スリー・ハウンドは夜を駆ける

平穏なサウジェントタウンを知る者は今の現状を知れば嘆くだろうか。

瘴気に当てられ大地はひび割れを走らせているのに、その実重さを受け止めきれず泥のようにぬかるみ、空も異様さを感じるようなパープルに染められている。

子供たちの学舎であるエレメンタリースクールの校庭では、愛らしさとは真逆の醜い悪魔達が餓えを叫んでいる。

もはや何匹撃ち抜いたかなど数えるのも馬鹿らしい。結界の中心地で靄のような体を揺らすリッチにエクソシストの力を込めた散弾を見舞う。

発光する礫は外套に穴を開け、浮かんでいる頭骨がこちらを向いた。


「いい加減追いかけっこは終いだ」

「普段は美人のケツしか追っかけねェってのに。散々焦らしてくれたんだ。情熱的な返事を期待するぜ?」


こんな時でも軽口を止めないダニーに呆れながらも銃口は逸らさない。リッチは浮いた外套を靡かせて体をこちらに向ける。足元に魔方陣が途中まで描かれている。散弾を放って黒い霧の体を吹き飛ばした。外套はもはやぼろ切れに成り果て風に煽られて布の切れ端を手放す。

リッチは黒い靄の手を掲げた。気体に近いその手が次第に肌の色を滲ませ、ダニーがナイフを投げ付ける。発光するナイフを実体を持った手で防いだ。刺さった手のひらからは赤というよりは殆ど黒い血が垂れる。


「血で円陣を描く気だ。あそこから引き離すぞ」

「了解!」


散弾を見舞えば血の雨だ。近付いきながら銃口を逆に向けてバレル・ジャケットを両手持ちし、振りかぶる。銃底が頭骨に守られた浅黒い頭を殴り飛ばす。焼けたような臭いが鼻をついた。退魔の力がリッチの肌を焼いたのだろう。

転がり跳んだリッチは焼けた頬から煙を上げながら吼えた。リッチの影が集まり黒い力が矢となって飛ぶ。思わず顔を反らしたが腕を掠めて血が滲む。

こちらに注意が逸れている間にダニーが近付き、リッチの外套を掴んで引きずり起こす。だがその手に外套が絡み付いた。


「なにーーーッ!?」


突如意思を持った外套にダニーが叫ぶ。掴み上げられダニーの体が軽々と投げ飛ばされる。リッチの影が歪んだのを見てショットガンを振りかぶった。歪んだ影が二手に分かれ舌打ちする。足下から飛び出した矢が股を浅く裂いた。

ダニーは飛んできた矢を肩に受け大地に叩き付けられた。


「痛ェっつの馬鹿!!」


ダニーが退魔の力を纏わせた手で肩に刺さった矢に触れれば霧散して消える。

ただの魔法使いの亡霊かと思えば意外に接近戦も出来るとは。舌打ちしてショットガンを本来の持ち方に構え直す。魔方陣から多少引き離した今、いっそ新しい円陣を殺す前に蜂の巣にする方がいいかもしれない。

一度深い呼吸をして体に酸素を回しておく。リッチがこちらに向き直り影を歪ませた。

矢が大地から放たれる。体に突き刺さるより速く斜め前方に跳んだ。

ダニーが肩口の血で濡れた手で地面に何かを描いていたのを遠目に確認して、飛び交う矢から逃れるように飛び回り、リッチとの距離を詰める。再び目の前に捉えた時足下の影が歪んだ。

リッチを飛び越し、振り向き様に散弾を放つ。血が霧のように舞う。直ぐに後方に下がると靡いた前髪を黒い矢が数本切り裂いていった。

ぎりぎり矢をかわした事に少し安堵した時、リッチの外套が足に絡み付いた。


「しまっ――」


足を掴み上げられ逆さに吊られるも、ダニーが放ったナイフが外套を裂き、黒い矢が足を掠めて飛んでいった。

冷や汗を拭う暇もなく更に距離を取る。追うように飛んできた矢を散弾で吹き飛ばして、再び跳ぶ。


(流石に飛び回り過ぎたか。息が上がってきた)


