第66話 気持ち良すぎて気絶したらしい。

 今日の3時間目は生物。


 担当のコウクチ先生が育休を取得され、自習のはずだったが、5年生の教室には、どういう訳か、ジャージの似合う小柄な女性がいらっしゃった。


「はーい! みんな席に着いてー!」


 当学園で保健体育を担当している長内おさない先生だ。

 昨日は売店にお越しになり、避妊具コンドームを10箱も購入してくださった。


 その際に「また明日ね!」と言われたので、今日、ここに来る事は、おそらく昨日から決まっていたのだろう。


「コウクチ先生がお休みで、自習の予定でしたが、予定変更でーす!」


「えー! なんで、ココロ先生なの?」

「生物の時間でしょう? 保健じゃないよね?」


 クラスメイト達が騒いでいる中、長内先生は黒板に文字を書き始める。


 僕の席からは、先生が背伸びをして書いていらっしゃるのが分かった。

 生徒達が見やすいように、精一杯、背伸びをする長内先生。素敵です。


 黒板に書かれた文字は「生殖のしくみ」。


 生物の授業では、交配や遺伝について学んだ。

 しかし、「生殖のしくみ」までは、教わっていない。


 精子と卵子を配偶子と呼び、その2つが結合する事により、新たな生命が誕生するそうだが、精子と卵子を結合させる具体的な方法となると、授業の範囲外だ。


 長内先生は、生物の時間を借りて、性教育をするつもりなのだろう。

 うちの学園では、5年生の2学期に「性交演習」がありますからね。




「皆さんは、動物が子供を作る方法を、生物の授業で教わりましたかー?」


 この場合の動物とは、植物以外の生物であり、ヒトを含むすべての動物だ。

 その中には、分裂して増える原始的な動物も含まれているのかもしれない。


 でも、それ以外の動物は、ほとんど有性生殖で、オスとメスの区別がある。

 そして、精子と卵子を結合させて個体を増やす行為、それが、交尾である。

 魚の場合、メスが産んだタマゴの上に、オスが精子をぶっかけるそうだが。


「教わって、ませーん!」

「でも、知ってまーす!」


 まあ、みんな高校生ですから、学校で教わらなくても、知識は、ありますよね。

 隣の席の天ノ川さんも「ふふふ……」と、いつもと同じ笑みを浮かべています。


「じゃあ、今日は6日なので、出席番号6番の栗林くりばやしさん!」


「――えっ! 私ですか?」

「はい。オスとメスがいる動物は、どうしたら、子供を作れますか?」


 当てられたのは、前列廊下側の席に座るクリさんだった。

 先日、僕と「仲良し」したばかりなので、すぐに答えられますよね。


「えっと……精子と卵子を……結合させます」


「はい。正解です! これを受精と言います。ここまでは生物の授業で習ったかな? では、受精する為には、どうしたらいいでしょう? 出席番号7番の遠江とおとうみさん!」


