第64話 イケメンにも弱点があるらしい。

「――お兄さん、もう夕方ですよ! 起きて下さい!」


 5月4日の夕方。

 ベッドで昼寝していた僕は、聞き慣れた妹の声で目覚めた。

 僕が眠っている間に、ハテナさんは寮に戻っていたらしい。


「ああ、もう夕方か。ハテナさん、おかえり。起こしてくれて、ありがとう」

「クマちゃんも起きて! 夕食の時間だよ!」

「……もう、ご飯の時間? ……あはっ、ハテナちゃん、おかえり」


 僕の隣で一緒に寝ていたクマさんも、ハテナさんの声で目覚めたようだ。

 なぜ、クマさんも一緒に寝ていたのか。それは、言うまでもないだろう。


「もしかして、2人で1日中、ヤってたんですか?」

「あははは、それは、ハテナさんの想像に任せるよ」

「うん、うん」


 1日中というか、「昨日に続いて」なんですけど……まあいいか。


 クマさんと付き合い始めて1か月。

 ようやく恋人らしい「お突き合い」が出来るようになった。


 2人で一緒におやつを食べ、一緒に体を動かし、一緒に寝る。

 食欲も性欲も睡眠欲も満たされ、今日は充実した1日だった。

 僕がこんなに幸福でいられるのは、生娘寮の皆さんのお陰だ。


「ハテナさんは、どうだったの? ユウくんとは、仲直りできた?」

「それは、後で話しますから、お兄さんは、先にパンツを穿いて下さい!」

「あはっ、私も穿いてなかった」


 クマさんも、パンツを穿かずに、そのまま寝てしまっていたようだ。

 なぜ、クマさんも穿いていなかったのか。それも、言うまでもないだろう。




 急いでパンツを穿いた後、その上にスウェットを着て、準備完了。

 部屋着姿のクマさんとハテナさんを引き連れ、寮の食堂へ向かう。


 3人で廊下を歩くときは、歩く速度を合わせて、横に1列。

 一昨日は僕が真ん中だったが、今日はクマさんが真ん中だ。

 おそらく、ハテナさんはユウくんと仲直りできたのだろう。




 食堂でクリさんと合流し、4人で、いつものテーブルへ。

 夕食を食べながら、アマグリ部屋の報告会だ。


 まずは、クリさんからの報告。

 クリさんは、進路指導室の端末でネット婚活を開始したらしい。


 顔写真は非公開でも「2年後に優嬢学園を卒業の見込み」というだけで、お見合いの希望者が殺到し、結婚相手は選びたい放題のようだ。


「私と結婚したいって人が、こんなに沢山いるなんて思わなかったよ」

「そうなんですか? うちの学園って、すごいんですね!」


 クリさんの報告に、ハテナさんは目を輝かせている。


「多分、普通の婚活サイトだと『未成年の子が、いないから』なんだろうけど」

「あはっ、若いほうがモテるって、ホントなんだ」

「写真なんて見せなくても、家事ができる16歳ってだけで、十分ですからね」


 クリさんの強みは、家事ができる若くて健康な女性である事。

 小柄でかわいいので、顔写真を見せたら、さらにモテそうだ。


「ネット婚活なら、ユウくんよりスペックが高い人も、沢山いそうですね!」


 ハテナさんの言う「スペック」とは、やはり年収の事なのだろうか。

 イケメンで高身長のユウくんでも、ここでは勝負にならないのかもしれない。


 僕が婚活する際も、やはり、相手の年収を重視するべきか。

 いや、僕の場合、婚活を始める前に、もっと自分を磨いておくべきだろう。


 相手を選ぶ以前に、まず自分が相手から選ばれる人になっておく必要がある。

 女子は若ければ若いほど人気でも、男子の場合、そうはいかないでしょうから。


「それが、そうでもなくてさ……こっちからは、相手の顔も見えちゃうから……」

「ブサイクな方も多いんですね?」

「あはっ、ハテナちゃん、ひどい」


「そう、そう。もう髪がほとんどないオジサンとかもいるし」

「でも、年収1000万とか……なんですよね?」

「いくら年収があっても、昭和生まれで不細工なオジサンは、どうかなー」

「さすがに、相手が親よりも年上だと、家族からは反対されそうですよね」

「うん、うん」


 クリさんは年収重視ではあるが、ほかのスペックも、ある程度は必要らしい。

 候補者が沢山いても、その中から1人の相手を選ぶのは難しそうだ。




「アマちゃんとイヨは、1日中、イチャイチャしてたの?」 

「はい。お陰様で、今日も楽しい1日でした」

「うん、うん」


「じゃあ、特に話を聞いてあげる必要もないか」

「あはっ、お姉さま、ひどい」

「あははは、今日も楽しかったのですから、いいじゃないですか」


 クマさんと僕からの報告は、これだけでいいらしい。

 これは、きっとクリさんから僕達への気遣いなのだろう。




「じゃあ、次はハテナちゃんの番だね。イケメンのカレシとは、どうなったの?」

「はい。ユウくんとは、仲直りのエッチができました!」


 仲直りのエッチができました。

 これは、つまり、性交に成功したという事だ。

 この報告を聞いた僕は、とても複雑な気持ちになった。


 カレシとの性行為をあんなに嫌がっていたハテナさんが、こんなにあっさりと体を許すなんて……でも、自分からカレシを誘うように勧めたのは僕だ。


 これは「寝取られた」のではなく、ハテナさんが本来の相手の元へ帰っただけ。

