第4話 あの声が外に漏れていたらしい。

「やっぱ、ミッチーに頼んで良かったよ。ありがとね」

「どういたしまして。ネネコさんも、お疲れさま」


 206号室まで乗馬マシンを運び込み、依頼された仕事は無事に完了。

 元カノとは息がぴったりなので、予想していたよりもだいぶ楽だった。


 ネネコさんは、小柄な女の子にしては、かなりの力持ちだ。

 この細い体で、よくこんなに重いものを運べるものだと感心してしまう。




「お兄さま、ありがとうございます。私の代わりに運んで下さったのですね!」


 206号室では、かわいい私服を着た、お下げ髪の子が笑顔で迎えてくれた。


 この、少しふっくらとした感じのお嬢様が、元お隣さんで、今日からネネコさんのルームメイトになった、2年生の有馬城ありまじょうさくらさんだ。


 有馬城さんからは当初「ポロリちゃんのお兄さま」と呼ばれていたのだが、いつの間にか「ポロリちゃんの」の部分が省略されてしまい、今では単に「お兄さま」と呼ばれるようになってしまった。


 寮に住む年上の男性は1人だけなので、それで十分という事なのだろう。

 後輩から「お兄さま」と呼ばれると、かわいい妹が増えたような気分である。


「有馬城さん、もう、お体の具合は大丈夫なんですか?」

「はい。無力である自分を嘆き、不貞寝ふてねしていただけですから」

「そうでしたか。それなら良かったです」

「アルマジロって、ミッチーと話す時だけ、言葉がやたら丁寧だよね?」


「うるさいなー、蟻塚ありづかは黙っててっ! もう、お兄さまとは別れたんでしょう?

 ――あっ……ご本人の前で、大変失礼致しました」 


「あははは、気にしなくていいですよ。僕達が別れたのは、事実ですから。それに、丁寧な言葉遣いが出来る女性は、とても素敵だと思います」


 ネネコさんも、去年の夏休みに僕のうちまで遊びに来た時は、まるで別人のようだった。場所や相手に応じて態度を変える事ができる人は、オトナだと思う。


「ありがとうございます。蟻塚と違って、お兄さまは、お優しいですね」

「ミッチーはアルマジロの事、褒めすぎじゃね?」


「そうかな? ネネコさんもすごいと思うよ。こんなに細い体で、あんなに重いものを軽々と運べちゃうんだから。ネネコさんは、やっぱりカッコイイよね」


「それって、褒めてなくね? ボク1人じゃ持てなかったし」

「いや、褒めてるって。乗馬マシンは重いから、僕1人でも無理だよ」


 この寮で楽しく過ごすコツはいくつかあるが、その中の1つが、このように身近にいる相手を褒める事だ。


 お世辞ではなく、思った事をそのまま口に出すだけでいい。


 その場で相手の反応を見て楽しむ事が出来るし、日頃から後輩達の好感度を上げておけば、その後も良い事ばかりである。


「そんな事より、早く売店に行こうよ」

「あー、そうだったね。――有馬城さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう、お兄さま。――蟻塚は、何か、おみやげを買って来てね!」


