第3話 いろいろと考えてくれたらしい。
クマさんの「カレシ募集」に応えるべきかどうか――僕がカノジョいない歴16年の童貞だったら、考えるまでもなく、2つ返事で応募していただろう。
「前向きに検討させて頂きます」と言葉を濁し、すぐに結論を出さなかったのは、まだ元カノのネネコさんに未練があったからに他ならない。
僕は、まだネネコさんの事が好きであり、そうである以上は、ネネコさんにも話を通しておく必要がある。
ネネコさんは、僕と別れて
だからこそ「別れた後も、したくなったら、ボクとエッチすればいいじゃん」なんて言ってくれたのだ。
そんな状況で、僕は新しいカノジョを作ってしまってもいいのだろうか。
心の広いネネコさんなら、きっと許してくれるとは思うが、今から僕がすべき事はネネコさんと再び話をして、この件の「根回し」をする事だ。
別れた元カノが住む部屋は、同じフロアの206号室。
遠くへ行ってしまったような気がしたのに、実は徒歩1分以内の場所だった。
【206号室】
【天ノ川深雪】【宇佐院千早】
【蟻塚 子猫】【有馬城 桜】
209号室が「アマグリ部屋」なら、206号室は「アマウサ部屋」だろうか。
――トントントン。
寮の各部屋には
ドアを開けてから、大声で中の人を呼ぶ場合もあるが、僕はちょっと苦手だ。
――ガチャ。
「誰かと思ったら、ミッチーじゃん。ボクになんか用?」
ドアは数秒後に開き、この寮で最も見慣れた女の子が現れた。
この、細くて小柄で脚の長い美少女が、僕の元カノである
「うん。ネネコさんに相談したいことがあって、今からでもいい?」
「マジ? ボクもミッチーを呼んで、手伝ってもらおうかと思ってたから、丁度良かったよ」
ネネコさんも僕に用があったのか。
別れた後でも僕を頼ってくれるなんて、嬉しい事だ。
「そうなんだ。僕は何を手伝えばいいの?」
「101号室に乗馬マシンがあったじゃん。あれを、ここに運ぼうと思って」
乗馬マシンとは、かなり昔に
101号室にあった乗馬マシンは、天ノ川さんのお姉さまのお姉さまが通販で購入したもので、妹の妹である天ノ川さんまで、代々受け継がれてきたものらしい。
ネネコさんは天ノ川さんの妹なので、正当な後継者という事になる。
「あー、たしかに、あれはネネコさん1人じゃ無理そうだね」
「アルマジロと2人で取りに行ったんだけど、重すぎてダメだった」
あの乗馬マシンを3階の倉庫から101号室へ運び込んだ時は、天ノ川さんと僕で2人掛かりだったが、それでもかなり大変だった。体重が軽いネネコさんと、運動が苦手そうな有馬城さんには荷が重すぎたのだろう。
「有馬城さんは大丈夫なの?」
「もうダメ見たい。今、部屋で寝てる」
「それは大変だったね。有馬城さんには『お大事に』と伝えておいてよ」
「ありがと。アルマジロの代わりに、先にお礼を言っておくよ」
ネネコさんが有馬城さんの事をアルマジロと呼んでいるのは、漢字を読み替えているだけで、有馬城さん本人もアルマジロで納得している――というかアルマジロが、かわいい小動物であると知ってからは、むしろ気に入っている様子だ。
「天ノ川さんと宇佐院さんは?」
「お姉さま達は、売店に買い出しに行ってる。ボク達も後で一緒に行こうよ」
「そうだね。僕も売店には顔を出さないといけないから」
昨日別れたはずなのに、ネネコさんの態度は今までと全く変わらなかった。
「カノジョと別れる」とは、いったい何を意味する言葉なのだろうか。
2階の廊下を、ネネコさんと2人で仲良く並んで歩く。
手を繋いだりはしていなくても、ネネコさんは僕の左に、ぴったりと体を寄せていて、とても昨日、別れたばかりとは思えない雰囲気だ。
「ネネコさん、僕達って、昨日、別れたんだよね?」
「そうだけど、一緒に並んで歩くぐらい良くね?」
「あははは、それは、そうなんだけどね……」
喜ばしい事ではあるのだが、この状況で「クマさんと付き合ってもいいか」とは、ちょっと聞きづらい。僕は、どうしたらいいのだろうか。
「ミッチー、何か様子が変じゃね? もしかして、クマから告白でもされた?」
これはネネコさんの勘が鋭いのか、それとも僕の心が顔に出ていたのか……。
