第68話 流行の髪型にしてくれるらしい。

 中間試験直前の日曜日、僕は3階の杉田美容室に招待された。

 来週のファンクラブイベントに合わせて、髪を整えてくれるらしい。


「試験勉強は、いいんですか?」とハヤリさんに確認したところ、「女の子は頭が悪いほうがモテますから!」と笑顔で返されてしまった。


 優嬢学園のスローガンは「良妻賢母」だったはずですが……まあいいか。

 うちの学園、偏差値は低いですけど、女の子は全員かわいいですからね。


 体操着に着替えて部屋を出た後、3階へ上る前に売店に寄り、大袋のスナック菓子とコーラを買う。これは、307号室の皆さんへの手土産てみやげだ。




【307号室】

【上佐  花】【交合 生初】

【杉田 流行】【大場 迎夢】


 307号室のドアは、前回と同じように、開いた状態で固定されていた。

 スナック菓子とコーラで両手がふさがっているので、これは、ありがたい。


「ハヤリさーん! 入ってもいいですかー?」


「ダビデ先輩、来た~~~~~っ!」

「あわわっ、すぐに出迎えないと失礼だよっ!」

「それなら、私が出ます!」

「俺も一緒に出迎えるぜ!」


 廊下から声を掛けると、部屋の中が急に騒がしくなり、僕のファンである3年生達が元気に飛び出して来た。みんな、とても楽しそうだ。


「ダビデ先輩ごきげんよう! 日曜日にも、お会いできるなんて、感激です!」


 真っ先に出迎えてくれたのは、この部屋の住人ではない温盛ぬくもり希望のぞみさん。

 温盛さんは廊下で出会っても、いつもこんな感じだ。ファンのかがみですね。


「ノゾミさん、ごきげんよう! いつも応援してくれて、ありがとう!」

「きゃーっ! こちらこそ! 名前まで呼んでいただけて、幸せです!」


 クルミ会長から「会員は出来るだけ下の名前で呼んであげてください」と言われていたので実践してみたが、予想以上の反応だ。


 ノゾミさん、喜んでもらえて、僕も幸せです。




「よう、兄ちゃん、荷物なら全部、俺が持つから、さっさとよこしな!」

「あははは、これは、お土産ですから、皆さんで、食べてください」


 次に出て来たのは、ゲードリームさんこと大場おおば迎夢げいむさん。

 スナック菓子とコーラは、大場さんからのリクエストである。




「ダビデ先輩、髪を切る前に、来週の打ち合わせを、お願いします!」

「了解しました、クルミ会長」


 尾中おなか胡桃くるみさんは、ハヤリさんの去年のルームメイト。

「ダビデ先輩ファンクラブ」の会員番号1番、つまり会長さんだ。




「ダビデ先輩、お待ちしてましたー!」

「ハヤリさん、今日も、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくです! さあどうぞ、中へどうぞ!」


 最後は杉田美容室の店主である杉田すぎた流行はやりさん。

「ダビデ先輩ファンクラブ」の会員番号2番で、副会長さんだ。


 部屋には、この4名しかいないらしい。


「6年生の先輩方は、いらっしゃらないんですか?」

「お姉ちゃんもキウイさんも、婚約者さんに会いに行きました」


「そうでしたか。ハナ先輩も進路が決まって、良かったですね」

「はい。お姉ちゃんの進路が決まって、私も一安心です」


「でも、ちょっと寂しいですよね」

「そうなんですよ。とっても寂しいので、ダビデ先輩が慰めてください!」

「あははは、了解しました」


 6年生の先輩方は、ほぼ1年以内に知らない男性のお嫁さんになってしまう。

 それが、もし自分のお姉さまだったら……きっと、すごく寂しいだろうな。






 ハヤリさんに髪を切ってもらう前に、来週のイベントの打ち合わせ。

 クルミ会長とノゾミさんが、ここにいるのは、その為らしい。


 イベントの内容については「壁ドン」という事で合意しているが、それだけでは物足りないそうで、今回もオプションを用意しようという話になっていた。

 

