第69話 若い女の子が遊びに来たらしい。

 ――ドンドンドンドン!

 ――ドンドンドンドン!


 中間試験直前の日曜日の午後。アマグリ部屋のドアが、何度も叩かれた。

 4人で試験勉強をしていた僕達は驚いて、お互いに顔を見合わせている。


「何あれ? ちょっと怖いんだけど」

「うん、うん」


 クリさんとクマさんは特に心当たりがなく、少し怖がっているようだ。

 しかし、ポロリちゃんと僕は、あのドアの叩き方に心当たりがあった。


「えへへ、たぶん、ミャーちゃんなの」

「そうだね。僕が見て来るよ」


 ミャーちゃんとは、先日、2歳になったばかりの新妻にいづまみやびさん。

 新妻先生のご長女であり、マー君こと新妻まさる君の双子の妹だ。


「なんだ、ミャーちゃんか。アマちゃん、若い女の子が大好きだもんね」

「あはっ、お姉さま、ひどい」


 僕はクリさんから「若い女の子が大好き」だと思われているようですが、僕が本当に好きなのは「若い女の子」ではなく、「若くない女の子」です。


「女の子」とは、未成年の女性。つまり、0歳から17歳までの女性だ。

 したがって「若い女の子」とは、その前半に該当する0歳児から8歳児まで。


 9歳以上の女性は、もう「若い女の子」とは言えないのです。

 ――なんて言ったら、女子の皆さんに怒られそうですが、男の子も同じですよ。




「だびでー!」

 ――ドンドンドンドン!

「だびでくんっ! いる?」


 ――ガチャ。

「はい。ここに、いますよ」

「だびでー!」


 ドアを開け、目の高さを合わせると、ミヤビさんは僕に抱き着いてきた。

 僕に懐いてくれる、かわいい幼女。


 去年は育児実習の教材として、僕達にオムツを替えてもらっていたのに。

 今では言葉も理解できるし、寮内を元気に走り回っている。


 お父さんとは、たまにしか会えないので、寂しいのだろうか。

 将来、僕に娘が出来たら、こんな感じなのかな。


「どうしたの、ミヤビさん、何かあったの?」

「ゆめちゃんが、あそんでくれない!」


 ユメちゃんとは、母親代行の花戸はなど結芽ゆめさん。

 次女の育児で手一杯な新妻先生に代わって、ミヤビさんの世話をしている。

 前回の試験の後、補習を受けていたので、今は試験勉強で忙しいのだろう。

 花戸さんも大変だ。


「ユメちゃんは、お勉強で忙しいんだよ」

「だびでくんも、いそがしい?」

「僕は、忙しくないよ。今から一緒に遊ぶ?」

「だびでくん、あそんでくれるの?」

「うん。僕で良ければね」

「あそぶ、あそぶ!」


 僕はミヤビさんを部屋に入れてあげる事にした。

 先生の娘を保護しただけなので、幼女誘拐には、なりませんよね?




