第75話 オジサンよりはイケメンらしい。

「結婚する相手は、やっぱり、年収で選ぶべき?」


「えー、年収より顔でしょ。死ぬまでずっと一緒なら、イケメンがいいよ」


「年収も顔も大事だけど、年齢も大事だよ。あんまり早く死なれても困るし」


「そうだよねー。いくらお金持ちでも、昭和生まれだと、ちょっとねー」


「私は、相手が昭和生まれでもいいなー。髪の毛さえ残っていれば」


「ハゲは、ダメなんだ? でも、親より年上だと、家族に反対されない?」


「されても問題ないって、卒業するころには、私達、もうオトナなんだから」


「18歳になれば、高校生でも成人でしょ? 親の許可なんてらないよね!」




 土曜日の進路指導室。

 クラスメイトの女子達は、婚活用の端末を使い、生涯の伴侶を探している。


 僕も女子の皆さんと同じ端末を利用できるので、婚活サイトに主夫志望で登録してあるのだが、今のところ外部からの評価はゼロ。


「いいね!」をくれたのは、担任の佐藤さとう先生と、進路が決まらない先輩方と、クラスメイト達だけである。これらは、もちろん、婚活仲間同士の社交辞令だ。


 婚活中の女性が男性に望むのは、主に収入なのだから仕方がない。

 それに、女性は結婚相手に年齢の近い人か、年上の人を選ぶ傾向がある。


 収入の無い10代の男性と結婚したがるような女性は、ほぼいないだろう。

 僕の婚活情報なんて、存在していないのと同じだ。


 こちらの希望条件を満たす相手が仮に見つかったとしても、相手の女性に対して、自分から「いいね!」は押せない。迷惑だと思われそうで、怖いんですよね。


「アマちゃん、調子はどう? いい人、見つかった?」


 隣の端末で婚活していたクリさんが、僕に声を掛けてくれた。

 クリさんは、既に何人かの男性と実際に会って、相手を吟味している。


 より良い相手を求め、自分から会いに行く行動力。

 僕もクリさんを見習わなくては。


「いや、まだ全然です。やっぱり、オトコで主夫って需要がないんですかね?」

「それは、きっとアピールの仕方に問題があるんだよ。私が見てあげようか?」

「お願いします」


 クリさんに席を譲り、隣で見学する。


 僕が結婚相手に希望する条件は、一家を養ってくれる20代の女性であること。

 そして、心が病んでおらず、容姿が醜悪ではないこと。

 こんな条件でも、やっぱり、難しいのでしょうね。


「アマちゃん、顔写真が非公開になってる。顔は出したほうがモテるよ!」

「そうですか? 僕、全然イケメンじゃないですけど」


「30代や40代のオジサン達と比べたら、アマちゃんのほうが、ずっとイケメンだから、顔を出すだけで、きっと『いいね!』がもらえるよ。やってみ!」


「うーん、ちょっと怖いけど、やってみます」


 婚活サイトに本名と年齢だけでなく、素顔もさらすのか。

 抵抗はあるが、やってみよう。


 顔写真を公開する――これでよし。


 数秒後に、2件の「いいね!」が入った。

 僕の顔を見て、すぐに「いいね!」してくれる女性が2人もいたなんて!