「…………」


 遠江さんの席は、僕の真後ろだ。

 分からないのか。それとも、答えにくいのか。


 少し心配だったので、温かく見守るつもりで振り返ると、すぐに目が合い、恥ずかしそうに目をらされてしまった。遠江さん、ごめんなさい。


「――ミミちゃん、交尾だよ。交尾!」


 この声は、遠江さんの後ろの席に座る望田もちださんの声だ。


「……交尾……です」


 ミミちゃんこと遠江さんは、無事に答えられたようです。

 この、お互いに助け合う精神。いいクラスですね。


「はい。正解です! ヒトの場合は、性交といいます。セックスとかエッチとかも、同じ意味ですよね? それは『ヒトも交尾をする』という事です」


 先生は堂々と話していらっしゃいますが、少し顔が赤いようです。

 恥じらいの心も大事ですよね。僕も、そう思います。


「ココロ先生は、したことあるの?」


 ここで、ストレートな質問が入りました。

 質問したのは、後列、中ほどの席に座る矢場やばさんだ。


「私は未経験よ。矢場さんはどう? もう誰かと、しちゃった?」


 長内先生は、矢場さんの質問に正直に答え、さらりと投げ返す。


「私もまだです。いい相手、誰かいませんかね?」


 矢場さんも未経験で、良い相手を探しているらしい。


「そうね。このクラスには、カノジョ持ちの甘井さんしか、いないもんね」


 長内先生、そんなに寂しそうな顔をしないでください。

 先生だって、学園の外に出れば、きっとモテるはずです。


「そうか。ダビデ君がいたね! 並べば、私達でも、相手してくれるかな?」

「――えっ? それって、どこに並べばいいの? 209号室の前とか?」

「あはは、冗談だって。タマちゃん、本気にしちゃった?」


 矢場さんの冗談は、隣の席の八女やめさんには通じなかったようだ。

 つまり、八女さんも未経験で、パートナーを探しているという事か。

 矢場さんも八女さんも婚活中なのだから、当然と言えば当然だが。




「――ということで、今日は視聴覚室でラブラブな動物の動画を観まーす!」


 なるほど。「生殖のしくみ」を学ぶ為に、ラブラブな動物の動画を観るのか。

 それって、つまり――


「ふふふ……、動物の交尾動画ですね」


 ――天ノ川さんも、そう思いますよね。僕も、そう思います。






「私は、サルだと思うな。近所に沢山いるみたいだし。ヨシノは、どう思う?」

「サルだと、ちょっと生々しくない? ここは『ウマの種付け』でしょ」


「ヨシノは、大きいほうがいいんだ?」

「なんでそうなるの。あたしは、チハヤほどまってないよ」


 視聴覚室へ移動中、僕の前を歩く宇佐院うさいんさんとヨシノさんが、動画に登場する動物を予想している。2人とも、楽しそうだ。


「ふふふ……私は、カブトムシの交尾をお勧めします。腰の動きに合わせてギシギシと音が鳴るんですよ」


「天ノ川さんは、そんなの、どこで見たんですか?」

「まだ幼かった頃に、兄が部屋で飼っていまして、夜、その音で目覚めました」


 カブトムシの交尾の音で目覚める、幼き日の天ノ川さん。

 きっと、その頃から好奇心旺盛おうせいだったのだろう。


「私なんか、くっついてたトンボをがしちゃたことあるよ。なんで、繋がってるんだろうって……ごめんね、トンボさん……」


 望田さんは、幼少期の過ちを懺悔ざんげしている。

 トンボさん、どうか許してあげてください。






「それでは、ラブラブな動画を、みんなで鑑賞しまーす!」


 長内先生の用意したラブラブな動物の動画。


 まさか、ヒトじゃないですよね。

 それだと、ただのAV鑑賞会ですし……。




「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼ かわいい~っ‼」


 スクリーンに愛らしい小動物が映し出されると、お嬢様方は狂喜乱舞。

 正解はハムスターでしたか。


 クラスの皆さんの方が、ハムスターなんかより、ずっとかわいいのに。

 そう思えてしまうのは、おそらく、僕が「ヒトのオス」だからだ。




 ケージに入れられた2匹のハムスターは、楽しそうに追いかけっこをしている。

 追いかけているのがオスで、追いかけられているのがメス。

 ヒトと同じで、かわいい女の子はモテるのだろう。


 メスは逃げ回っているようだが、時々立ち止まり、付かず離れず。

 やがてオスがメスに追いつき、お尻のにおいをぐ。

 きっと、いい匂いがするんでしょうね。分かります。


 メスもオスの匂いを確認したいようです。

 お互いに相手のお尻を追いかけて、くるくると回っている。

 疲れると少し休み、今度は、お互いの顔を確認。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼ かわいい~っ‼」


 これ、どう見てもキスですよね。本当にラブラブです。

 クマさんと僕も、こんな感じかな。

 そう思うと、オスが僕で、メスがクマさんに見えてきた。


 しばらくイチャイチャした後、追いかけっこ再開。

 楽しそうです。今度、クマさんとやってみようかな。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 次の瞬間、オスがメスに覆いかぶさった。

 いよいよ交尾が始まるのか。

 しかし、メスは「まだダメよ」という感じで、すり抜ける。


 これは、嫌がっているのだろうか。

 それとも、らしているだけなのだろうか。

 女心って、僕達オスには分かりませんよね。


 受け入れてもらうには、どうしたらいいのか。

 よく分からないけど、また、お尻を追いかけます。

 一度、断られても、くじけてはいけません。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 オスがメスに再び覆いかぶさります。

 でも、またすり抜けられてしまいました。

 そう簡単には、やらせてもらえないようです。


 おそらく、カレは童貞で、カノジョも処女。

 きっと、ヒトに換算したら、僕達と同じくらいの年齢なのでしょう。

 お互いに、頑張りましょうね。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 3度目の正直。今度は、メスが逃げなかったようです。

 すり抜けられずに、見事、メスの上に乗りました。

 交尾の始まりです。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 オスは大興奮で腰を振り始めましたが、途中で逃げられてしまいます。

 どうやら、ちゃんと入っていなかったようです。

 手は使えないし、入り口も見えないから、挿入が難しいのでしょう。 


 逃げたメスが立ち止まって、オスを待っています。

「ここに入れるのよ」と教えてくれたのでしょうか。

 オスは、またメスの上に乗り、ものすごい勢いで、腰を振ります。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 まるで動画を倍速で見ているような高速ピストン!

 これは、完全に入ってますね。


 童貞卒業、おめでとう。

 しかもナマですよ。うらやましいですね。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 高速ピストンの後、カレはピクリと痙攣けいれんし、倒れてしまいました。

 心臓麻痺まひで死んでしまったのでしょうか。

 いや、息は、あるようです。きっと気持ち良すぎて気絶したのでしょう。


「ふふふ……、最後は気絶してしまったようですね」

「初めてが『中出し』ですから、もう、死んでもいいくらいでしょう」

「女の子の方は、少し物足りないようですけど……」

「入れてから出すまでが、ちょっと早すぎましたね」


 腰の振り方は上手だったのに、かなりの早漏そうろうだ。

 結局、満足したのはオスだけで、メスのほうは、どうなのだろう。

 これでは、ラブラブとは程遠い気がする。




「ラブラブな動画は、まだ続きますよー!」

「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 しばらくして、気絶していたオスが立ち上がった。

 おそらく、賢者タイムが終了したのだろう。


 コツを覚えたオスは、今度は焦らずに、メスに寄り添う。

 嫌われた様子もなく。完全に受け入れてもらえたようだ。


 お互いに、体をスリスリした後、再びオスがメスの上に乗る。

 これが、ハムスター達の「愛のかたち」だ。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 高速ピストンの後、オスは気持ちよさそうに気絶した。

 何回もナマで中出しさせてもらえるなんて、羨ましい。


「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ‼」


 その後も、カレの気絶シーンは何度も繰り返された。

 ハムスター達は、お互いに、子供を作る気満々だ。




 この2匹に、親になる覚悟は、あるのだろうか。

 子供を育てる自信は、あるのだろうか。


 ――きっと、そんな事は全く考えていないでしょうね。

 死ぬ前に子孫を残すことは、動物の本能であり、最優先事項ですから。


 優嬢学園では、卒業後に子供を3人以上作り、育てることが推奨されている。

 将来を悲観せず、健気に子作りするハムスター達を、僕達も見習うべきだろう。

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