第65話 赤ちゃんが欲しくなったらしい。

 今日は5月5日、こどもの日。ゴールデンウィークの最終日だ。

 実家に戻っていた約半数の寮生達が、生娘寮に帰って来る日である。


 1週間限定の妹――ハテナさん――とは、残念ながら、今日でお別れ。

 3年契約の妹――ポロリちゃん――とは、1週間ぶりの再会となる。


 僕は普段よりも少し早く目覚めたので、こっそりと部屋の掃除をした。


 ルームメイトのクリさんは、5時前に部屋を出て、調理室で朝食の準備中。

 ハテナさんとクマさんは、各自ベッドの上で、かわいい寝息を立てている。


 部屋の掃除と言っても、フローリングワイパーに専用のシートを付けて、床をいただけで、その理由は、僕のベッドの近くにホコリがまっていたからだ。


 フローリングワイパーから外したシートには、誰の毛かも分からない、縮れた毛が沢山ついていた。これは、おそらく「仲良し」の副産物だろう。


 この1週間で、僕は経験人数を3人から6人に増やし、ルームメイト達との関係をさらに深めることができた。文字通りの「深い付き合い」だ。


 この成果に関しては、ポロリちゃんも、きっと喜んでくれるに違いない。




 しばらくして、お尻の大きな妹が、上段のベッドから下りてきた。

 朝起きたら、ベッドで髪を編んであげるのが、ハテナさんとの約束だ。


「ハテナさん、おはよう!」

「おはようございます。お兄さんに髪を編んでもらうのも、今日で最後ですね」

「ハテナさんは、まだ2年生だし、また来年も――でしょう?」

「1年も待たなきゃいけないんですか?」

「ハテナさんが、もっと僕に甘えたいのなら、僕は、いつでも大歓迎だけど」

「ありがとうございます。お兄さんは、やっぱりチョロいですね!」

「あははは、ユウくんには、そんなこと言っちゃダメだよ」


 ハテナさんには、振り回されてばかりだったが、とても楽しかった。

 去年の僕と違って、心に余裕があるからだろう。




 三つ編みが完成したので、隣のベッドで寝ているクマさんを起こしてあげよう。

 クマさんは、すでに目覚めているような気がしますが……まあいいか。


「クマさん、朝ごはんの時間ですよ!」

「ふふっ、ふふふふっ……」

「はい。ほっぺにチューしましたから、起きて下さい」

「ふふっ、ふふふふっ……」

「起きてくれないと、耳もめちゃいますよ!」

「ふふっ、ふふふふっ……」

「返事がないって事は『舐めてもいい』って事ですね?」

「ふふっ、ふふふふっ……あはぁっ!」




 クマさんが起きてくれたので、3人で食堂へ。

 今日は僕が真ん中で、カノジョと妹に挟まれながら、楽しく廊下を歩いた。




「クリさん、お待たせ!」

「クリちゃん先輩、おはようございます!」

「あはっ、お姉さま、おはようございます」


「おはよう。アマちゃん、今日は『両手に花』だね」

「ハテナさんとは、今日で、お別れですから」


「お兄さんが言うには、『カノジョと妹は別腹』だそうです」

「うん、うん」

「一応、聞いておくけど、『カノジョの姉も別腹』だよね?」

「あははは、そうですね」


 アマグリ部屋には「仲間外れは禁止」というルールがある。

 クリさんと親密になれたのも、このルールのお陰かもしれない。




 いつものように4人で朝食をとった後は、部屋に戻って掃除の続き。

 ちゃんと掃除をしておかないと、かわいい妹にしかられてしまいますからね。


