第35話 突破口
軽やかな前奏に続くのは、明るく楽しげな導入部だ。
私はそれを聴きながら、何人か保護者を招きたかったな、と思う。
自分の親のことではない。高三ともなれば、わざわざ来てほしいとは思わないものだ──いや、別に来てほしくないとも思わないけれど。
私が、私たちの歌を聴いてもらいたかったと思うのは、このステージを守るべく尽力してくれた人たちだ。
私はちょうど一週間前の会話を思い出す。
「──会長? ……って、何の?」
話の流れから、それが桐山会長のことではないということはわかる。でもだとしたら誰のことなのだろう。
すると山名さんが、私を含む事情がわからない数人のために説明してくれた。
「保護者会よ。今年はうちの母親が会長で、高野さんのお母さんが副会長なの」
「……ああ!」
そういえば、入学式や卒業式などで校長先生や来賓に交じって挨拶をする、保護者会の会長なる人物がいた気がする。
今までほとんど意識したことがなかったのは、きっと会長や副会長などの本部役員が、基本的に内部進学クラスの保護者から選ばれるからだ。つまり、知らない生徒の親なのだ。
それが、今年は山名さんや真紀ちゃんのお母さんなのだという。なんだか、今初めて保護者会というものが実体をもって感じられた。
「会長と副会長が二人とも実委の保護者なのか……」
乾が驚いたようにつぶやく。
思えば合唱祭実行委員はたった九人しかいない。その中でも、内部進学クラスなのは輝、山名さん、真紀ちゃん、湯浅くんの四人だけだ。
内部進学クラスの二、三年生だけで三百人を超える生徒がいることを考えれば、その確率は驚くほど低い。
「そう。だから思ったのよね。私、別に運命とか必然とか信じるタイプじゃないんだけど、こうなった以上この偶然には意味があったんじゃないかって」
山名さんが、頬杖をついたままで言った。
正直、そんなところに意味があってもらっては困る──それではまるで、合唱祭が中止されることも、なんとか開催にこぎつけた合唱祭にこんなふうに邪魔が入ることも、あらかじめ決まっていたみたいだから。
でも、これが突破口になるかもしれないのなら──。
「勝算は……あるのかな?」
新垣くんが遠慮がちに尋ねる。
実際には、勝算があろうとなかろうとできることはすべてやるしかない。それはきっと彼もわかっているはずだ。それでも訊かずにはいられなかったのだろう。
「百パーセントとは言えないけど……口は達者だとは思うかな、うちの親」
山名さんはそう言って苦笑した。
もしかしたら過去に何度もその達者な口に言いくるめられた経験があるのかもしれない──そんなことをふと思わせるような横顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます