第62話 レンタルの依頼があったらしい。

 5月2日の夕食の時間。

 アマグリ部屋の4名は、食堂の、いつものテーブルで会話を楽しんでいた。

 以下は、僕の正面に座るハテナさんと、その隣に座るクマさんの会話だ。


「クマちゃん、借りてたカレシを返すね。貸してくれて、ありがとう」

「あはっ、明日までの約束だったけど、今日だけでいいの?」

「うん。もう、おなかいっぱい。明日はユウくんに会いに行こうと思って」

「ユウくんって、ハテナちゃんのカレシだっけ?」

「そうだよ。私がいない間に、知らない子に取られたくないから」

「あはっ、頑張ってね」


 ハテナさんの予定変更により「レンタル彼氏」であった僕は、1日早くクマさんに返却されてしまった。2日間の任期が、1日に短縮されたという事だ。


「もう、お腹いっぱい」という言葉は「満足してくれた」という意味だとは思うが、お兄さんとしては、少し寂しい気もする。


「アマちゃん、1日でクビになっちゃったんだ?」

「クビって言わないでくださいよ。悲しくなるじゃないですか」


 僕の左隣に座るクリさんが、嬉しそうな顔で、事実を確認してくる。


 クリさんのいい所は、思った事をスパッと言ってくれるところだ。

 トラブルの原因になる事もあるが、さっぱりしていて実に清々すがすがしい。


「ハテナちゃん、アレは、どうだった? アマちゃん、良かったでしょう?」

「はい。お兄さんは、とっても優しくて、私に6回も練習させてくれました」


 6回? いや、たしか5回だったような……ああ、そうか。

 入る前に出ちゃった分も、練習の回数に含まれるのか。


「アマちゃんは、いろいろと教えてくれるし、練習相手としては、すごくいいよね」

「はい。お兄さんには、いろいろと教えてもらいました」

「うん、うん」


 女子の皆さんは会話好きで、共通の話題で盛り上がるという習性がある。

 この3人にとって、僕は共通の話題であり、共通の玩具おもちゃだ。


 お嬢様方に愛される玩具になり、オトナの女性にも愛される玩具になる事。


 これが、今の僕が目指すべき道なのだと思う。

 僕はオトコなのに「養ってもらう側のルート」を選んだわけですからね。




「クリちゃん先輩は、今日、何をしてたんですか?」


 こちらは、ハテナさんからクリさんへの質問だ。

 これは、僕も気になっていたところである。


「畑の草むしりをした後、こっそり部屋に戻ってみたんだけど、ちょうど2人がガチでヤってたんで、邪魔しちゃ悪いと思って、部室で時間をつぶしてたよ」


「そうだったんですね。お気遣い、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


 やはり、クリさんは、こっそりのぞきに来ていましたか。


 僕達は行為に夢中で、全く気付きませんでした。

 ベッドのカーテンを閉めておいて正解でしたね。




「クマさんは、今日、どこへ行ってたんですか?」

「私は206号室へ遊びに行って、昨日の事をネコに報告して来ました」


 クマさんは、僕と「仲良し」した事をネネコさんに報告したらしい。


 今カノのクマさんが、元カノのネネコさんに、僕との初エッチを報告。

 ネネコさんの紹介なのだから、当然と言えば当然だが、複雑な気分だ。


「それで、ネネコさんは、何か言ってましたか?」

「あはっ、『2人の仲が良くて安心したよ』って、喜んでくれました」

「そうでしたか。それは良かった」


「アマちゃん、ネネコちゃんの事が気になるんだ?」

「お兄さんの元カノですもんね」


「そうですね……合意の上で別れましたけど、今も仲は悪くないですから」

「うん、うん」


 僕は、今でもネネコさんの事が好きだし、親しい友達だと思っている。

 クマさんとの「仲良し」をネネコさんが喜んでくれて良かった。


 その後、クマさんは206号室で、お菓子を食べながら、天ノ川あまのがわさんとネネコさんから僕の情報をいろいろと聞き出したらしい。


 部屋にいた宇佐院うさいんさんからは「次は、いつヤるの?」と聞かれたそうで、クマさんは「次は多分、明後日です」と正直に答えてあげたそうだ。




「あはっ、明後日じゃなくて、明日でも良くなりました」

「あははは、クマさんとなら、僕は毎日でもいいですよ」


「えー! アマちゃんとイヨが、部屋で毎日ヤってたら、私の居場所は?」

「クリちゃん先輩も、仲間に入れてもらえば、いいじゃないですか」

「それは遠慮しとくよ。イヨのハダカなんて見たくないし」


「あはっ、お姉さま、ひどい」


 クマさんが望むなら、今晩からでも仲良し可能だが、クマさんの性欲はハテナさんほど強くはなさそうだ。


 それに、ルームメイトのクリさんに迷惑を掛けるわけにもいかない。


 明日以降は、どこでするべきか。

 自室以外の仲良しスポットを探しておかないと。

 相手がいても、する場所がなければ、出来ませんからね。




 クマさんからの報告の続き。


 宇佐院さんの妹であり、クマさんの部活仲間である有馬城ありまじょうさんからは「今日は、なんでカレシと一緒じゃないの?」と質問されたそうだ。


 クマさんが正直に「ハテナちゃんに貸してあげた」と答えたところ、「それなら、私にも貸して!」と言われたらしい。


 有馬城さんは、僕と一緒に遊びたいだけなのだろうか。

 それとも、ハテナさんのように「仲良し」の練習相手が必要なのだろうか。




