第33話 事件
事件が起こったのは、合唱祭本番を来週に控えた金曜日だった。
教務主任の篠田先生を伴って、なんと教頭の梶田先生が生徒会室にやってきたのだ。
「たいへん盛り上がっているところ悪いんだけどねえ」
教頭先生は生徒会室の面々をぐるりと見渡し、最後に生徒会長である桐山会長に向き直る。
合唱祭実行委員長である新垣くんではなく、桐山会長に。
「台風の影響で休校になった日があったでしょう。あの分の遅れをどうしても定期テストまでに取り戻しておかないといけないんですよ。生徒会長たる君なら、お祭りと勉学、どちらが大切か考えるまでもないでしょう」
生徒会室に痛いほどの沈黙が落ちる。
教頭先生は、カリキュラムの遅れを盾に、桐山会長の生徒会長という立場を人質に、合唱祭の中止を迫っているのだった。
新垣くんが抗議しようと口を開きかける。が、桐山会長はそれを素早く目だけで制した。
こんなの、この二人でなければ成り立たない芸当だ、と私はこっそり思う。
「なぜ直接全校に周知させずにここへ?」
桐山会長が問う。すると教頭先生は少しだけ目を細めて言ったのだ。
「今年の合唱祭は君たち生徒が企画したものですからね。教師が一方的に中止を伝えたのでは理屈に合わないでしょう」
「何よ! 台風だの授業の遅れがどうだのって、あんなの口実に決まってるわ!」
重苦しい雰囲気が漂う生徒会室で、輝が憤慨する。
「そんなことはみんなわかってる。問題はその口実に正当性があるってことだろ」
そうなのだ。間の悪いことに今年は暴風警報による休校措置が二回あった。
よって乾は事実を口にしただけなのだが、輝に「それこそわかってるわよ!」とかみつかれている。
「まさか教員側に刺客がいたとはねえ……」
中村くんがのんびり言う。こんな時でもマイペースを貫けるのはさすがかもしれない。
一方の塚本くんは、難しい顔をして黙り込んでいる。
「私としては、中止させるのは学校側なのに、私たちに発表させようとしてるのが何より受け入れられないかも」
私は誰にともなく言ってため息をついた。
こんな、直前も直前になってからの合唱祭の中止となれば、きっと参加予定の生徒からは不満が噴出する。当り前だ。来週の本番のために、みんなどれほど時間と労力をつぎ込んできたか。
学校側は、その不満と怒りの矛先を向けられたくないからと、私たち──特にリーダーである新垣くんや桐山会長をスケープゴートにしようとしているのだ。
「会長、なんとかならないの?」
そっと言ったのは河野さんだった。
やはり彼女は合唱祭にまつわる桐山会長の事情を知っているようだ。
「学生の本分はどうしたって勉強だ。だから……授業の時間数だとか遅れだとか細かい現場のことに対してはあまり発言権がない。方針や理念にはいくらでも口を出せるが」
桐山会長は「理事会」と直接口にはせずに、静かにため息をついた。
今回に関しては、力を借りるのは難しいようだ。
「……桐山くん。もしどうしてもということになったら、中止は僕が宣告するよ。合唱祭の最高責任者は──実行委員長である僕だ」
新垣くんの静かな声が生徒会室に響く。
桐山会長は無言で新垣くんを見つめた。どう答えるべきか考えあぐねているのかもしれない。
「僕は合唱祭に携わらなければしがない一生徒に過ぎない。でも君は違うだろう。わざわざ敵を増やすことはないよ」
新垣くんは、いざという時には桐山会長の盾になるつもりなのだ。
やるせなさに胸が痛くなってくる。
「ちょっと、ここまで来て諦めるっていうわけ?」
輝が二人の間に割って入った。
もちろん、そう簡単に諦める人たちではないと思う。でもいったいどうすればいいのだろう。
「諦めちゃだめです」
真っ先に口を開いたのは、新垣くんでも桐山会長でもなく塚本くんだった。
「でも、どうすればいいの?」
輝が少し口調を和らげる。けれど塚本くんは悔しそうにうつむいた。
「それは……考えるしかないです」
生徒会室を、また重苦しい沈黙が支配する。
(私も考えなきゃ……)
合唱祭には全校生徒の半数近くが参加するし、参加はしなくても午後の授業が合唱鑑賞イベントになるわけだから、過半数とか三分の二以上とか、大勢の署名を集めることは自体は難しくないと思う。でも時間がない。
それに何より、生徒の署名では、学校側の「学生の本分は勉強」という大義名分に対抗できないだろう。
そもそも、台風で休校になったのは合計で一日半だから、時限数にして十時限にも満たない。
今年は授業が合唱祭の練習に充てられることもなかったのだから、その程度でカリキュラムに遅れが出るはずなんてないのだ。
その意味で輝が「口実」だと言ったのは正しい。その口実を、どうやったら崩せるのだろう……。
「……あの」
私が考え事モードに突入しかけたとき、ふと誰かの声が聞こえた。
「ひとつ、方法があるかもしれない」
その言葉に、みんな一斉に声の主を振り返る。山名さんだった。彼女は一斉に自分を振り返った十数人の中から、一人に視線を定めた。
「高野さん。あなたと私が二人とも合唱祭実行委員になるなんて、大した偶然だなと思ってた。でももしかしたら、このためだったのかもしれないと思わない?」
何の話だろう。「偶然」とは? 二人はもともと知り合いだったのだろうか。
けれど真紀ちゃんは、何か思い当たることがあったのか「あっ」と声を上げた。
「え、何? どういうこと?」
わけがわからなかったのは私だけじゃなかったようで、輝なんかはキョロキョロと二人を交互に見比べている。
「先輩。私、話してみます」
真紀ちゃんはやや緊張したような面持ちでうなずいた。
「まさか……」
つぶやいたのは桐山会長だ。二人の会話の意味がわかったのだろうか。
山名さんは、軽く微笑みながら桐山会長を振り返る。
「たぶん、そのまさかよ」
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