、地味な冬服ではなく、スカートの短い夏服です。


 僕達は3人で遊びに行くんじゃなくて、「就職活動中」ですからね!


「矢場さんの、今日の婚活相手は、どんな方ですか?」

「今日はクリちゃんの番で、私は、ついてきただけ~」


「そうでしたか。クリさんの、お相手は、どんな方ですか?」

「30代の社長だよ。年収2千万だって! 子供3人ぐらいなら余裕だよね?」


「それは、すごいですね! 玉の輿こしじゃないですか!」

上手うまくいけばね。大きな声じゃ言えないけど、億越えを狙ってる子もいるよ」

「モエちゃんは既に億越え確定だし、先輩方でも億越えの人、結構いるもんね」


 年収2千万円でも十分すごいのに「億越え」狙いですか。

 脇谷わきたにさんの婚約者が「億越え」なのは、うわさには聞いていましたが。


 やはり、女子の皆さんは、レベルが違います。

 僕から見れば、年収400万円の相手でも贅沢ぜいたくなのに。


 それだけ、若い女性には価値があるということですね。


 少子化の原因は少母化であり、それを解決できるのは、政治家ではなく、優嬢学園の生徒達である――と校長先生が、おっしゃっていました。


 女子の皆さんが玉の輿に乗り、この国を救ってくれることを祈ります。

 微力ながら、僕も頑張って、少子化対策に貢献するつもりです。




『――次は、鬱宮、鬱宮です。お降りの際は、お忘れ物をなさいませんよう、ご注意ください』


 3人で楽しく会話をしているうちに、鬱宮へ到着。


 鬱宮の駅は僕が想像していたよりも大きく、迷ってしまいそうでしたが、クリさんと矢場さんのお陰で、無事に中央改札口に辿たどり着くことが出来ました。


「それじゃアマちゃん、頑張ってね!」

「クリさんも、頑張ってください! 矢場さん、今日は、ありがとう!」

「ダビデ君、ごき~!」

「あははは、ごき~!」


 東口方面に向かう2人とは、ここでお別れです。

 矢場さんの「ごき~」は「ごきげんよう」の略で、黒い虫じゃないですよ。




 西口には、約束の時刻の10分前に到着。人は多かったが見晴らしが良かった為、こちらに向かってベビーカーを押してくる女性は、すぐに発見できた。


 おそらく、あの女性が早乙女さおとめヤモメさんだ。 

 黒いベビーカーに白い服。髪は明るく短め。


 背の高さは、クリさんと同じくらいだろうか。

 写真では、もっと大きく見えたのに、意外と小柄だった。

 

 僕がマスクを外して近づくと、その女性もマスクを外す。

 間違いない。婚活サイトの写真と同じ顔だ。

 この人が「運命の人」かもしれないと思うと、とても緊張する。


「初めまして、優嬢学園の甘井ミチノリです! よろしくお願いします!」

「うふふっ、早乙女ヤモメです。今日は遠くから来てくれて、ありがとう」


 緊張しまくっている僕とは逆に、ヤモメさんは、とても落ち着いていた。

 これが「オトナの余裕」ってヤツですか。


 でも、この笑顔を見ると、こちらも笑顔になれます。

 やっぱり、笑顔って大事ですね。


「こちらこそ。誘ってくれて、ありがとうございます」


「写真の髪型と違っていたから驚いちゃった。マッシュも良く似合ってるね」

「驚かせてしまって、すみません。写真は2か月前に撮ったもので」


 そうか、この髪型にしてもらったのは、写真を撮った後だったか。

 婚活用の写真も、後で撮り直しておかないと。


「うふふっ、いいのよ。私の写真だって、2か月前のだもん」

「あははは、それじゃあ、僕と同じですね」


「ミチノリさんは、思ったより背が高くて、写真よりも素敵ね」


 これは本音なのか社交辞令なのかよく分からないけど、悪い気分ではない。


「ヤモメさんは、思ったより小柄で、写真よりも、かわいいですね」


 僕は思った通りの印象を、そのまま言葉で返す。

 年上の相手には失礼かも知れませんが、これは社交辞令ではないですよ。


「うふふっ、ありがとう。この子はどう? 私よりも、かわいいでしょう?」


 ヤモメさんは、ベビーカーに座る赤ちゃんを紹介してくれた。

 この子が、1歳になったばかりという娘さんか。

 