「告白というか、クマさんから『カレシ募集中ですっ!』って言われて、実はその事でネネコさんに相談しようと思ってたんだけど」
「やっぱり、そうだったか」
「ネネコさんは、なんでそんな事が分かったの?」
「ミッチーと別れたから、今なら早いモノ勝ちだって、ボクがクマに教えてあげたんだけど……クマじゃダメだった? クマならミッチーと同じ部屋だし、付き合うなら丁度良くね?」
「いや、ネネコさんがクマさんと仲がいいのは知っていたけど、どうして、わざわざクマさんを
「そんな事、分かってるよ。ボクだってミッチーの事、嫌いになった訳じゃないし」
「じゃあ、なんでそんな事を?」
「クマには、いろいろと借りがあってさ。本当はクマの誕生日にも、チューキチの誕生日の時みたいに、ミッチーを貸してあげようと思ってたんだけど……」
「また、勝手にそんな計画を」
ネネコさんは「好きなお菓子を分け与えるような感覚」で、自分のカレシを友達にシェアしてあげようとする。これは、心の狭い僕には理解不能な考え方だ。
「でも、チューキチのカレシになった時は、ミッチーも楽しかったでしょ?」
「まあ、そうなんだけどね」
チューキチとは、手芸部の2年生、
たった2日間のお付き合いだったが、なかなか面白かった。
――こんな事を話しながら歩いていたら、もう101号室に到着してしまった。
「じゃあ、部屋の中でボクが相談に乗ってあげるよ」
「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ」
――プルルルルルルル。プルルルルルルル。プルルルルルルル。
ネネコさんと2人で101号室に入ろうとしたところで、ロビーの電話が鳴り始めた。寮に電話が掛かってくるなんて、滅多にない事だ。
「あれ? 電話が鳴ってね?」
「珍しいよね。誰か出てくれるかな?」
近くにいる人が出てマイクで呼び出す――というルールになっている為、ロビーに誰もいない場合は、ネネコさんにお願いするしかない。
ここは一応、女子寮なので、オトコである僕は電話に出ないほうがいいだろう。
ジェンダーフリーで女子寮に入れてもらえました――なんて、外部の人には信じてもらえない可能性が高いからだ。
電話は5回ほど鳴って止まり、続いて寮内放送が入る。
「――1年生の、じゃなかった、今日から2年生の
誰が電話に出てくれたのかは、声を聴いただけでは分からなかったが、呼び出された人は僕達が良く知っている人だった。
真瀬垣
「リーネに何かあったのかな?」
「どうだろう。後で本人に聞いてみるよ」
リーネさんは長い髪をなびかせながら、スタスタと階段を下りて来て、僕達に軽く手を振ると、ロビーの方へ消えていった。
「ベッドには布団が無いから、こっちでいいよね?」
101号室に入ると、ネネコさんは、元々自分が使っていた
1階の部屋は、入学式の前日まで無人なので、布団はクリーニング中だ。
「布団があったら、ベッドでも良かったの?」
「座って話すより、寝て話したほうが楽じゃね?」
「まあ、そうだけどね」
僕も元々自分が使っていた椅子――ネネコさんの左隣――に腰を下ろす。
ネネコさんは昼寝好きなので、昼間からベッドの中にいる事も多かったが、ここでネネコさんと一緒に寝てしまったら、きっと話だけじゃ済まなかっただろう。
「それで、ミッチーはボクに何を相談したいの?」
「聞きたいことは3つくらいあるんだけど、いいかな?」
「そんなに? ちょっと悩み過ぎじゃね?」
「あははは、まず1つ目なんだけど――クマさんって、僕の事、好きなの?」
「さあね。それは本人に聞いたほうが早くね? カレシは欲しがってたけどね」
そうか。本人に聞けばいいのか。
それは、たしかにそうだ。部屋に帰ったら直接、本人に聞いてみよう。
「ありがとう。じゃあ2つ目の質問ね。クマさんの誕生日に僕を貸してあげるという計画は、結局どうなったの?」
「クマの誕生日が冬休みでさ。ちょうどボク達も『覚えたての頃』だったじゃん。だから、貸してあげるのをすっかり忘れちゃってて……」
覚えたての頃――当時1日で6回も「仲良し」出来たのは、それだけ僕達が夢中になっていたという事だ。あの頃は、まだ僕が「早かった」という理由もあるが。
