第32話 極まる多忙

 合唱祭が近づいてくるにつれて、私はどのチームのリーダーともすっかり顔なじみになった。

 というのも、合唱祭実行委員会が実質「よろず窓口」と化してしまったからだ。


 指揮者はチームリーダーとの相性も考えて各チームに選出を任せたのだけれど、案の定希望者が出ず決まらないチームが出てきたし、チームによってはパートリーダーにも同じことが起こった。

 それを思えば伴奏者をこちらで決めてしまったのは労力のかなりの節約になったはずなのだけれど、当然ながら伴奏者の間で伴奏の完成の早さに差があって、そんなことでもまた揉めた。


 それだけではない。

 公式的には練習時間が与えられない──つまり、例年のように授業時間を練習に充てられないために、どのチームもたいてい始業前や昼休みに練習しようとするのだけれど、そこでもまた問題が起こるのだ。

 渡り廊下だの校舎脇だの中庭だの部室街だのといった「パート練スポット」が取り合いになるのである。

 ピアノが使える練習場所については今年も実行委員会できちんと取り決めをしたものの、さすがにそういったスポットまでは手が回らなかった。


「ああ、今年の実委って鬼だね。忙しさが」


 輝のつぶやきに思わず苦笑する。

 私たちは今、生徒会室で合唱祭の司会原稿を練り直していた。

 ちなみに、当日は前半の司会を私が、後半の司会を輝が担当することになっている。輝が一曲目を選び、私が最後の曲を選んだからだ。


「あー、ここも変えないと……」


 私は赤インクのボールペンで二重線を引き、文言を書き変えていく。

 合唱祭そのものが去年とは大きく違うため、司会原稿にも大幅な修正が必要なのだった。


「──あの、すいません。合唱委員の人いますか……?」


 生徒会室の入り口から、遠慮がちな声がした。

 私は一瞬輝と顔を見合わせ、それから席を立つ。

 合唱祭を巡っては、本当に大小様々なもめ事が絶えない。毎日必ずと言っていいほど、こういう呼び出しや問い合わせが来る。

 私と輝がわざわざ生徒会室で司会原稿をいじっていたのも、常に誰か一人は実行委員がいる状態にしておこうという話になったからだった。


 本当に、去年の合唱祭運営とは比べものにならない忙しさだと思う。

 それこそ、生徒主催・生徒主体とはどういうことなのかを否応なしに実感させられるような。

 それでも、決して苦ではなかった。

 一度は諦めた合唱祭を、多少違った形であっても開催できるということには、それだけの意味と価値があったから。


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