第5話 情報操作で流行を作れるらしい。

「ミチノリさんは、この後、部室に来てくれるのよね?」

「はい。もちろん、そのつもりです」

「ミッチーは、店長のお仕事か。ボクは寮に戻るよ」


 ネネコさん、リーネさんと3人で話をした後、リーネさんから部室に誘われた。


 僕が売店に来た理由は、元カノとショッピングを楽しむ為ではなく、部室に顔を出す為だったので、ネネコさんとは、ここでお別れだ。


「ネコさん、ごきげんよう。サクラちゃんに、よろしくね」

「リーネは、チューキチによろしく。ミッチーは、クマとうまくやってね」

「うん。明日からは、朝、起こしてあげられないけど、ネネコさんも頑張ってね」


 ネネコさんが朝1人で起きられるのか少し心配だが、そのあたりは、天ノ川さんおねえさまに全てお任せする事にしよう。




 ネネコさんを見送り、リーネさんと一緒に部室へと向かう。

 管理部の部室は売店のバックルームで、関係者以外は立ち入り禁止だ。


「おはようございます」


 部室に入ると、体操着姿の後輩が2人いて、仲良くお菓子を食べていた。

 夕方でも、挨拶あいさつが「おはようございます」なのは、管理部の伝統である。


「店長、はよざいまっす!」


 お菓子を慌てて飲み込んで挨拶を返してくれた子は、3年生の浅田あさだ千奏ちかなさん。

 広報部の部員だが、この春休みからは、管理部の仕事を手伝ってくれている。


「ダビデしぇん輩、おはようございましゅ!」


 こちらは、管理部の正式な部員で、同じく3年生の安井やすい愛守あいしゅさん。


 わざと舌足らずにしゃべっているのは、当人が「そのほうがかわいい」と思い込んでいる為で、おそらく中二病のようなものだろう。まあ、実際にかわいいのだが。


「仕事は、ほとんど2人で終えてますから、確認おなしゃす!」

「カンナしゃんのいない間は、アイシュが副店長なのでしゅ!」


「今日は、もう仕事が終わっているのですか? さすがですね」


 この2人は、僕の2つ下の学年で成績上位の2名で、昨年度の定期試験では、チカナさんが毎回1位で、アイシュさんは常に2位だった。


 優秀かつ忠実な3年生コンビのお陰で、仕事が楽で助かる。


 なお、副店長のカンナさんは4年生で、新1年生が入寮するまでは、部屋の人数が4人に満たない為、現在は群馬県の実家に帰省中だ。


「リーネは、さっき来たばかりで、お仕事は何もしていないの。ごめんなさい」

「こっちに謝らないで下さい。僕も、まだ何もしていませんから」




 発注作業が一通り済んでいる事を端末の画面で確認し、リーネさんと一緒に部室を出て、売り場も確認する。


 掃除も品出しも全て終わっていて、店内は、とても綺麗きれいだった。


「お疲れ様でした。売り場も整っていましたし、発注作業も全て済んでいるようですから、後はバースデーケーキと歯ブラシを追加発注するくらいですかね」


「歯ブラシなら、まだ在庫があったはずなのでしゅ!」

「――でも、なぜか全部、紫色っすね」


 アイシュさんの言葉を、チカナさんが即検証し、僕に在庫を見せてくれた。

 かため、ふつう、やわらかめ――どれも紫色ばかりが残っている。


「実は売り場のほうも、そうなんですよ。発注時に色の指定が出来ないから、仕方ないとは思いますけど、自分で買うくらいしか対処法が思いつかなくて……」