「ミヤビさんを連れてきましたよ」

「くりちゃん! くまちゃん! ろりちゃん!」


 部屋に入れてあげると、ミヤビさんは大喜び。

 3人の顔と名前も、正しく認識しているようだ。


「ミャーちゃん、いらっしゃい!」

「あはっ、ミャーちゃん、かわいい」

「えへへ、ミャーちゃんと、お兄ちゃんは、とっても仲良しなの」


「遊んでくれる相手がいないようなので、しばらく僕が引き受けます」

「アマちゃんは、ミャーちゃんと何をして遊ぶつもりなの?」


「それは、これから決めます。――ミヤビさん、どんな遊びがいい?」

「たかい、たかい!」


 高い、高い――ですか。ミヤビさんは、高い所が好きなようです。

 きっと、お父さんに、してもらった事があるのでしょう。


「よし! じゃあ、いくよ!」

 僕はミヤビさんの両わきに手を入れ、とりあえず目の高さまで持ち上げる。


「きゃははっ!」

 ミヤビさんは、嬉しそうだ。


 2歳児とは言え、それなりに重量感はある。

 おそらく、10キロ以上はあるでしょうね。


「――ミッチー先輩、ちょっと待ってください!」


 ここで、クマさんに止められてしまいました。

 そう言えば、クマさんは高所恐怖症でしたね。


「ごめんなさい。クマさんは、こういうの苦手でしたね」

「絶対に落とさないでください。ミャーちゃんが私みたいになっちゃうと困るので」


 クマさんは「高い、高い」で落とされた経験があるのか。

 それは、落としたほうも、落とされたほうも、一生のトラウマだ。

 ミヤビさんは絶対に落とさない――これは、クマさんに誓います。


「了解しました。慎重に行きます。――はい、たかい、たかーい!」

「きゃはははっ!」


 ミヤビさんは喜んでくれたが、複雑な心境だ。

 もう「高い、高い」は、やめておこう。


 ――トン、トン、トン。


 無事にミヤビさんを着地させたところで、部屋のドアをノックする音。

 おそらく、花戸さんが様子を見に来たのだろう。


 すぐに向かいドアを開けると、僕の予想通り花戸さんが立っていた。


「花戸さん、ごきげんよう!」

「あっ! ダビデ君、髪型変えたの?」

「はい。今日、杉田美容室で切ってもらいました」


「そうだったんだー。その髪型、良く似合ってるね!」

「あははは、ありがとうございます」


「ところで、ミャーちゃんは、ここに来てる?」

「はい。ここにいますよ」

「――ゆめちゃん!」


 ミヤビさんは花戸さんの声を聞き、僕の前に出る。

 ここに来る事は、ちゃんと花戸さんに伝えてあったのだろう。


「ごめんね。ミャーちゃんが勝手にお邪魔しちゃって」

「いいえ。試験前で、花戸さんも忙しいんでしょう?」


「そうなの。それでね、ダビデ君に、お願いがあるんだけど……」

「分かりました。いいですよ」


「まだ、何も言ってないのに」

「花戸さんからの『お願い』なら、僕には断れませんから」


 オトコという生き物は、かわいい女の子からの「お願い」に弱いのです。

 それに、「お願い」の内容も、もう分かっています。

 ミヤビさんを、しばらく預かれば、いいんですよね。


「んもー、ダビデ君は優しいんだからー!」

「あははは、最近、よく言われます」


「それじゃあ、悪いけど、ミャーちゃんを一晩、預かってくれない?」

「一晩ですか? 僕は構いませんけど、ミヤビさん本人は?」


「ミャーちゃんは、ダビデ君と一緒がいいよね?」

「うんっ、だびでくんと、いっしょがいい!」


「ほら、本人の希望だから、いいでしょ?」

「了解しました。では、ミヤビさんを一晩、預かります」


「ありがとう! じゃあ、これを渡しておくね!」

「お泊りセットですか? さすが花戸さん、用意周到ですね」


 花戸さんは背負っていたリュックを外し、僕に渡してくれた。

 リュックに入っていた「お泊りセット」は、以下の通りだ。


1.ミヤビさんの着替え一式

2.ミヤビさんの歯ブラシ

3.シャンプーハット

4.折りたためる補助便座




「お風呂にも、ちゃんと入れてあげてね! まだ1人じゃ無理だから」

「了解しました」


 ――というわけで、アマグリ部屋に「若い女の子」が泊まることになった。

 ルームメイト達も、喜んで協力してくれるそうだ。