 かわいい赤ちゃんは、僕の顔をじっと見て、決して目をらさない。

 1年前に初めてミヤビさんに会った時も、こんな感じだったな。


「初めまして、ミチノリです。よろしく、お願いします」

「みちのい?」

「そうです。ミチノリです」

「みちのい!」


「り」の発音が難しいようだが、僕の名前であることを認識してくれたようだ。


「うふふっ、キューピも気に入ったみたいね」

「キューピー? この子の名前は、キューピーちゃんですか?」


「そう。早乙女キューピ。九日ここのかと書いて九日きゅうぴよ」

「あははは、かわいい名前ですね」


 キューピーちゃんじゃなくて、キューピちゃんでしたか。

 きっと、お誕生日が9日なのでしょう。


 キラキラネーム?

 いや、キューピーじゃなくてキューピなら、読めないこともないです。


 ところで、キューピーちゃんって、女の子でしたっけ?

 男の子だったような気もしますが……ついてないから、女の子なのかな?




「お昼は、近くの喫茶店でもいい? 高級なお店ではないけど、おいしいのよ」

「もちろんです。僕は、おごってもらう立場ですので、場所は、お任せします」


 キューピちゃんを乗せたベビーカーを押しながら、ヤモメさんの隣を歩く。

 これ、結構、楽しいかも。ちょっと暑いですけどね。


 キューピちゃんは、暑くないのかな?

 ちなみに、ヤモメさんは、ノースリーブの涼しそうな服を着ています。




 案内された喫茶店は、どこにでもありそうな、ごく普通の喫茶店。

 店内は広めで、ベビーカーも問題なく入れるようです。

 

「この子の食事は済ませて来たから、気にしないでね」


 キューピちゃんは、満1歳だから、おそらく食事は「離乳食+母乳」だろう。

 つまり、授乳を済ませてきた――という事だ。


 母乳って、どんな味でしたっけ? 牛乳と同じ?