「ほら、私の言った通りだったでしょ? もう2人も釣れたよ!」

「反応が速いですね」


「今日は土曜日だし、みんなパソコンじゃなくて、スマホで見てるからね」

「さすがクリさん、ありがとうございます」


「アマちゃんが、婚活しないで遊んでばっかりいるから、イヨが心配してたよ。『私のせいで、ミッチー先輩が売れ残ったら、どうしよう』って」


 クマさんは優しいな。

 そんなふうに思ってくれる子が、僕のカノジョで良かった。


「そうなったら、自己責任なので、クマさんのせいじゃないですよ」

「でも、まあ、そういう事で。イヨも私も応援してるから、頑張ってね!」

「あははは、僕もクリさん達を応援してます。お互いに、頑張りましょう」




 クリさんが隣の席に戻ったので、早速「いいね!」をくれた相手を確認。


 1人目は、早乙女さおとめやもめさん。26歳のシングルマザーらしい。

 年収は、400万円。

 仕事と子育ての両立が困難な為、娘の世話をして欲しいそうだ。


 2人目は、岡増ますおか久美子くみこさん。38歳の巫女みこさんらしい。

 年収は、200万円。

 ずっと神に仕えていた為、異性との交際経験がないそうだ。 


 2人とも美人さんで、見た目は悪くない。

 シングルマザーと巫女さんなら巫女さんのほうに魅力を感じるが、38歳か。

 アラフォーのお姉さん。僕が卒業する頃には、40代になってしまう。


 優嬢学園の生徒には「卒業後に子供を3人以上育てる」という使命がある。

 相手が40代だと、将来、子供を3人も産んでもらうのは、難しそうだ。

 それに、年収もシングルマザーの半分である。


 ――となると、僕が選ぶべきは、26歳のシングルマザーのほうだ。

 26歳のお母さんがこんなに美人なら、娘さんも、きっとかわいいだろう。


 僕が童貞だったら「結婚する相手は処女じゃないとイヤだ」なんて思ったかもしれないけど、現実的に考えて、かわいい女性ほど経験豊富なはずですからね。


 育児に関しては、2歳児のミヤビさんが懐いてくれたので自信がつきました。

 ミヤビさんみたいな子に「パパ」って呼んでもらえたら、嬉しいだろうな。


『いいね!』


 かなり楽観的な未来予想で「いいね!」を押してしまった。


 早乙女やもめさんか……珍しい名前だけど、どういう意味だろう。

 鳥の名前かな? きっと、カモメみたいな美しい鳥なんだろうな。


 この人の「お婿さん」になったら、僕の名前は早乙女道程みちのりになるのか。

 早乙女道程です……ちょっと、カッコイイかも。


 そんな事を考えているうちに、1件のメッセージが届いた。

 お互いに「いいね!」が送られると、メッセージ機能が使えるようになる。

 これは、手応えあり――ですかね?


『「いいね!」くれたの、どんな人だった?』


 ――と思ったら、メッセージは、隣に座るクリさんからだった。


『26歳のシングルマザーと、38歳の巫女さんでした』


 クリさんにメッセージを返す。

 クリさんは、すぐに、こちらを向き、ここからは普通の会話だ。


「どっちも外れだね。38歳は高齢出産だし、シングルマザーは危険だよ」

「危険ですか? 僕は、そうは思いませんけど」


「死別なら可哀相かわいそうだけど、捨てられたのなら、性格に問題があるかもよ」

「そうですかね? たまたま性格が合わなかっただけ――という事は?」


「気になるなら、実際に会ってみれば? 家は近いの?」

「その人の家ですか? えーと……栃木県! 県内ですね」


 僕達の婚活用の住所は、生娘寮のある栃木県に設定されている。

 この婚活サイトの会員の方も、ほとんどが、北関東にお住まいらしい。


 やもめさんも、僕達と同じ栃木県民か。

 それなら、一度、会ってみたいですね。


 あっ、ちなみに、僕の実家は東京都で、最寄りの駅は紐北沢ひもきたざわです。


「それなら、会いに行けるね!」

「えっ? どうやって、会いに行けば、いいんですか?」

「まず、自分からメッセージを送って、アポを取らないと」

「会ったこともない人からアポを取るなんて、難易度が高すぎませんか?」

「それを今から練習しないと、婚期をのがしちゃうよ!」


 会ったこともない、10歳も年上の女性に、メッセージですか。

 そんな事、僕に出来るのだろうか――と悩んでいたら、メッセージが届いた。


『道程さん、初めまして、早乙女やもめです。いいねありがとう。よかったら、明日どこかで会いませんか? 午後からデートでも、ちょっと会うだけでもいいですよ』


 なるほど。こんな風に誘えばいいのか――って、明日ですか! 

