第34話 合唱祭

「──ただいまより、第四十八回合唱祭を開催いたします」


 マイクを通した声が講堂に反響する。

 私は緊張をごまかすように、マイクを握る手に力を込めた。


「開会に先立ちまして、生徒会長の桐山秀平より挨拶をいたします」


 マイクが拾った音声は、自分に直接聞こえる声よりもほんの少し遅れて聞こえてくる。

 そのせいでどこまで発音したのか不安になるが、私はなんとか言い終えて壁際へと退いた。

 そんな私と入れ替わるようにして、桐山会長が演壇の真ん中へと歩み出る。

 そのすらりと高い背には、学校指定のチャコールのブレザーがとてもよく映えていた。


(桐山会長って、実は結構かっこよかったんだな……)


 原稿を読むでもなく、ただまっすぐに顔を上げて堂々と挨拶をする桐山会長を見ながら、私はそんなことを思う。


 生徒会執行部に、というか生徒会活動全般に興味のなかった私は、当然のように執行部の面々にも興味を抱かなかった。桐山会長にもだ。

 春の生徒会選挙の時には、全員に信任の丸をつけた。生徒会執行部と関わるのなんて合唱祭の準備や当日の運営の時くらいなのだから、正直会長や副会長が誰だったってよかったのだ。


(……でも)


 きっと、この執行部とこの実行委員会でなければ、今年のこの合唱祭を開催することはできなかったと思う。


「……『歌』はひとりでも歌える。でもひとりでは、『合唱』は決して作れない」


 どこかで聞いたようなフレーズが聞こえてきて、私は思わず目を見張る。

 もちろん、全校生徒に向けて挨拶をしている最中の桐山会長は、こちらに視線を投げかけてきたりはしないけれど。

 それでもその横顔がかすかに笑みをたたえている気がするのは──気のせいだろうか。


「今日ステージに立つ人も、立たない人も、みんなで歌うからこそ、力を合わせるからこそ生まれる『合唱』に、そしてその響きに、耳を傾けてみてください」


 マイクを通しているからよく聞こえる。でも桐山会長の声はまるで囁き声だった。それが逆に、聴衆の意識を引き込んでいる。


「『合唱』が放つ魅力や『合唱』が秘める力が、みなさん一人ひとりに届くことを祈念して、会長挨拶といたします」


 そう締めくくり、桐山会長は完璧な礼をした。

 それを見届けた私は、手元のクリップボードに挟んだ司会原稿を確認する。

 それから、桐山会長が退場するタイミングを見計らって司会の定位置に戻り、マイクのスイッチを入れた。


「合唱祭実行委員長・新垣優也による開会宣言です」


 私の一言に送り出されるようにして、新垣くんが壇上に上がる。

 彼は桐山会長に負けないくらい丁寧に礼をしてから口を開いた。


 合唱祭実行委員会は、今日までに本当にいろんなことを経験してきた。理不尽もあれば感動もあった。いろんなことを考えてきたし、いろんな行動を起こしてきた。

 だからきっと、新垣くんはそのことを語るのだろう──と思っていたのだけれど。


「長々と話すつもりはありません。桐山会長の挨拶の通り、聴いてもらえればわかるはずなので」


 そう言って、新垣くんはにこりと笑った。

 桐山会長への当てつけなのでは──と思いかけたが頭の隅に追いやる。新垣くんはきっと一刻も早く早く合唱祭を始めたいだけだ……たぶん。


「例年とは少し違うかもしれません。それでも、数々の障害を乗り越え、こうして合唱祭を開催できることを、合唱祭実行委員長として非常にうれしく思います」


 新垣くんのメガネのフレームが、講堂の照明を受けてキラリと光る。


「ここに、第四十八回、合唱祭の開会を宣言いたします」



 塚本くんたち二年生の誘導で、輝と山名さんのいる最初のチームがステージに並ぶ。

 講堂には入りきらないので、今日の聴衆は全校生徒と教職員だけだ。例年と比べれば、数の上では半分強といったところだろうか。

 だからといって、緊張も半分になってくれるかといえば、そう都合のいいものではないのだけれど。

 むしろ、聴衆の一列目がホールよりも近いせいで余計に緊張してしまいそうな気がする。


「それでは一曲目──『明日へ』です」


 曲目に続けて指揮者と伴奏者を紹介し、壁際に移動する。


 さあ、我らが合唱祭の始まりだ。


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