 ネネコさんが先に部屋を出てしまったので、僕は有馬城さんに挨拶あいさつをしてから、ネネコさんの後に続いた。




「ネネコちゃん、ただいま。あれ? うわさをすれば、何とやら――だね」

「ふふふ……ただいま戻りました。やはり、甘井さんと一緒でしたか」


 ネネコさんに続いて廊下へ出ると、ちょうど同じタイミングで、正面の廊下からジャージ姿の5年生2名が部屋に戻って来た。


 ネネコさんに先に挨拶をした、やや細身で髪の短いお嬢様が、有馬城さんのお姉さまで、元お隣さんの宇佐院うさいん千早ちはやさん。


 その隣の、胸が非常に大きくて、髪の長いお嬢様が、ネネコさんのお姉さまで、元ルームメイトの天ノ川あまのがわ深雪みゆきさんだ。


「宇佐院さん、天ノ川さん、おかえりなさい」


「おかえりなさい、お姉さま方。乗馬マシンはミッチーに手伝ってもらって、2人で持って来たよ」


「甘井さん、ご協力ありがとうございます。――ネネコさんも、ご苦労様です」

「どういたしまして」


 天ノ川さんからは、ねぎらいの言葉を頂いた。

 ネネコさんも嬉しそうだ。


「2人とも、お疲れさま。――甘井さん、昨日の夜は、かなり遅い時間まで頑張っていたみたいだけど、体力あるよね。やっぱり、オトコの人ってタフなんだね」


 宇佐院さんからも、ねぎらいの言葉を頂いた。

 しかし、僕が褒められた理由は、別のところにあったようだ。


「――え? もしかして、昨日の夜も声を聞かれてましたか?」


 宇佐院さんは、よく隣の部屋から、ネネコさんと僕の性行為なかよしを盗み聞きしていた。

 おそらく、昨晩の「一連の行為」も、全て聞かれてしまっていたのだろう。


 こちらも後ろめたい気持ちはあるので、宇佐院さんを責めるつもりはないが、せめて当事者には分からないように、心の中にとどめておいてもらいたいものだ。


「ミユキさんの『あの声』が、あそこまで大きいと、さすがにね。

 ――ところでミユキさん、この2人は本当に昨日、別れたの? 実はミユキさんの『寝取り疑惑』を晴らすための『情報操作』だったりはしない?」


「チハヤさんは、人聞きの悪い事を言わないで下さい。『昨夜ゆうべのアレ』は、甘井さんがフリーになった事を確認した上での行為であって、決して妹のカレシを寝取った訳ではありません。――そうですよね、甘井さん?」


 宇佐院さんに「あの声」を聞かれてしまった天ノ川さんは、完全に開き直っているようだ。


 天ノ川さんとしては、昨晩、僕と「仲良し」してしまった事よりも、妹のカレシを寝取ったと思われる事の方が問題らしい。


「声しか聞かれていないのに、僕が肯定してしまったら、それは『行為を認めた』という事になってしまいますけど、天ノ川さんは、それでもいいんですか?」


「問題ありません。一夜限りの交わりですし、私自身、後悔はしていませんから」

「お姉さまの『あの声』を聞かれた時点で、隠そうとしてもムダじゃね?」

「まあ、ネネコさんの言う通りではあるけど……」


「ヨシノは朝から優嬢新聞の『号外』を作っていたみたいだよ。そろそろ配り始める頃だと思うけど……今回の見出しは『ダビデ乱交』だってさ」


「ヨシノ」とは、宇佐院さんの元ルームメイトの今市いまいち佳乃よしのさん。

 広報部の5年生で、リーネさんのお姉さまだ。


「校内新聞で、その見出しはマズイのでは……」


「それも全く問題ありません。なぜなら、今日は4月1日だからです。今日なら校内新聞に、どんな記事を書かれたとしても、全てフェイクニュースになりますから」


「なるほど。天ノ川さんは、最初から、それをねらっていたのですね」

「ミユキさんは普段マジメだから、ヨシノが書いた記事なんて誰も信じないよ」


 これは、宇佐院さんの言う通りかもしれない。ルームメイトのクリさんも、「私はミユキさんほど生真面目じゃない」なんて言っていたし、僕自身も、昨晩の出来事は夢だったのではないかと疑っているくらいなのだから。


「お姉さまは、今日から、ボクと付き合ってるんだけど」

「ふふふ……ネネコさん、それは恥ずかしいので、みんなにはナイショです」


 天ノ川さんとネネコさんは、やはり姉妹以上に仲が良いようだ。

 僕は宇佐院さんと自然に目が合い。同時に笑顔になった。


「リーネちゃんもサクラも、ミユキさんの『あの声』が聞こえてくる前に寝ちゃってたし、私も言いふらすつもりはないから、甘井さんは心配しなくていいと思うよ」


「それは助かります。宇佐院さん、見逃してくれて、ありがとうございます」


「あっはっはっ、ヨシノと一緒に盗み聞きしていた私も共犯なのに。甘井さんって、やっぱり面白いね」


 ここは盗み聞きされていた事を怒るべきだったのだろうか……まあいいか。


 オトナの事情で、詳しくお伝えする事が出来なかった、ポロリちゃんとの「お医者さんごっこ(お注射あり)」のほうは、盗み聞きされていなかったようだ。


 小さくてかわいい妹の「あの声」が、天ノ川さんよりもずっと控えめで助かった。






「ネネコさんは、売店で何を買うつもりなの?」


「部屋が変わったから、新しい歯ブラシを買おうと思って。ミッチーも、そろそろ新しいヤツを買ったほうが良くね?」


「そうだね。僕もネネコさんと一緒に歯ブラシを買っておこうかな」


 天ノ川さん達との会話を終え、ネネコさんと2人で校舎内の売店へ向かう。


 優嬢学園の校舎と生娘寮は、同じ敷地内にある隣同士の建物で、寮の玄関から校舎の昇降口までは20メートルほど。


 売店は校舎の1階、昇降口の奥にあって、セルフレジで24時間営業だ。


 売店の品揃しなぞろえは、文具と衣類――特に女子の下着――に特化しているが、それ以外は、ほぼコンビニと同じで、お菓子やカップラーメンなども普通に販売している。




「青いヤツ、最後の1本じゃん! なんで紫ばっかなの?」

「紫色は不人気だからね。色は発注時に指定できないから、仕方ないよ」


 売店に到着し、元カノと一緒に売り場を見ると、歯ブラシは、引っ越し特需で良く売れているらしく、人気のある色――赤、白、ピンクなど――は全て品切れで、不人気な色ばかりしか残っていなかった。


 ネネコさんが普段使っている青い歯ブラシは1本だけ残っていて、なんとか機嫌を損ねずに済んだが、この売店の店長としては非常に残念な状況である。


 僕は「不人気ナンバー1」の紫色の歯ブラシを選び、自分で購入する。

 不人気な色だけ残っていても売れないので、後で追加発注はしておかないと。


 ――チリーン。


 セルフレジで商品のバーコードをスキャンし、カードリーダーに生徒手帳を載せると、はかなげな鈴の音が鳴る。これは学内専用の電子マネー【JOCAジョーカ】の決済音だ。




「ミチノリさん! ネコさん! 今、ちょっといいかしら?」


 僕達が買い物を終えると、売店のバックルーム(=管理部の部室)からセーラー服を着た小柄なお嬢様が出て来た。


 前髪パッツンのロングヘアーで、うちの学園の生徒ではポロリちゃんに次いで2番目に小さい女の子――先ほど寮のロビーに呼び出されていた、真瀬垣ませがき里稲りいねさんだ。


「リーネさん、そんなに慌てて、どうしたのですか?」

「さっきの電話で、家族から何か言われたんじゃね?」


「ネコさんの、お察しの通りよ。ママに『家に帰って来い』って言われちゃったの。リーネは帰りたくなかったのに。断れなくて、ごめんなさい」


「お母さまに呼ばれたのなら、仕方ないですよ。春休み一杯ですか?」


「『お誕生日を祝ってあげるから帰って来なさい』ですって。リーネは学園のお友達に祝ってもらいたかったのに……」


 リーネさんのお誕生日は、明後日の日曜日――4月3日だ。

 管理部では、ケーキを用意して、みんなでお祝いしてあげる予定だった。


「なら、ママにそう言って、寮に残れば良かったんじゃね?」


「リーネは、ママに自分の意思をはっきりと伝えたわ。でも、パパがカレを呼んじゃったみたいで、もう断れないみたい」


「カレって、婚約者の方ですよね? ご家族と一緒に、お誕生日を祝ってもらえるのなら、良かったじゃないですか」


 リーネさんは、婚約者の大学生と冬休みにデートをしたらしいのだが、その時には「カレが(性的な事を)何もしてくれなかった」と落ち込んでいた。


 いくら婚約者とはいえ、オトナの男性がリーネさんとデートする場合は、並んで歩くだけでも警察官から職務質問されてしまうリスクがあるわけで、それ以上の事は何もおこらなくて当然だと思う。