 花戸さんが、僕が断らない事を確信していたように、僕もルームメイト達に反対されない事を確信していた。これが「信頼関係」というものである。




「みゃあびも、おべんきょうしたい!」

「よし! じゃあ、5人で勉強しよう」


 花戸さんが帰った後は、ミヤビさんの一言で、勉強を続行。


 本人はミヤビと言っているつもりなのに、ミャービと聞こえてしまう。

 これが、ミャーちゃんと呼ばれている理由である。


 僕はミヤビさんをひざの上に乗せ、ひらがなを教えてあげることにした。

 僕の成績なんかより、ミヤビさんの将来の方が、ずっと大切ですからね。


 まだ文字は書けなくても、ある程度の文字は読む事が出来るようだ。

 何か興味をけるような教材があれば、いいのだが……。




「ポロリがミャーちゃんに絵本を読んであげるの」

「なるほど。それは、いい考えだね」


 ポロリちゃんは、机の引き出しから自作の絵本を取り出す。


 絵本のタイトルは「ロリとロル」。

 ポロリちゃんが、昨年度の1年生の課題として作成した絵本だ。


 登場人物のデザインに関しては、クマさんにも協力してもらったらしい。

(詳しくは「ろりねこ」の第214話をご覧ください)


 表紙の文字は縦書きなので「ロル」が「兄」とも読めるようになっている。

 ポロリちゃんと僕の、運命的な出会いが描かれたノンフィクション作品だ。




ロリとロル


ほんのちょっとだけむかし、きむすめやまのふもとに、ロリがすんでいました。


ロリというなまえは「ちいさくてかわいいおんなのこ」といういみです。


12さいになったはるに、ロリは、きむすめやまにのぼろうとしました。


それは、きむすめやまで、おりょうりのしゅぎょうをするためです。


あるいてのぼるのはたいへんなので、ロリはバスにのることにしました。


きむすめやまに、のぼるみちは、くねくねと、まがりくねっています。


ロリは、バスによってしまい、きもちがわるくなってしまいました。


きむすめやまについたころには、ふらふらで、はきそうでした。


これは、もうだめかもしれません。 


そうおもったときに、ロリのからだはかるくなり、ちゅうにうかびました。


さっそうとあらわれたロルがロリをおひめさまのように、だっこしたからです。


ロルは、おむこさんになるために、きむすめやまにしゅぎょうにきていました。


ロルというなまえは「かっこいいおにいちゃん」といういみです。


ロリとロルは、すぐになかよしになり、いっしょにくらしはじめました。


そして、きむすめやまで、きょうだいとして、いまもなかよくくらしています。


めでたし、めでたし。




 あれから、もう1年以上も経つのか。懐かしいな。

 そう思いながら、ポロリちゃんの朗読を聞いた。


 ポロリちゃんの声は、耳をくすぐられるような、かわいい声だ。

 僕の膝の上に座るミヤビさんは、話の内容を理解できたのだろうか。




「おひめさまだっこ!」

「次は、お姫様抱っこですか? 了解しました」


 ミヤビさんは、絵本の内容をちゃんと理解しているようだ。


「えへへ、ミャーちゃんに喜んでもらえて、よかったの」

「そうだね」


「いや、どう見ても、アマちゃんのほうが嬉しそうだよね?」 

「うん、うん」


「あははは、クマさんが焼きもちを焼いてくれるなんて、珍しいですね」


 ――ぱんっ!

「――あだっ!」


「焼きもちなんて、焼いてません!」


「そうですか? それじゃ、遠慮なくやらせてもらいますよ。――はいっ!」

「きゃはははっ!」


 僕が「お姫様抱っこ」をすると、ミヤビさんは大喜び。

 クマさんは少し不機嫌そうに見えたが、それは僕への愛情の裏返しだ。


 ミヤビさんは、娘のような存在ですから、この「ロールプレイおままごと」の、お父さん役が僕なら、お母さん役は、もちろんクマさんです。


 長女が2歳なので、そろそろ次の子を仕込んでもいい頃合いですよね。

 娘に見つからないように、こっそりと仕込むには、どうしたらいいですか?


 ――そんなところも含めて、今のうちに、しっかりと予習をしておかないと。

 僕達には、卒業後に子供を3人以上育てるという崇高な使命があるのですから。

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