 もちろん、お洗濯もしますよ。

 ルームメイト達の、かわいい下着を干すのは、僕の仕事ですから。


 ハテナさんが使っていたシーツやタオルケットも、一緒に干しました。

 きっと、夕方までには乾くでしょう。






 そして、その日の午後。

 スクールバスの到着時刻に合わせて、校門の前まで、お出迎え。


 バスから降りた、小さくてかわいい妹は、すぐに僕を見つけてくれて、こちらに向かって嬉しそうに走って来た。まるで、飼い主を見付けた子犬のようだ。


「お兄ちゃん、ただいまー!」

「ポロリちゃん、おかえり!」


 躊躇ちゅうちょなく僕の胸に飛び込んでくる小さな妹を受け止め、再開のハグ。

 校門まで出迎えただけで、こんなに喜んでもらえると、僕も嬉しい。


「見て、見て! ダビデ先輩だよ! 意外と背が高くて、カッコいいよねー」

「ホントだ! ダビデ先輩って、あんなに背が高かったんだ!」

「きゃー! ダビデせんぱーい!」


 周りにいた1年生達が、こちらを見てキャーキャー騒いでいる。

 ポロリちゃんが小さいので、相対的に僕の背が高く見えるようだ。


 かわいい妹の頭をでながら、かわいい1年生達にも笑顔で手を振る。

 1年生達からの支持も得られれば、この学園での、僕の地位は盤石ばんじゃくだ。


「きゃー、ダビデ先輩が手を振ってくれたよ!」

「ホントだ! ロリ先輩も、こっち見てる!」

「きゃー! ロリ先輩、かわいい!」


 ポロリちゃんも1年生達に人気があるようだ。

 きっと「かわいい」は正義なのだろう。


「えへへ、お兄ちゃん、1年生達にも、モテモテなの」

「あははは、ロリ先輩もね」


 ポロリちゃんの称号は「ロリ先輩」か。

 先輩に対して、ちょっと失礼な気もするが……まあいいか。


「お兄ちゃん、聞いて、聞いて! あのね、ポロリにイトコができたの!」

「無事にイトコが生まれたんだ。それは良かったね」


 ポロリちゃんのイトコの母親は、卒業生のジャイアン先輩だ。

 卒業式の日も、おなかが大きくて大変そうだった。


 あの、お腹の中にいた子が、この世に生まれて来たのか。

 ジャイアン先輩、おめでとうございます!


「アカちゃんって、言うの。とってもかわいいの!」

「アカちゃん? 赤ちゃんの名前が、アカちゃんなの?」


「えへへ、名前はアカリちゃんなの。ポロリとおなじ、ひらがな3文字なの」

(注釈:本文中は読みやすいようにカタカナ表記ですが、本名はひらがなです)


「なるほど。コウクチアカリちゃんか。いい名前だね」

「ううん、コウクチアカリちゃんじゃなくて、ココロノアカリちゃんだよ」


「えっ? もしかして、ジャイアン先輩は、まだ入籍していないとか?」

「そうじゃなくてね、オナ兄のほうが、トモヨお姉ちゃんに合わせたの」


「そうなんだ……あれ? じゃあ、ココロノ先生って、呼ぶべきなのかな?」

「えへへ、『コウクチ先生』っていうのは、ワーキングネームなんだって」

「そうか。学園では、今まで通り、コウクチ先生なのか」


 アカリちゃんの父親は「オナ兄」こと工口こうくち同人おなんど先生。

 ポロリちゃんのお母さんの弟。つまり、ポロリちゃんの叔父おじさんだ。


 昨年、教え子であった「ジャイアン先輩」こと心野こころの智代ともよさんと結婚した。

(詳しくは「ろりねこ」の「コウクチ先生の裏話」をご覧ください)


