第5話

 明けて四月一日。ふたりは今日も今日とて春季集中講座へ参加するために朝から塾へと向かっていた。

 彼らの自宅から塾までの間には大きな公園があり、そこを突っ切っていくと早いのでふたりはいつもそこを通る。

 相変わらずの雑談を交わしながら歩く朔良と左右輔。


「アブラムシは交尾しなくても出産して増えるんだぜ」


「え♪なにそれ♪ヤらずに増えるなんてつまんないじゃん♪アブラムシに生まれなくて良かった♪」


「ところがアブラムシは交尾して増えることも出来るんだなあこれが」


「いやいやさすがに都合良すぎるでしょ♪そんなイキモノいるわけないって♪」


「それがいるんだって、マジでさあ」


「ないわあ♪っていうかまずヤらずに増えるのがおかしいよね♪にゃはっ♪」


 今日も公園の敷地に入り真っ直ぐにそこを抜けて行こうとするが、ふと左右輔が立ち止まった。


「なあ朔良」


「はあいな♪」


 彼が立ち止まったぶんだけ数歩先を歩いた朔良が短いスカートをふわりと翻して振り返った。

 広場から少し離れた遊歩道の中ほど、春休みとはいえ平日の朝で人通りは無い。

 緊張した面持ちで立ち止まっている左右輔にふらふら近付いて下から覗き込む朔良。


「どったのうそクン♪んー♪顔オモシロなんだけど♪」


「オレ、お前のことが好きだ」


 今日この朝に言おうと決めていた。

 塾の春季集中講座はまだ数日残っているので彼女の返事次第では非常に気まずいことになるが、もうずっと前から決めていたことだった。

 何年も唯一自覚的に嘘を吐かずに過ごしてきた、一年でたった半日の時間。

 朔良と左右輔は中学の頃からの付き合いだから彼女はそれに気付いているかも知れない。気付いていて欲しい。なんとも身勝手な話だけれども、左右輔は彼女にそれくらい自分のことを見ていて欲しかった。


 オレだって常に嘘を吐き続けてるわけじゃないけれど、気付かれていなければこれも嘘に違いないと笑って流される気がしていた。

 まあでも、それならそれで構わない。そうしたらこの気持ちは胸の奥底にしまい込んで、何食わぬ顔で普段通りの日常へ戻ろう。

 エイプリルフールに告白しようなんて考えた男に相応しい末路じゃないか。


 朔良はそんな自嘲を弄んで返事を待っている左右輔の顔を眺めて小首を傾げ、黙ってくるくる回りながらその場をウロウロとして、最後にスマホの時計を確認してからベンチを指差してにへらと笑った。


「うそクンちょっとそこ♪座ろっか♪」

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