 追加発注しても、きっと人気の色から売れてしまう……どうしたらいいだろう。


「ダビデ先輩は、紫色の歯ブラシを使ってらっしゃるんですか? なら簡単っすよ」

「ダビデしぇん輩、ここはアイシュ達に任しぇて欲しいのでしゅ!」


 優秀かつ忠実な3年生コンビは、無地のカードとカラーペンを取り出し、何かを書き始める。どうやら、販促物を作ってくれているようだ。


「――ほら、これでバッチリっす。多分、バカ売れです」

「マインドコントロールなのでしゅ!」


 チカナさんとアイシュさんは、可愛らしい手書きのポップを見せてくれた。

 その内容は、こんな感じだ――


『今年の流行の色はムラサキ! ダビデ先輩も愛用しています! ダビデ先輩と同じ色の歯ブラシを使いたいあなたは、迷わず紫色の歯ブラシを選びましょう!』


「……とても可愛らしいポップですけど、こんなので、本当に売れるんですか?」


 僕が紫色の歯ブラシを買ったのは事実であっても、今年の流行が紫色である事には何の根拠もない。これで、本当に効果があるのだろうか。


「ダビデ先輩ファンクラブ会員番号4番、浅田チカナ、買わせて頂きます!」

「ダビデしぇん輩ファンクラブ会員番号しゃん番、安井アイシュもでしゅ!」


 熱狂的な僕のファンが、まず自分達で買ってくれたようだ。


 ここまでくると、ほとんど宗教だが……まあいいか。

 ファンクラブといっても、誰かが会費を集めている訳ではないのだから。


「みんなが紫なら、リーネも紫にしようかしら? 今年の流行色なのよね?」


「そうですね。リーネさんも紫色を選んでくれるのでしたら、それは、本当に流行色と言えるのかもしれません」


 なるほど。流行というものは、情報操作によって作り出されるものなのか。

 結果的に、そうなるのなら、根拠なんてものは、必要ないのかもしれない。






「リーネちゃんの婚約者って、大学生なんだ? いいなー。婚約者にお誕生日を祝ってもらえるなんて、サイコーっしょ?」


「アイシュも、とってもうらやましいのでしゅ。しょれで、リーネしゃんは、明後日あしゃって、実家に帰ってしまうのでしゅね?」


 リーネさんは、お誕生日に実家に帰ることを、3年生の2人に報告した。

 チカナさんもアイシュさんも、既に婚約者のいるリーネさんが羨ましいようだ。


 僕も専業主夫を目指している立場なので、卒業後に自分を養ってくれるパートナーを、既に確保できているリーネさんが、とても羨ましいと思う。


「先輩方には、ご迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい」

「リーネさん、迷惑だなんて、誰も思っていないですよ」

「そうだよ、リーネちゃん」

「ただ、羨ましいだけなのでしゅ」


「管理部でのリーネさんのお誕生日会は、1日延期して開催しますので、チカナさんとアイシュさんは、お姉さま方にも、よろしくお伝えください」


「了解っす!」


 チカナさんのお姉さまは、僕の友人でもある升田ますだ知衣ちい先輩。科学部の部長でありながら、管理部の仕事も手伝ってくれている、メガネの良く似合う面白い先輩だ。


「承知致しましたのでしゅ!」


 アイシュさんのお姉さまである足利あしかが芽吹めぶき先輩は、管理部の部長であり、僕に売店の仕事を教えてくれた、とても優しい先輩である。