「教え子と結婚するなんて、けしからん」という意見もあるかもしれないが、女子校の男性教師は、ほぼ全員、元教え子と結婚しているらしい。


 情報源ソースは、優嬢学園の男性教師である、井手いで先生とサンダース先生。

 おふたりとも愛妻家で、奥様は当学園の卒業生だそうだ。


「それでね、ポロリも、かわいい赤ちゃんが欲しくなったの」

「ポロリちゃんの赤ちゃんなら、100%、かわいい赤ちゃんだろうね」

「えへへ、作り方は、お兄ちゃんに教わったの」


「避妊しないと本当に出来ちゃうから、気を付けるんだよ。『ヤレば、デキる』って言葉もあるし、『予期せぬ妊娠』なんて、あり得ないからね」


「ポロリ、お兄ちゃん以外の人とは、しないよぉ!」

「なら、僕がちゃんと避妊していれば、問題ないのか」


「えへへ、お兄ちゃんが責任取ってくれるなら、避妊しなくてもいいよ」

「いや、僕は主夫志望だからね。責任は、とれそうにないなー」


 僕はポロリちゃんと仲良しだが、ポロリちゃんなら、いい相手が、すぐに見つかるはずだ。見た目より、ずっとしっかりしているし、何も問題ないだろう。


「お兄ちゃんのほうは、どうだった? ハテナちゃんと仲良くできた?」

「もちろん。ハテナさんともクリさんともクマさんとも『仲良し』できたよ」


「ポロリがいない間に、みんなとしちゃったの? お兄ちゃん、すごーい!」

「ありがとう。ポロリちゃんが応援してくれたお陰だよ」


「えへへ、ネコちゃんも、きっと喜ぶと思うの」

「あははは、そうだね。ネネコさんは、そういう人だもんね」


 ネネコさんは、僕の初めての相手だ。

 僕に人気が出たら、ネネコさんには先見の明があった――という事になる。


「――ほら、ボクの言ってた通りじゃん!」


 ネネコさんのドヤ顔が、目に浮かぶ。

 ネネコさんの期待に応える為にも、もっと頑張ろう。




「ダビデ君、ただいまー!」

「ああ、脇谷わきたにさん! おかえりなさい!」


 校舎の前では、クラスメイトの脇谷さんに挨拶あいさつされた。

 妹のハテナさんも一緒だ。


「ハテナに、いろいろと教えてくれて、ありがとね!」

「いえ、こちらこそ。ハテナさんには、僕も、お世話になりました」


「お兄さんはチョロいですから、お姉ちゃんも、つまみ食いできますよ!」

「いや、私には婚約者がいるし、浮気はダメでしょ」


「お兄さんにも、カノジョがいますよ?」

「知ってるよ。クマちゃんでしょ? 後輩のカレシなんて、もっとダメだよ」


「お兄さん、今度、ほかの子を紹介しますから、お姉ちゃんはあきらめてください」

「何それ? ダビデ君に『女の子を紹介しろ』とでも、言われたの?」


「違います。私が個人的に、お兄さんを勧めているんです。布教活動です」

「そんな事、しなくていいよ。ダビデ君には、クマちゃんがいるんだから」


 脇谷さんは、僕が思っていたより真面目な性格らしい。

 妹のハテナさんに振り回されない、理想のお姉さまだ。




「ダビデしぇん輩! 今から、アイシュ達と一緒に部室ぶしちゅへ行くのでしゅ!」

「テンチョーさんにも、おみやげを買ってきましたー!」

「ポロリちゃん、しばらくの間、ミチノリさんを借してちょうだい!」


 寮の玄関では、3人の後輩達に身柄を拘束された。

 久しぶりに会ったリーネさんとフランさんも、元気そうだ。


「リーネがミチノリさんの左腕を持つから、フランちゃんは右腕をお願い。胸を押し当てるようにすれば、オトコの人でも、逃げられないそうよ」


「了解しましたー!」


 リーネさんの、ささやかなおっぱいの感触が、左腕に。

 右腕のフランさんのおっぱいは、1年生にしては、なかなかのものだ。

 なるほど。これは、たしかに逃げられませんね。


「ごめんね、ポロリちゃん。悪いけど、先に部屋に戻っててね」

「えへへ、お兄ちゃんは、部活でも、モテモテなの」


 再会したばかりのポロリちゃんと別れ、後輩達と校舎内の売店へ。


 売店には、ジャージ姿のカンナさんがいて、納品されたばかりの商品を仕分けしていた。今日は祝日だが、商品は平日と同じように入荷している。


「ダビデ先輩! これ、間違えて、多めに発注しちゃったの?」

「いや、それは、その数でいいんですよ。余った分は、僕が買いますから」


 カンナさんが指摘したのは、12箱も入荷した、10個入りのコンドーム。

 うち10箱は長内先生から頼まれたもので、余った2箱は僕が買う予定だ。

 今のペースで「仲良し」できれば、2箱くらい、すぐに使い切れるだろう。


 ハテナさんが友達に僕を勧めてくれて、クマさんが、その友達に僕を貸し出す。

 イケメンだと奪い合いになるのに、そうでない場合は、譲り合いになるらしい。


 このような状況を誰よりも楽しんでいるのは、僕自身だ。

 僕って、ホントに、チョロいですね。

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