 前回は、握手会に加えてフリーハグで大好評だった。

 今回は、壁ドンに何を加えるべきだろうか。


「――はいっ! 私は、添い寝がいいと思います!」


「ノゾミから、こんな意見が出ましたけど、ダビデ先輩は、どう思いますか?」

「添い寝ですか……それは、嬉しいですけど、問題ありですね」


「えーっ! どうしてですか?」

「時間が足りなくなりそうですし、僕も我慢出来なくなりそうですから」


 壁ドンと添い寝は同時に行う事が出来ないので、全員に壁ドンした後、希望者のみに添い寝をする事になるが、そんな事をしたら、僕の理性が崩壊してしまいそうだ。


「では、添い寝は却下という事で、ほかに意見はありませんか?」

「――はいっ! キスがいいと思います。壁ドンとキスの必殺コンボです!」


「ゲームから、こんな意見が出ましたけど、ダビデ先輩は、どう思いますか?」

「そうですね……キスも悪くはないですけど……」


「悪くねえんなら、いいじゃねーか」

「いや、やっぱり、クマさんに悪い気がします。ごめんなさい」


 僕にはクマさんというかわいいカノジョがいますからね。

 ファンクラブのイベントで、キスは、やり過ぎでしょう。


「では、キスも却下という事で、ほかに意見はありませんか?」

「――はいっ! じゃあ、唇以外の場所なら、どうですか?」


「ハヤリから、こんな意見が出ましたけど、ダビデ先輩は、どう思いますか?」

「唇以外の場所ですか……それなら、構いませんよ。手の甲とかですか?」


「壁ドンの後、手の甲だと、変じゃないですか?」

「そうか、壁ドンの後でしたね。それなら、場所に関しては、お任せします」


 手の甲だと、お姫様扱いになってしまう。

 壁ドンとの相性は悪そうだ。


「――はいっ! それなら『おでこ』で! ダビデ先輩は、どう思いますか?」

「おでこですか。いいですね!」

「それでは、壁ドン+デコチューという事で、よろしくお願いします!」


 最後はクルミ会長の意見で、デコチューに決まった。

 クルミ会長は、前髪にヘアピンを付けていて、おでこ全開ですからね。

 きっと、おでこには自信があるのでしょう。




「ダビデ先輩、もう1つ確認したい事があるんですけど、いいですか?」

「もちろん、いいですよ」


「実は、1年生の入会希望者が何人もいて……許可してあげるべきですか?」

「何人も……ですか?」


「はい。例えば、うちの部員だと、サラ先輩の妹のアラワちゃんです」

 クルミ会長は美術部員。サラさんの後輩で、クマさんの先輩だ。


「うちの部だと、小瀬こぜニーレちゃんと、三輪みのわヤシロちゃん!」

 ハヤリさんは主芸部員。小瀬さんと三輪さんは、相変わらず仲良しらしい。


「うちの部だと、伊部いべリコちゃんです。もしかしたら、他にもいるかも」

 ノゾミさんは料理部員。クリさんの後輩で、ポロリちゃんの先輩だ。


「うちの部だと、丘野おかのちゃんだな。兄ちゃん、男子にも人気じゃねーか!」

 ゲードリームさんは文芸部員。丘野君は僕のファンらしい。


「あははは、それは嬉しいですね。僕は、いいと思いますよ」

「それでは、今年度から1年生の入会も許可する事にします」


 他の4名はともかく、伊部リコさんには、初対面で不審者だと思われたのに。

(詳しくは「ろりくま」の第23話をご覧ください)


 それだけ、僕の人気が上がっているという事か。ありがたい話だ。






「兄ちゃん、今日は俺が髪を洗ってやるからな!」


 打ち合わせの後、大場さんと一緒に浴室へ移動する。

 本日はハナ先輩が不在の為、代わりに大場さんが髪を洗ってくれるらしい。


 口調がゲードリームさんなのは、おそらく照れ隠しだろう。少し顔が赤いし。

 これは、もっと仲良くなれるチャンス。大場さんも名前で呼んでみよう。


「ありがとう、ゲームさん。僕とキスしたいなんて、意外でしたね」

「その話はやめろ! 恥ずかしいじゃねーか!」


 浴槽の縁に外側からあごを乗せ、底をのぞき込むような体勢で髪を洗ってもらう。

 僕が体操着である理由は、ここで、水が跳ねる事を想定しているからである。

 

 ゲームさんは僕の背後に座り、両手を伸ばして僕の髪を洗ってくれている。

 ああ、この背中に当たる、おっぱいの感触……いいですね。


「ゲームさん、髪を洗うのが上手ですね。すごく気持ちいいですよ」

「私には、妹がいますから。妹が小さかった頃、よく洗ってあげてたんです」


「ゲームさんは、お姉ちゃんでしたか。ゲームさんの妹なら、きっと、お姉ちゃんに似て、かわいいんでしょうね」


「はい。3つ下で、今、小6なんで、入試に合格したら、来年この寮に来ますよ!」

「そうですか。それは、楽しみですね」


「私が『夢を迎える』で迎夢。妹は『夢を帯びる』で帯夢たいむです」

「ゲームさんが夢を迎えて、タイムさんが夢を帯びる。素敵な姉妹ですね」


「ところで兄ちゃん、かゆいところはねーか?」

「そうですね……強いて言えば、背中かな?」

「しょがねーな……ちょっとだけだぞ!」

「あっ! お尻は、かゆくないですよ!」


 僕は冗談で言ったつもりだったのだが、ゲームさんは僕の体操着の中に手を入れて背中をかいてくれた。


 これは、なかなか気持ちいいですね。

 今度、クマさんにやってもらおうかな。




 ゲームさんに髪を洗ってもらった後、ハヤリさんに髪を切ってもらう。

 中高生の女子に人気がある、流行はやりの髪型にしてくれるそうだ。




 前髪は、いつもより長めで、目に掛からないようにそろえる程度。

 後ろは、だいぶ短くしてくれたらしく、かなりスッキリした。

 今までとは違い、全体的に丸っこい感じだ。


「きゃあ! できましたー! どうですか? 大人気のマッシュヘアーですよ!」

「おー、これがマッシュですか!」

「本当は金髪にしたいところですけど、それだと校則違反なので、黒いままです」

「あははは、これで十分ですよ。ありがとう」


 マッシュと聞いて、キノコみたいな髪型を想像してしまったが、思ったほどキノコではなく、やや丸いだけで、自然な髪型だった。さすがハヤリさん。






「ただいまー!」


「お兄ちゃん、おかえりっ! わぁ、お兄ちゃんがマッシュになってる!」

「あはっ、ホントだ。ミッチー先輩、かわいい!」

「良く似合ってるよね。金髪だったら、もっと良かったけど」


「あははは、ありがとうございます」


 流行の髪型は、ルームメイト達からの評価も高かった。


 僕の目標は、年上の女性から「かわいい」と思ってもらえるオトコになる事。

 主夫への道は、まだ遠いが、これで一歩前進だ。

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