ミノタウルスと戦っていた疲労もある。矢を避けるのが難しくなってきた。

全身に掠り傷を作りながらなんとか近付こうとするも、飛び出す矢と意思をもつ外套が阻む。空気を求める肺に僅か呼吸が乱れた時、矢への反応が一瞬遅れた。

顔を反らしたものの、眉尻を掠められ血が滲んだ。

血が垂れて片目に滲みる。思わず痛みで目を閉じる。身の危険を肌で感じて体を捩った。

肩を矢が掠めていく。次に目を開けた時リッチの影が大きく歪んでいた。

銃声が響いた。放たれたばかりの矢が霧散し、銃声が響いた方を向く。

発光するリボルバーの持ち主、イザベラだった。

気付けば周りの悪魔たちは大分片付けられていた。

イザベラはリボルバーを構えリッチを睨む。影が歪むとリボルバーが直ぐ様火を噴いた。

速く正確な弾が打ち出された矢が跳ぶ前に霧散させる。

ならばと影が二手に伸びた。イザベラは両手で構えていたリボルバーを片手持ちし、空いた手をハンマーに添えた。

銃声はほぼ一発。しかし矢は二本とも空中に消えていた。

ダニーがヒュウと口笛を吹いて、パン! と両手を叩いた。


「さぁ! ヒロインが出てきたところでショータイムといこうか!」


ダニーのセリフに合わせるように地面に引かれた血の線が淡い光を放ち始める。

簡易の結界、しかし血を使っているため効果は強い。淡い光がぐるりとリッチを取り囲むと光は内側まで広がっていく。

リッチは苦しむように悶えて、形を変える影が元の小ささに戻っていった。外套が端からはらはらと布切れを飛ばしながら次第に千切れていく。ピシ、と音を立てて頭骨に大きな割れ目が入る。


「いい加減くたばりな!」


イザベラが放った銃弾がその割れ目に捩じ込まれ、更に割れ目が大きくなる。

近寄って銃口を構える。頭を狙い散弾を撃ち出した。

礫が頭骨に穴を開け、遂に割れ目から裂ける。頭骨の間から一瞬赤い目が見えた。浅黒かった肌は黒い靄へと戻り、爆発するように瞬く間に広がった。


「うおおおぉぉぉっ!?」

「うわっ!?」


ダニーとイザベラの悲鳴が聞こえるが黒い霧に視界が遮られ目を開いているのか閉じているのかさえわからない状態だった。

しばしして霧が開けた。

足元には幾つもの破片となった頭骨が落ちていた。

無言でそれを拾い、積み重なった欠片を広げたが特に何も見当たらなかった。それどころか欠片は砂のように細かくなり、風に浚われてしまった。


「やったか!?」

「その台詞はフラグになるからやめろ」


駆け寄りながらのダニーの台詞にぴしゃりと言って辺りを見回す。あとは僅かに残る悪魔だけだ。


「ダニー、円陣を」

「はぁい。やーね、仕事が多くて。後で酒の一杯でも奢ってくれよ?」

「わかったから速めに頼む」


人使い荒いわねぇ! としなを作ってもたれ掛かるのを肘で退かしてショットガンを構える。


「後片付けね」

「ああ」

「疲れてるなら任せてもらってもいいけど?」

「最後までやり通さないと後味が悪い」


イザベラは笑った。


「あんた、真面目だね」


聞き飽きた台詞だと心底思った。




結局残った悪魔の処理やリッチの展開した魔方陣を無効果したりしていたら朝日が昇る時間になっていた。

人間達の時間が始まろうとしている。

責任者に早めに連絡を入れてエレメンタリースクールの立ち入りを禁止にしてもらった。子供達は突然の休みに喜び半分、怯え半分といったところだった。

イザベラと共に今回の件について町の人々に軽く説明をしに回るため、一度ホテルに戻ってシャワーを浴びた。泥と血で人に会える状態ではなかった。

イザベラと合流すると今回の事後処理をしにきたスタッフが到着しており、怪我の治療をしてくれた。その後、エレメンタリースクールでの後始末を手伝う事になったダニー残し、町へと繰り出した。

共に解放されたのは昼を過ぎた頃でイザベラは家、こちらはホテルに戻ってすぐさまベッドに沈んだ。

目が覚めたのは単純に腹が減ったからだった。そういえば昨晩作戦中に食べた軽食以来何も口にしていない。時計を見ると晩御飯にちょうどいい時刻だった。思いのほか寝ずにいたが空腹のためか眠気は余りない。ダニーを起こすべきか悩んでいるとドアがノックされた。

ダニーだった。どうやら彼も空腹で目覚めたようだった。


「腹が減って目が覚めちまったよ」


そう笑う姿はすでに新しい服に包まれており感心した。

二人揃って食堂に行くとイザベラがテーブルにいた。


「お越しに行こうと思ったんだけど手間が省けたね。保安局の面子と打ち上げをするんだけどどうだい?」

「マジで? 行く行く。な、相棒?」


肩を組まれ鬱陶しげな目を向けるもにこにこと笑みを返されたので肯定の言葉だけ返した。

どうやら今夜も朝まで起きる羽目になりそうだ。

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