 かわいい妹が幸せになれるのなら、それでいい。


「それは良かったね。仲直りのエッチって、どうやって誘ったの?」


「『学園で避妊具コンドームが配られたから、使い方を教えて』って……そうしたら『ホントにいいの?』っていうから、『いいよ』って……」


 実際に配られた避妊具は、僕を相手に練習したときに使用してしまったので、全く同じものをハテナさんに持たせてあげた。それが役に立ったようだ。


 避妊具の使い方は、ハテナさんも良く知っているはずだが……まあいいか。


「場所は? カレシの部屋? それとも自分の部屋?」

「私の部屋です。昨日は、うちの両親が出掛けていたので」

「ハテナちゃんの部屋で、イケメンのカレシとヤっちゃったんだ?」


 クリさんは、ハテナさんの話をうらやましそうに聞いている。

 クマさんは……と確認すると、ちょうど目が合い、同時に笑顔になった。

 もう、心が通じ合っている感じだ。クマさん、ありがとう。


「させてあげる前に、ちゃんと言いましたよ。『そのかわり、私以外の女の子と2人で遊びに行かないでね』って……そうしたら『約束する。この前はごめん』って」


 ユウくん視点だと、部活の後輩をデゼニーランドへ誘った結果、今まで疎遠になっていたカノジョが焦って自分の体を差し出してきたように見えただろう。


 まあ、実際にそうなのだが。

 いいなあ、モテるオトコは。


「やったじゃん! イケメンキープだね!」

「うん、うん」


「これで、経験人数は2人ですよ! クリちゃん先輩は、まだ1人ですよね?」

「そうだよ。アマちゃんだけで悪かったね」

「あはっ、私も、ミッチー先輩だけです!」


 ハテナさんがクリさんをあおり、クリさんは開き直っている。

 クマさんの笑顔によって、この場の空気が保たれているようだ。

 女の子の場合、経験人数は少ない方が高評価な気もするが……まあいいか。




またを開くだけで、言いなりになるなんて、オトコって、チョロいですね!」


 ハテナさんは、この世界の真実に気付いてしまったらしい。

 かわいい女の子から見たら、オトコなんて、みんなチョロいのだろう。


「そうだね。アマちゃんなんか、特にチョロいよね」

「あはっ、2人とも、ひどい」


 なるほど。クリさんやハテナさんから見たら、僕が最もチョロい相手なのか。

 では、今の自分を客観的に見る為に、男女を逆にして考えてみよう。


 もし、ここが男子寮で、入寮を許された1人の女子が、ルームメイトの男子3人に体を許していたとしたら…………これは、たしかにチョロい女ですね。


 他の部屋の男子からは、公衆トイレだと思われてしまうかもしれません。


「あははは……たしかに、クリさんの言う通りかもしれませんね」

「ハテナちゃんなら『パパ活』で荒稼ぎも、できそうだよね?」


「クリちゃん先輩、『パパ活』って、何ですか?」

「あはっ、お姉さま、私も知らないです」


「えっ? 2人とも知らないの? じゃあ、後でアマちゃんに聞いてみて!」

「いや、僕も良く知らないんですよ。後で、こっそり教えてください」

「私も『パパ活』って言葉を知っている程度で、やり方は知らないんだけど」


 クリさんも、パパ活とはどういうものなのか、よく分かっていないようだ。

 まだ中学生のカノジョと妹を悪い方向へ進めるわけにもいかない。

 不健全な話題は、ここまでだ。




「それで、イケメンのカレシとのエッチは、どうだったの? やっぱり、イケメンはエッチも上手なんでしょう?」


「それが、イケメンなのに、まだ童貞だったらしくて、避妊具の付け方すら、よく分かってなくて……しかも、アレが小さすぎて、途中で外れないか心配でしたよ」


「避妊具のサイズが合わなかったって事? それ、相当、小さいんじゃないの?」

「そうですね。お兄さんが親指だとすると、ユウくんは小指ぐらいだったかな?」

「あはっ、ユウくん、かわいい」

「でも、それじゃ、全然、物足りないでしょ?」


「私は、カレシのアレが小さくても、別にいいですけど、本人が『小さい』っていうのを知らなくて、私のほうが『ガバガバ』だと思われるのはイヤですね」


「そっか。こっちが『小さい』って思う相手からは、『ガバガバ』だと思われているかもしれないって事か。それは、たしかにイヤだね」


「うん、うん」


 イケメンで、高身長で、家が金持ちのユウくんにも、弱点があったらしい。

 ロースペックな僕でも、全てが劣っているというわけではなかったようだ。 


「お兄さんは、ユウくんよりも、ずっと大きいので、自信を持って下さい」

「よかったね。アマちゃんは、大きめなサイズで」

「そうですね。お陰様で、クマさんともジャストフィットです」

「うん、うん」


 ヒトの体は、よく使う部分が成長するようになっている。

 僕のアレは、ネネコさんにいてもらってから、順調に成長しているようだ。


 イケメンではなく、高身長でも高収入でもない僕の強みは、下半身の宝剣だけ。


 今の僕には、下半身の宝剣を磨くための砥石といしが必要です。

 クマさん、これからも、よろしく、お願いします。

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