 16年前に飲んだことがあるはずなのに、全く覚えていません。


 気にしないでね――と言われたのに、母乳の味が気になってしまいました。

 ヤモメさん、ごめんなさい。




「――いただきます」


 ヤモメさんお薦めのランチを食べながら、ヤモメさんの質問に答える。

 これは、僕の初めての就職活動であり、採用試験の一次面接だ。


「ミチノリさんは、今日は何時ごろまで、こちらにいられるの?」

「そうですね。寮の門限が6時なので、3時過ぎぐらいまで――ですね」


「けっこう厳しいのね。高校生なのに、夜遊びもできないなんて……」

「中学生の女子と同じ寮ですからね。僕も同じルールなんです」


「高校生の男の子が、中学生の女の子と同じ寮なの?」

「はい。もちろん高校生の女の子もいますし、中学生の男の子もいます」


「優嬢学園って、男女一緒の寮なのね?」

「はい。もともと女子寮しかなくて、男子生徒は2人しかいませんから」


「男の子が2人しかいないなら、モテるでしょう?」

「はい。お陰様で、学園では後輩達にモテモテです」


「それなのに、結婚相手は、寮の女の子から選ばないの?」


「ほぼ全員、主婦を目指していますので、お互いにキャラが被りますし、婚活市場で家事が得意な女子高生は、お金持ちの男性からも大人気ですから」


「私はミチノリさんより10歳も年上だけど、それでもいいの?」


「先輩方を例にするなら、10歳どころか、30歳年上の人と結婚した人もいます。愛があれば、歳の差なんて関係ありませんよ」


 実際は「愛があれば」というより「お金があれば」なんでしょうけど。


「うふふっ、分かったわ。じゃあ、今度はミチノリさんの番ね!」

「僕の番――ですか?」


「そうよ。私に対して、何か気になる事とか、知りたい事とか、ない?」

「知りたい事は、沢山ありますけど……ここで聞いてもいいんですか?」

「今日は、その為に来てくれたんでしょう?」

「あははは、そうですね。では、少しだけ、考えをまとめる時間をください」

「うふふっ、ゆっくり考えていいわよ」


 僕が、ここで聞いておくべきことは何だろう。

 ヤモメさんの過去? いや、そうではなく、やはり「今後について」だ。


「あの……ヤモメさんは今、婚活中なわけですよね?」

「そうよ。それは、ミチノリさんと同じね」


「現時点で、僕以外の候補者は、いるのですか?」

「全くいない訳ではないけど、今のところ、ミチノリさんが最有力かも」


「ホントですか? 卒業したら、専業主婦に、してもらえますか?」

「それは、ミチノリさん次第かな? 娘との相性もあるし」


「キューピちゃんなら、きっと大丈夫だと思います。オムツも僕が替えますよ」

「うふふっ、ミチノリさんが娘を見てくれれば、私も仕事に専念できそうね!」


「僕の希望――というか、これは学園からの要望でもありますけど、キューピちゃんを含めて、子供を3人以上育てたいのですけど……その辺りは、どうでしょう?」


「結婚して、普通に愛し合っていれば、子供は自然にできるわ。心配しないで」

「あと2人くらいなら、僕の子も産んでもらえるという認識で、よろしいですか?」


「それも、ミチノリさん次第かな? 娘が反対するかもしれないし」

「キューピちゃんが怒ったりします? こんなに大人しいのに……」


「いや、キューピじゃなくてね。うちには、もっとうるさい子がいるのよ」


 もっとうるさい子?


 ――そのとき、喫茶店の入り口から、真っすぐに走って来る女の子が見えた。

 この子、どこかで見た事があるような……ああ、なるほど、そういう事か。


「お母さん! パパになってくれるかもしれない人って、この人のこと?」

「静かに! 周りの人に迷惑でしょう! とにかく、ここに座りなさい!」


 ヤモメさんの隣に座った女の子は、ヤモメさんにそっくりだった。

「お母さん」と呼んでいるので、この子もヤモメさんの娘なのだろう。


 女の子の年齢は、おそらく12歳前後。

 小学校の高学年か、それとも中学1年生か――といったところだ。

 手足は細く、体も薄いが、身長はヤモメさんと同じくらいに見える。

 ヤモメさんに、こんなに大きな子がいたなんて。


「この子が上の子です。――ハッピ、自己紹介しなさい!」

「えー! なんで私が先に自己紹介しなきゃいけないの?」


 あー、これは「反抗期」というヤツですね。

 でも、年齢が近いので、気持ちは分かります。

 僕だって、こんなに年の近い親はイヤですから。


「では、僕から先に自己紹介します。優嬢学園の5年生、甘井ミチノリです」

「私は、早乙女ハッピ。6年生だよ。パパは、まだ5年生なの?」


「はい。まだ5年生です。パパになるとしても、再来年の春以降になります」

「うそつき! 私より年下には見えないもん!」


「あははは、ごめんなさい。中高一貫校の5年生だから、分かりやすく言えば、高校2年生です。ハッピさんより、5歳年上かな?」


「パパなのに5歳しか違わないの? お母さんより、私の方が、年が近いじゃん!」

「そうですね。僕も今、初めて知りましたから、とても驚いています」


「お母さんは、いつもそう! ハッピには、何も教えてくれないんだもん!」


 知られたくない情報に関しては、黙秘するのが正解だと思う。

 親子だからといって、全ての情報を開示する必要もありませんよね?


「ハッピさん、そんなに怒らないでください。世の中には『オトナの事情』だとか、知らないほうがいい事も、沢山ありますから」


「えー、そんなの、やだ! ハッピもパパの事、もっと知りたいもん!」

「ハッピさんの質問には、僕が正直に答えます。何でも聞いてください」


「うふふっ、ミチノリさんはハッピともすぐに仲良くなれそうね。私はちょっと職場に寄ってから帰るから、ハッピはミチノリさんを先に部屋まで案内してあげて!」


「お母さんは、今日も、お仕事なの? じゃあ、パパはキューピをよろしくね!」

「あははは、了解しました」


 この後、ハッピさんが早乙女家に案内してくれるらしい。

「部屋まで」って事は、一軒家ではなく、マンションの一室なのだろう。


 僕が家族として受け入れてもらえるかどうかは、ハッピさんの気分次第か。

 でも、すでに「パパ」と呼ばれているので、嫌われては、いないはずだ。


 ここからは2次面接。ハッピさんに認めてもらえるよう、頑張ろう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ろりくま【アマグリ部屋のロリと熊】R15指定のエロコメですが、今のところ過度の性描写はないはずですので、苦手な方も安心してご覧いただけます。 さらば蛍 @Hotaru_Saraba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画