第4話 闖入者

「──何をしてるんだ?」


 ドアを開けたのは生徒会執行部の長──生徒会長の桐山くんだった。同じ三年生なので一応面識がある。

 私は、新垣くん、乾の二人とこっそり視線を交わした。


 合唱祭当日など、一緒に動くことももちろんあるけれど、生徒会執行部は実行委員会とはまた別の組織だ。

 合唱祭の中止に対しても、どういうスタンスをとってくるかわからない。

 つまり、向こうの出方次第で敵にも味方にもなりうる存在だといえる。


 部屋にいた七人から一斉に注目されたにもかかわらず、桐山会長は微塵も動じなかった。

 全校生徒のトップに君臨できるだけあって、やはり胆が据わっているらしい。


「……合唱委員か」


 私たち全員の顔を見渡した後、彼はつぶやくように言った。


(嘘でしょ……!)


 私は心の中で絶句した。

 今年度──つまり合唱祭実行委員会が今の顔ぶれになってから、私たちは執行部の面々とほとんど顔を合わせていない。

 だから全校から選挙で選ばれている執行部の役員たちとは違い、実行委員は言ってみれば面が割れていないはずなのだ。


 それなのに桐山会長はこの七人の正体を一瞬で言い当ててしまった。恐るべき記憶力だと思わずにはいられない。


「君たち合唱委員が動くことは、もうないと思うけど」


 桐山会長が静かに言った。その声音や表情からは、彼が何を考えているのかはわからない。

 どうしよう、何か言わなければと思った時だった。


「……そうだね」


 私たちははっと声のした方を振り向いた。新垣くんだ。慌てた様子はない。


「僕たちもそれを嘆いていたところだよ。執行部は中止の事情、何か知らない?」


 桐山会長に勝るとも劣らないポーカーフェイスで言う。

 が、桐山会長は軽く眉をひそめ「いや」と言うだけだった。何か新たな情報が得られるかと固唾をのんで見守っていた私たちの緊張がゆるむ。

 と、その時なぜか新垣くんが立ち上がった。


「……気になるなら桐山くんも一緒にどう? 席なら空いてるし」


 そう言って空席を指す。


(ええっ!?)


 新垣くんが指した席にほど近い位置にいた私は、勢いよく彼の方を振り返った。突然何を言い出すの、という非難を込めて。

 けれど心配は不要だった。


「いや、遠慮しとく。とりあえず最終下校だけ守ってくれればそれでいいから」


 そう言って桐山会長は扉の向こうに姿を消した。

 私はほっとすると同時に、そもそも桐山会長が新垣くんの誘いに乗るわけがなかったということに気づく。単に話を切り上げるための口上にすぎなかったのだ。


「……最終下校前の見回り、だったんですね。一瞬、勝手に集まってるって怒られるかと思いました」


 桐山会長の足音が遠ざかってから、真紀ちゃんが恐る恐るつぶやいた。

 確かに、私も最初は咎められるのかと思った。だから彼女の気持ちはよくわかる。

 でも──単なる勘でしかないけれど、桐山会長の目的は別にあったのでは、という気がしてならない。


「執行部は執行部で、何考えてんだかな……」


 乾が誰にともなく言った。

 これは私の勘でしかないけれど、桐山会長は私たちが知らない何かを知っている気がする。

 でもそれって一体何だろう?──そう考え始めたところで新垣くんに名前を呼ばれた。


「木崎さん、さっき何か言いかけてたよね」


 六人から見つめられ、私はなんだか落ち着かない気分になる。


「ああ、えっと……。合唱祭が中止なのって、ここだけなのかと思って」


 私は助けを求めるように実行委員の面々を見渡した。

 それに応えて「ああ、それなら」と口を開いたのは新垣くん本人だった。


「合唱祭はそもそもうちだけの行事だったと思う。たしかこの辺りの他の学校は、文化祭や体育祭はあっても合唱祭はないらしいよ」


 その言葉は私以外の誰かにとっても意外だったようで、どこからか「えっ」と小さな声が上がった。


「そういえば、北高に行ってる友達がいるんですけど、合唱祭なんかないって言ってましたね。文化祭の一部に合唱部と音楽選択クラスのステージ発表みたいなのが組み込まれてるだけって」


 新垣くんの説明を中村くんが引き継ぐ。

 もともと合唱祭という行事が存在するのがうちだけなら、苦情が原因という可能性はますますわからない。


 それでも、合唱祭はここ数年で始まったような行事ではないし、今年突然中止なんてことになったのには何か理由があるはずなのだ。


「いずれにしても、やっぱり何かはあったってことになりますよね? 合唱祭を中止にするほどの事情か何かが……」


 塚本くんも、どうやら私とほとんど同じようなことを考えていたようだ。

 私はこっそりとその横顔を盗み見る。というのは、彼の声がなんとなく沈んでいるような気がしたからだ。


 それはひょっとしたら単なる気のせいだったかもしれない。

 でもそれがきっかけとなって、私の脳裏には塚本くんとの初めての会話がよみがえってきた。


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