「その時に忘れちゃってたから、『今なら早い者勝ち』なわけ?」
「うん。ミッチーだって、カノジョがいないよりは、いるほうがいいでしょ? 相手がクマだったら、ミッチーでもすぐに仲良くなれると思うし」
たしかに、クマさんの、あの笑顔は好印象だ。きっと、コミュニケーション能力が高い人なのだろう。あの笑顔を見て自分が嫌われていると思う人はいないと思う。
「なるほど。じゃあ最後の質問だけど、ネネコさんの本音はどうなの? もしかして何か
「べつに。クマがミッチーのカノジョだったら、ボクがミッチーを借りたくなった時に借りやすいんじゃね? ――なんて、ちょっと思っただけで」
「――ああっ! それはたしかに名案だね」
情けは人の為ならず――自分の元カレを親しい友達に委ねる事によって、後で好きな時に自由に貸してもらえる――ネネコさんならではの合理的な発想である。
3角関係というものは、3人とも仲が良ければ問題は発生しない。
僕がポロリちゃんと仲良くしていても、ネネコさんは許してくれたし、天ノ川さんと仲良くしていても、ネネコさんは許してくれていた。
修羅場になってしまうのは、3角形の1辺の仲が悪いからであって、今の状況なら僕がクマさんと仲良くしても、何も問題は起こらないという事だ。
「ついでに言っておくけどさ、この寮にはオトコの先輩がミッチーしかいないから、カノジョを長く続けてると、いろいろとめんどくさいんだよ」
あー、それで交際期間の延長申請は却下されたのか。
「そうだったんだ。ありがとう。ネネコさんは僕の為に、いろいろと考えてくれていたんだね。ごめんね。僕は、そこまで気付いてあげられなくて」
カレシがいない子が大多数だと、カレシがいる子は目立ってしまうのだろう。
口が軽いネネコさんの場合は、自業自得なところもあるのかもしれないが。
「それにさ、クマがミッチーのカノジョになってくれれば、ミッチーがロリコンだと思われなくなるし、ケーサツにタイホされる心配もなくなるんじゃね?」
「警察に逮捕される――って、僕、今までに何か悪い事した?」
「ミッチーはマジでロリコンだから、カノジョがいなかったら、新入生に手を出してツウホウされちゃうかもしれないじゃん!」
「いや、それはないと思うよ。多分……」
3つ年下と4つ年下なら大して変わらない気もするが、日本の法律では13歳未満の子に手を出してしまったら、それがお互いに合意の上であっても犯罪だ。
入学式まで、あと1週間。
かわいい新入生達に誘惑されないように気を付けなければ。
ご愛読特典:優嬢学園お嬢様名鑑③
「ろりくま」の第3話を最後までご覧下さって、誠にありがとうございます。
今回は「ろりくま」からの読者様に向けて、第3話の本文中に登場した3名のお嬢様方をご紹介いたします。なお、身長は新学期開始時点の推定身長です。
宇佐院千早 うさいんちはや 5年生の出席番号4番。身長154㎝。
初登場は「ろりねこ」第30話。ショートヘアで、スポーツ好き。
ミチノリとネネコの情事を、隣の部屋から何度か盗み聞きしている。
102号室から206号室に転居。陸上部副部長。妹は有馬城桜。
有馬城 桜 ありまじょうさくら 2年生の出席番号2番。身長157㎝。
初登場は「ろりねこ」第30話。お下げ髪で、体型は少しふっくらした感じ。
友達に敬語は使わないが、ミチノリに対しての言葉遣いは非常に丁寧である。
102号室から206号室に転居。美術部所属。姉は宇佐院千早。
真瀬垣里稲 ませがきりいね 2年生の出席番号16番。身長143㎝。
初登場は「ろりねこ」第13話。お金持ちのお嬢様で、既に婚約者がいる。
ネネコに電気アンマをくらい、以後「ネコさん」と敬うようになった。
102号室から205号室に転居。管理部所属。姉は今市佳乃。
上記以外にも優嬢学園のお嬢様方が多数登場する予定です。
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それではまた。ごきげんよう。
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