「でも、家に帰ったら、ミチノリさんとの約束が守れなくなってしまうわ。ミチノリさんは、リーネの為にケーキまで発注してくれたのに」


「マジ? ミッチーはリーネにケーキをプレゼントするつもりだったの?」


「あー、一応、僕がこの売店の店長だからね。管理部で祝ってあげるつもりだったんだけど……リーネさんさえ良ければ、中止ではなく、延期って事でどうですか?」


「そうね。リーネは、4日の朝には必ず寮に戻るから、売店の棚卸の後、4日の夕方でどうかしら?」


「棚卸は手伝ってもらえるんですね。とっても助かります」

「リーネも管理部の部員で、この店の店員よ。そんなの当然じゃない」


「タナオロシって何? タナから何か下ろすの?」

「棚卸って言うのは、店の商品在庫をカウントする作業の事だよ」

「ここにあるやつ、全部数えるの? チョー大変じゃね?」

「うん。多分、チョー大変だと思う」


「ケーキ代は、ミチノリさんが立て替えておいてくれれば、後でリーネが払うわ」


「それは気にしなくていいですよ。4日の分のケーキは、今から発注すれば間に合いますし、3日の分のケーキは、店売りにしておけば、売れるかもしれませんから」


「ミセウリって何?」


「商品を売り場に置く事だよ。3日に誕生日の人が、他にもいれば売れるかもしれないし、売れなかったら僕が買って、みんなのおやつにでもするから」


「あれ? そういえば、4月3日って、アルマジロの誕生日じゃなかったっけ?」

「そうよ。リーネの誕生日は、サクラちゃんと同じ日だもの」


「――え? 有馬城さんとリーネさんって、お誕生日が同じ日なんですか? それは初めて聞きました」


「ボクは、だいぶ前に本人から教えてもらってたんだけど、ミッチーに教えてあげるのをすっかり忘れてたよ」


「有馬城さんが、リーネさんやポロリちゃんと同じ『おひつじ座』だっていうのは、ネネコさんから聞いた覚えがあるけど、お誕生日までは教えてもらってないからね」


 名前がサクラさんだから、おそらく4月上旬生まれだろう――という僕の予想は当たっていたようだが、もっと早く事実を確認しておけば良かったのかもしれない。


「そうだったっけ? じゃあ、そのケーキをアルマジロへのプレゼントにすればいいんじゃね? ミッチーがケーキを渡せば、アルマジロも喜ぶと思うよ」


 なるほど。僕が有馬城さんにケーキをプレゼントすれば、有馬城さんも喜ぶし、ルームメイトであるネネコさんもケーキを一緒に食べる事が出来るというわけか。


「そうね。ミチノリさんからのプレゼントなら、サクラちゃん、きっと大喜びよ」


 リーネさんも、この案に賛成のようだ。

 有馬城さんは、体重を減らそうと努力していたような気もするが、まあいいか。


 部屋が2階になって、今までよりもカロリーを消費するだろうし、206号室には乗馬マシンもある。


 それに、そもそも有馬城さんは「標準体型」で、太っている訳ではない。

 日頃から陸上部で走り込んでいる宇佐院さんやネネコさんが細いだけだ。


「了解しました。3日に入荷するケーキは、僕から有馬城さんへのプレゼントという事にしましょう。リーネさんへのお祝いは、その翌日という事で、よろしく」




 明日はクマさんの「カレシ募集」に応募する予定だし、明後日は有馬城さんのお誕生日。そして、その翌日はリーネさんの、お誕生日パーティーか。


 まだ、今年度は始まったばかりなのに、最初から楽しそうなイベントだらけだ。






 ご愛読特典:優嬢学園お嬢様名鑑④


「ろりくま」の第4話を最後までご覧下さって、誠にありがとうございます。

 今回、初めて本文中に登場したお嬢様は、1名のみです。


今市 佳乃 いまいちよしの  5年生の出席番号3番。身長156㎝。

初登場は「ろりねこ」第12話。細身で面長。いい加減だが義理堅い性格。

校内新聞の作成担当者で、毎回ミチノリをネタにして記事を書いている。

102号室から205号室に転居。広報部所属。妹は真瀬垣里稲。


 上記以外にも優嬢学園のお嬢様方が多数登場する予定です。

 お気に入りの子が見つかりましたら、フォローしてあげて下さい。


 それではまた。ごきげんよう。

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