 それなら、急いで返信しないと。


『やもめさん、初めまして、甘井道程です。メッセージありがとうございます。僕もやもめさんに会いたいです。明日は空いてますので、最寄りの駅を教えてください』


 似たような文で返してみたが、どうだろうか。

 やもめさんからのメッセージは、すぐに返ってきた。


『最寄り駅は鬱宮うつのみやです。道程さんが来てくれるなら、駅近のお店でランチをご馳走します。12時に西口待ち合わせで、どうでしょうか?」


 鬱宮なら、学園の最寄り駅から1時間ぐらいで行けそうだ。電車の本数が少ないので不安だが、9時半のスクールバスに乗れば、お昼には間に合うだろう。


『わかりました。12時に鬱宮駅の西口で待ち合わせですね。僕は学園の制服で行きますので、もし迷子になっていたら、見つけてください』


『私は娘を連れて行きます。娘は1歳になったばかりです』

『きっと、やもめさんに似た、かわいい子なんでしょうね。とても楽しみです』


『私も、とっても楽しみです。それでは、また明日』

『また明日、よろしくお願いします』


 意外と簡単に、アポが取れてしまった。

 今後の展開次第では、この人と生涯を共にする可能性まであるわけか。


 そう思ったら、急に緊張してきた。

 お会いしたら、何を話せばいいんだろう?


 まずは、自己紹介。

 次に共通の話題――将来の家族計画について――ですかね?


 やもめさんは慣れてそうだし、その辺りは、心配しなくてもいいのかな。

 とにかく、実際にお会いしてみないと、何も始まりません。




「クリさん、ありがとうございます。お陰様でアポが取れました」

「やったね! 私もアポが取れたから、明日は一緒に行こうね!」


 クリさんも婚活相手とアポが取れたようだ。これで何人目なんだろう。

 僕は、もちろん初めての経験だが、途中までクリさんと一緒なら安心だ。


 交通費等の婚活経費は、月に5万円を上限として、全額支給されるらしい。

 これがうわさの「少子化対策助成金」というヤツですね。




 部屋に帰ったら、クマさんとポロリちゃんに今日の成果を報告。

 2人の反応は、こんな感じだった。


「クマさん、僕は明日、外出します。婚活の相手とアポが取れましたので」

「お相手は、どんな人ですか?」

「鬱宮にお住いの26歳の女性です。シングルマザーだそうです」

「あはっ、その人と結婚したら、ミッチー先輩は、すぐにパパですね」


 クマさんは、いつもと同じ笑顔で、想定通りの反応だった。


「えへへ、ポロリのお母さんも、シングルマザーなの。もう30歳だけど」

「そうだったね。ポロリちゃんのお母さんって、再婚する予定はあるの?」

「再婚するかどうかは、わからないけど、カレシはいるみたい」


 ポロリちゃんのお母さんもシングルマザーなので、お父さんがいないと寂しいのかと思ったのだが、ポロリちゃんは特に気にしていないようだ。


「ロリちゃんのお母さんのカレシさんって、どんな人なの?」

「ご近所のお爺ちゃんなの。たぶん75歳ぐらい」


「それは、すごいね。その人は70代でもモテるんだ? お金持ちなのかな?」

「ううん、お金は関係ないみたい。ポロリのお父さんが81歳だったからかも」


「81歳! 亡くなった時の年齢が?」

「うん。生きてたら、今95歳なの。ポロリが生まれる前に、死んじゃったけど」


「そうだったんだ。ポロリちゃんのお父さんとお母さんは65歳差か。すごいね」

「愛があれば、歳の差なんて関係ないの。だからポロリは、今ここにいるの」


 ポロリちゃんは13歳だが、お父さんは14年前に81歳で亡くなったのか。

 ご両親の年齢差が65歳なら、ポロリちゃんのお母さんは、当時16歳だ。


 今は女性でも18歳にならないと結婚できないけど、つい最近まで、女性は16歳で結婚できましたからね。

(注釈:「ろりくま」設定上の今年は、法改正されたばかりの「令和4年度」です)


 お父さんが81歳でも、お母さんが16歳なら、子供は生まれるのか。

 でも、逆は絶対に無理だろうな。


 僕も16歳ですけど、81歳の女性には、体が反応しませんからね。




 話はれてしまいましたが、いよいよ婚活開始です。

 明日は早起きして、身だしなみを整えないと。

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