第3話 合唱祭実行委員会

 新垣くんがメッセージの中で指定した空き教室につくと、すでに六人の委員が集まっていた。

 どうやら、今日出席できるのは私を含めたこの七人らしい。

 今年の合唱祭実行委員会のメンバーは九人なので、急な招集だったことを思えばまあまあの出席率だ。


 私はとりあえず、空いていた手近な席についた。

 するとまるでそれが開始の合図だったかのように、みんなの意識が新垣委員長に向く。


「……はい。今日集まってもらったのは──ってもうわざわざ確認するほどのことでもないとは思うけど、始業式で発表された合唱祭中止について。たぶん、ここにいた全員にとって初耳だったよね。それで……」


 彼はそこでいったん言葉を切る。


「この件に関して、とりあえずうちの立場や見解は確認しておいたほうがいいと思って集まってもらいました。もちろん学校側の中止の決定と合唱祭実行委員会は無関係ってことは、委員長として明言しておくけど」


 新垣くんはそう言って、委員の顔を見渡した。


「無関係というか、少なくとも俺たちには事前に何か相談なり報告なりがあってしかるべきだと思うけど」


 不満げに言ったのは乾だった。彼に賛同する空気が部屋を満たす。


 そう、全校への発表が今日だったからといって、中止が決まったのが昨日今日の話だとは考えられないのだ。

 中止が決まった時点で──もっと言うなら中止が検討され始めた段階で、少なくとも私たち合唱祭実行委員会には知らせてくれてもいいはずだと思う。


「というか、そもそもなんで中止……」


 乾が独り言のように続けた。


 本当に、中止の理由は一体何なのだろう。

 考え込みそうになったところで、二年生の真紀ちゃんが口を開いた。


「……何か、理由はあるんですよね?」


 彼女の不安げな言葉に、新垣くんはうなずいてみせる。


「もちろん、何かしらの事情はあると思う」


 なんだか含みが感じられるような言い方だった。真紀ちゃんもそのことには気づいたようだ。


「問題はそれが何か、ってことですか?」


 真紀ちゃんが少し首を傾げて訊き返す。


「うん。でもそれだけじゃなくて……」


「その事情がどんなものであれ、なぜそれが僕たちに教えられないのか、ですよね。乾先輩がさっき言った通り」


 新垣くんが始めかけた説明を引き取ったのは、真紀ちゃん同様二年生の塚本くんだった。

 新垣くんがうなずく。


「僕たちは所詮有志の生徒集団に過ぎないわけだし、言ってしまえば別に説明義務なんてないのかもしれない。でも普通は、する」


 学校側から軽視──されているのだろうか。

 毎年、各クラスの選曲の調整も、ピアノが使える練習場所の割り当ても、もちろん当日の司会やタイムキーパーをはじめとする運営だって、私たちが中心に動いているのに。

 そんな不満感が伝わってしまったわけではないはずだけれど、なんとなく重い空気が部屋を満たす。


 と、そんな空気に気づく気配もない呑気な声がした。


「単純に、音楽の先生が減ったからとかじゃないんですか? ほら、去年までミッチーとヒデの二人体制だったのに、今年はヒデだけですし」


 中村くん──真紀ちゃんや塚本くんと同じく二年生だ。

 ちょっと変わったところのある男の子だが、実は学年有数の優等生なのだという。


「音楽の先生、ねえ……」


 中村くんが言った「音楽の教員が減った」というのは一応事実ではある。

 ミッチーこと道里晃子先生はこの春から産休で、今年度はヒデこと芦田英明先生が一人で音楽の授業を見ているのだ。

 ちなみに、私を含め大半の生徒は──というかおそらく中村くんを除く全生徒は──先生たちをミッチーだのヒデだのと馴れ馴れしいあだ名で呼んだりはしない。


 と、それはさておき、音楽の教員が減ったことで合唱祭が中止になる、というのは考えにくい。


「一見ありそうな感じもするけど、音楽の先生は基本的には一人なのよね。去年が例外だっただけで」


 私は中村くんの方を見ながら言った。

 過去二年間に関しては私自身が在校していたのだから間違いないし、その前の三年間についても、私と入れ違いで卒業していった兄がいるから聞けばすぐわかる。


「うーん、そうですか……」


 中村くんは大して残念でもなさそうにつぶやき、頭の後ろで手を組んだ。



 それ以降、みんな小声でうなったり頭を抱えたりはするものの、特にこれといって有力な可能性は出てこない。


 そろそろタイムアップか──新垣くんが時計を見上げ、メンバーの顔を見渡して口を開こうとしたときだった。


「──まさかとは思うけど……」


 今日初めて聴く声がした。


「学校に苦情が来た、とか言わないよね……?」


 私や新垣くん、乾と同じく三年生の山名さんだ。彼女の言葉で、部屋の中が急にがしん、となる。


「……苦情?」


 妙に嫌な響きの言葉だな、なんて思いながら聞き返すと、向かい側で乾も眉をひそめた。


「いや、さすがにあのホールから音漏れってことはないんじゃ……」

「待って、当日のこととは限らないよ」

「練習してる歌声が毎日うるさいとかですかね?」

「それ、遠回しに下手くそって言われてるみたいでムカつかね?」


 好き勝手にあれこれ言い合ってみるが、どうもいまひとつピンとこない気がする。


(……ん?)


 もし本当に、山名さんの言うとおり学校への苦情が原因なのだとしたら、中止──最悪の場合、このまま「廃止」にもなりかねないけれど──になったのはうちだけじゃないはずだ。

 市内には他にもいくつか学校があるし、規模はどこも同じくらいだ。


「ねえ、合唱祭が中止ってここだけなの? 他の学校とか──」


 私は途中で口をつぐんだ。教室の入口ドアがノックされたからだ。

 そして、私たちの返事を待つことなく、引き戸が開けられる──!


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