「ミッチー先輩は、サクラちゃんとも仲がいいですよね?」

「そうですね。有馬城さんは、ポロリちゃんとも仲良しですから」


 僕は有馬城さんから「お兄さま」と呼ばれているが、これは、「ポロリちゃんの、お兄さま」から「ポロリちゃんの」が省略された形である。


「サクラちゃんにも貸してあげていいですか?」

「もちろん、いいですよ。クマさんは、お友達に優しいですね」

「あはっ、サクラちゃんに会ったら、伝えておきます」

「でも、その前に、もっとクマさんと遊びたいな。せっかくの連休なんですから」

「うん、うん」


「いいなー。私もレンタル彼氏、リピートしていい?」

「クリちゃん先輩は、遊びより婚活を優先した方がいいんじゃないですか?」


「そうか、それもそうだね。だれか、いい人紹介してくれないかなー」

「ユウくんに会ったら聞いてみます。『婚活中の知り合いがいたら教えて』って」


「いいね! できれば、イケメンで高収入の人がいいな」

「そんな人がいたら、私がユウくんから乗り換えますよ」


「じゃあ、私はユウくんでいいや。背が高くて、イケメンなんでしょう?」

「ユウくんは、誰にも渡しませんよ! 私がキープしてるんですから!」


 クリさんとハテナさんは、仲がいいのか、悪いのか。

 2人とも、将来を見越してスペックの高い男性を求めているようだ。

 これは、より良い遺伝子を求める、女性としての本能なのだろう。


 以前、宇佐院さんから、「甘井さんがイケメンだったら、多分、大喧嘩おおげんかだよ」と言われた事があるが、もしかしたら、その通りなのかもしれない。


 ハイスペックな男子は女子同士で奪い合いになり、ロースペックな僕は女子同士で譲り合いになる――僕はハイスペック男子じゃなくて、本当に良かった。






 5月3日の朝。

 料理部員のクリさんは、今日も朝食の準備の為、早起きして食堂へ。

 クマさんは、僕が起こしてあげる約束なので、まだ隣のベッドで就寝中だ。


 ハテナさんは上段のベッドから下りて来て、僕のベッドの上に座っている。

 カレシとしてのレンタル期間が終わっても、僕はハテナさんの、お兄さんだ。


 先日、本当のカレシに浮気され、泣いて帰ってきた妹が、今日もそのカレシに会いに行くというのなら、兄として、精一杯、応援してあげるべきだろう。




「お兄さん、今日は帰って来ないと思いますけど、心配しないで下さい」 

「作戦は、もう決めてあるの?」

「はい。覚悟も出来てます」

「避妊具は、忘れずに持って行ってね」

「はい。分かってます」

「よし! 今日も三つ編みが上手うまく出来たよ。かわいいし、よく似合ってる」

「ありがとうございます。必ず、ユウくんを取り戻してみせます!」

「今のハテナさんなら、きっと楽勝だよ」


 今日も、かわいい妹と楽しく会話をしながら、髪を三つ編みにしてあげた。


 こんなに「ヤル気満々」な女の子に迫られて、ノーと言える男性が、この世にいるだろうか。おそらく、いないだろう。


 イケメンで、高身長で、家が金持ちのユウくん、かわいい妹を頼みますよ。




 ハテナさんの髪を編み終えたので、次はクマさんを起こしてあげよう。


 カノジョなら「おはようのキス」でしたね。

 クマさんからのリクエストにも、ちゃんと応えてあげましょう。


「はい。クマさん、朝ですよ」

「あはっ、ホントにキスしてくれた」

「寝たふりは、やめてくださいね。こっちも恥ずかしいですから」


 おはようのキスは、クマさんも恥ずかしかったようで、顔が真っ赤だ。

 きっと、僕も同じくらい、顔が赤いのだろう。


「寝たふりじゃないです。今、起きたばっかりです」

「うん、うん」

「ほら、エヒメちゃんも、そう言ってます」


 これはクマさんが得意とする一人芝居だ。つまり自作自演である。

 いつもは半開きの口が閉じていたので、うそはバレバレなのに……。


「エヒメさんが、そう言うのなら、仕方ないですね」

「うん、うん」

「では、おびとして、エヒメさんにパンツをプレゼントしましょう」


「あはっ、それ、もしかして、ハテナちゃんのお下がりですか?」

「そうですよ。ほら、サイズもピッタリだし、女の子らしいでしょう?」


 ハテナさんからもらったパンツは、熊の抱き枕エヒメさんにピッタリだった。

 性別不詳なエヒメさんも、これなら、どこからどう見ても女の子だ。


「お兄さんは変態だけど、クマちゃんも、大目に見てあげてね」

「あはっ、エヒメちゃんには、私のブラも着けてあげようかな」

「それは、いい考えですね。きっとよく似合いますよ」


 ハテナさんもクマさんも、僕の趣味に合わせてくれているようだ。

 僕が洗脳したみたいで、ちょっと怖い気もするが……まあいいか。






 いつも通り4人で朝食をとった後、ハテナさんをバス停まで送る。

 ハテナさんは実家で1泊して、明日、寮に戻る予定らしい。


「ハテナさん、気を付けて、いってらっしゃい」

「ハテナちゃん、ユウくんによろしくね!」

「あはっ、ハテナちゃん、頑張ってね!」


「いってきます!」


 セーラー服を着た、お尻の大きな妹が三つ編みを揺らしながらバスに乗り込む。

 今日はクマさんと「仲良し」しながら、ハテナさんの成功を祈ることにしよう。


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