 6年生の先輩方は、普段から最年少のリーネさんをかわいがってくれているし、お誕生日会が1日延期になったくらいで怒ったりはしないはずだ。


「――というわけで、リーネさんはご実家で、ゆっくりしてきて下さい」

「2日続けて、お誕生日を祝ってもらえるなんて、今から楽しみだわ」


 リーネさんに笑顔が戻ったので、この問題は解決だ。






 部室に顔を出した後は、自室に戻ってルームメイト達と合流する。

 只今の時刻は午後5時40分。6時になれば、寮の夕食の時間だ。


「ただいまー」

「ダビデ先輩、おかえりなさいませっ」

「あれ? クマさん、お1人ですか?」

「はい。お姉さまとロリちゃんは、夕食の準備だそうです」


 209号室に戻ると、体操着姿のクマさんが笑顔で迎えてくれた。

 クリさんとポロリちゃんは、料理部のお仕事らしい。


「そうでしたか。料理部員は忙しそうですね」

「ロリちゃんが、『今日は、みんなで餃子ぎょうざをつくるの』って、言ってました」


 ……となると、食堂にはクマさんと2人で行く――という事になるのか。

 ここは、気まずくならないように会話を繋げなくては。


「今日の夕食は餃子ですか。クマさんは、餃子、お好きですか?」

「はい。餃子は好きなので、楽しみです。先輩は、どうですか?」


「僕も好きですよ。でも、クマさんと一緒に食事をするのに、メニューが餃子だと自分の口臭が、ちょっと気になりますね」


「あっ、それは、みんなで一緒に食べれば、平気だと思います」


「あっはっはっ、それもそうですね。6時までは、まだ少し時間がありますから、よかったら、ここでしばらく話をしませんか?」


「はいっ、是非お願いします。先輩と2人きりで、少し緊張してますけど」

「そうですか? 全然そんな風には見えないですけど」

「お姉さまからは、『緊張感がない』って、良く言われます」


「クマさんは、笑顔が素敵で、いつも楽しそうに見えますからね。僕は、むしろクマさんと2人きりのほうが話しやすいです。3人以上だと、『僕は、この会話に参加していなくてもいいんじゃないか』って考えてしまうタイプなので」


 女子2人の会話に、ごく自然に割り込むなんて、僕にはハードルが高すぎるし、2人きりで話しているところに誰かが来ると、なぜか気まずい雰囲気になってしまう。


 これは、僕のコミュニケーション能力が、足りていない証拠だと思う。


「それ、分かります! 2人だけのほうが、気を遣わずに済みますよね?」


「はい。なので、今のうちにクマさんから、『カレシ募集』の詳しい『募集要項』を聞いておこうかと思いまして」


「あはっ、私、そんな難しい事、考えた事ないです」


「これは『根回し』を兼ねた、ただのアンケートです。僕は、もっとクマさんの事を知りたいだけですから」


「あっ、私も先輩の事、もっと知りたいです」


「クマさんとは気が合いそうですね。じゃあ、お互いに『お見合い』の練習という事で、どうですか?」


 うちの生徒は在学中に「お見合い」して専業主婦になる人がほとんどらしい。

 僕が女子の皆さんと同じように「お見合い」できるのかどうかは、不明だが。


「ダビデ先輩と私が『お見合い』ですかっ⁉」


「もちろん、結婚をする為のお見合いじゃなくて、お付き合いをする為のお見合いですよ。僕もクマさんと同じ『シュフ志望』なので、残念ながら結婚を前提としたお付き合いは出来ませんから」


「そうですよね。ちょっと、びっくりしちゃいました」

「では、いくつか質問させてもらっていいですか?」

「はい。なんだか、ドキドキしますね」


 やはり、クマさんは素直でいい子だ。

 表情も、今までで一番かわいく見える。


「最初の質問です。クマさんは、どんなカレシを募集されていますか? 条件は、できるだけ具体的にお願いします」


「えーっ! 私、難しい事は、よく分かんないです」

「簡単に言えば『クマさんの好きな男性のタイプを教えてください』って事です」

「そうですね……まず、『背が高い人』がいいです。これは絶対に譲れません」


 ――ぐっ! いきなり痛いところを突かれてしまった。


 僕の身長は現在「170センチあるかないか」という微妙な高さだ。去年の今頃と比べたら10センチ伸びているが、「背が高い人」には、含まれていないだろう。


「……あと、年齢は、出来れば2つか3つ上の、お兄さんがいいです」


 こちらの条件に関しては、僕でもニーズを満たしてあげられそうである。


「ありがとうございます。では、2つ目の質問です。クマさんって、僕の事は、どう思っているのですか? 答えにくかったら、答えてくれなくてもいいですけど」 


「うーん……それは難しい質問です」

「僕の事が好き――って訳では、ないのですね?」


「いえ、まだよく分かってないだけで、多分、好きだと思います。ネコからは先輩の事をいろいろと聞いてますし、ネコが羨ましいなって、ずっと思ってましたから」


「ネネコさんって、僕の事をクマさんに、どんなふうに言ってました?」


「えーと、『ミッチー先輩はチョーエロいけど、チョー優しくて、付き合うとチョー気持ちいいから、1回付き合ってみたほうがいい』って、言ってました」


 それは「付き合うと」ではなく「突き合うと」だと思いますが……まあいいか。


「では、3つ目の質問です。僕が、クマさんの「カレシ募集」に応募したら、確実にカレシとして採用してもらえるのですか? 面接で落とされちゃったりもします?」


「応募者が多数の場合は、その中から1人を選ばないといけないですけど、今のところ応募者は0ですので、今なら100%採用です」


「ホントですか? 僕、クマさんより3つ年上ですけど、背は高くないですよ」

「背は、私より1ミリでも高ければ、合格ですから」

「え? それは、何か特別な理由でもあるのですか?」


「はい。私、小学校の時にクラスに好きな男の子がいて、その子に告白したんですけど、『自分より背が高い子はヤダ』って、振られちゃったんです。だから、カレシを募集する時は、私よりも背が高い人にしておこうと思って」


「なるほど。同じオトコとして、気持ちは分からなくもないですけど、勇気を出して告白したクマさんを、そんなくだらない理由で振るなんて、許せませんね」


 背が低いオトコでも認めてくれたというのに、なんてもったいない事を……。


「ダビデ先輩は、本当に『チョー優しい』ですね。ネコが言っていた通りです」


「あははは、優しいのは、ただの下心かもしれませんよ。クマさんからは、僕に対して、何か質問はありますか?」


「はい。教えて欲しい事は沢山ありますけど、6時になっちゃいましたから、2人で食堂へ行きませんか?」


「そうですね。2人で一緒に行きましょう」


 ――よし、これで「根回し」は完璧だ。

 明日からは、クマさんが僕のカノジョか。


 ネネコさん、カレシ募集中のクマさんに僕を推薦してくれてありがとう。






 ご愛読特典:優嬢学園お嬢様名鑑⑤


「ろりくま」の第5話を最後までご覧下さって、誠にありがとうございます。


 今回は「ろりくま」からの読者様に向けて、第5話で新たに本文中に登場した5名のお嬢様方をご紹介いたします。なお、身長は新学期開始時点の推定身長です。


浅田 千奏 あさだちかな  3年生の出席番号1番。身長150㎝。

初登場は「ろりねこ」第56話。「ろりくま」では管理部の仕事を手伝っている。

ダビデ先輩ファンクラブの会員番号4番。頭の回転が速く、成績優秀。

202号室から30?号室に転居。広報部所属。姉は升田知衣。


安井 愛守 やすいあいしゅ  3年生の出席番号17番。身長153㎝。

初登場は「ろりねこ」第56話。ダビデ先輩ファンクラブの会員番号3番。

舌足らずなしゃべり方がかわいい。甘井という苗字に憧れているらしい。

202号室から30?号室に転居。管理部所属。姉は足利芽吹。


搦手 環奈 からめてかんな  4年生の出席番号5番。身長155㎝。

初登場は「ろりねこ」第81話。「ろりくま」では売店の副店長を務める。

自信満々で執念深い性格。ミチノリとは脱衣麻雀で全裸を見せ合った仲である。

305号室から103号室に転居。管理部所属。妹は第1章で登場予定。


升田 知衣 ますだちい  6年生の出席番号15番。身長156㎝。

初登場は「ろりねこ」第51話。「ろりくま」では科学部の新部長を務める。

ミチノリの「心の友」を自称し、次の夏休みに温泉旅行に行く約束をしている。

202号室から30?号室に転居。科学部部長。妹は浅田千奏。


足利 芽吹 あしかがめぶき  6年生の出席番号1番。身長160㎝。

初登場は「ろりねこ」第46話。「ろりくま」では管理部の新部長を務める。

ミチノリに店長の仕事を引き継ぎ、今は就職活動(=婚活)に専念している。

202号室から30?号室に転居。管理部部長。妹は安井愛守。




 上記以外にも優嬢学園のお嬢様方が多数登場する予定です。

 お気に入りの子が見つかりましたら、フォローしてあげて下さい。


 それではまた。ごきげんよう。

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